4章 寒い季節
第29話 気づけば半年近く経っている
ハロウィンから2週間ほど経った11月2回目の土曜日。今日はお兄ちゃんと買い物に出かけていた。
「二人で天衣モール来るなんて、もしかして初めてじゃない?」
「まあ、事故の後ならそうだな」
事故の後。つまり柚葉と入れ替わった後だ。この体になってから、お兄ちゃんと二人だけで出かける機会はそこそこあったが、ここまで来たのは初めてである。薫子とはたびたび来ているけど。
「確か、部活で使うスポーツ用品を見に来たんだよね?」
「ああ」
今日の目的はお兄ちゃんの部活関係の道具だ。具体的に何が必要かは聞いていないが、天衣モールにはスポーツ店が3つも入っているし、売ってないということもないだろう。
「別に付き合わなくても良かったんだぞ?」
「まあ、家に居ても暇だし。それに家系の財布は私が管理してるんだから。一緒に来た方が良いでしょ」
家事全般を引き受けて以来、家系の財布は私の管理になっている。最初は食材や生活用品を買うために預かっていたのだが、学校で使うものや友達付き合いの出費など、お小遣いで賄えない出費もここから出して良いことになっている。一応、使ったら報告が必要だけど。
「何というか、我が家の主婦やってるな……」
「まあ、働かざる者食うべからずって言うしね」
体はともかく、中身的にはお世話になっている身だし出来ることはすべきである。
二人でそんなことを話しながら、まず1階のスポーツ店に入る。各階に1店舗ずつなので他の店も見る場合少し移動が手間だ。
「それで何買うの?」
「バッシュだよ。使ってるのが壊れそうでな」
なるほど、つまり靴か。でも、靴屋じゃなくてスポーツ店で買うんだ。
「それって靴屋じゃないの?」
思ったことを口にする。もっと別の物を買うと思っていた。ボールとか。
「バスケ向けのだとスポーツ店見た方が早いよ。他にもいるのあるし」
「専用の靴なんだ……」
遊びくらいでしか、スポーツはしたことがないので知らなかった。部活ともなるとそこまでするのか。
二人でバスケ用の靴、バッシュ? のコーナーまで行く。お兄ちゃんが色々と見たり履いてみたりしているが、どういうのが良いのか分からないので、近くでぼーっとして待つしかない。
「あれ? 柚葉じゃん。こんな所でどうした?」
声を掛けられて振り向くと、見知った顔があった。柚葉になってからは一緒に過ごすことが多い友人の一人佐藤香奈。いつものように髪をポニテールにして纏めている。
「あっ香奈。おはよう」
「おはよう。いやー最近寒いね」
そう言って香奈が体を軽く震わせる。動きやすい方が良いという理由で未だに薄着な方なので寒いのは当然だろう。もう11月の半ばだし。
「それで柚葉何してんの?」
「私はお兄ちゃんの付き添いだよ」
香奈が首を傾げたのでお兄ちゃんの方を確認しながら言った。
「おお、柚葉のお兄ちゃんか。初めて見た」
「えっそうなんだ……」
てっきり顔を合わせたことくらいあると思っていた。
「そうなんだって何で柚葉が知らないのさ。私が会う機会なんてないじゃん」
「あっうんそうだね。そうだそうだ……」
思わず思ったことを口に出してしまって香奈に突っ込まれる。最近では大分減ったが、こういう誰と知り合いで誰と誰が面識があるかとかは、把握出来てないので対応に困るのだ。薫子とは面識があったし、てっきり香奈達も会ったことがあると思っていた。
「どうした柚葉。友達か?」
香奈と話していると、お兄ちゃんが気づいてやってきた。
「あ、うん。クラスの友達の佐藤香奈。……で、改めて兄の和矢だよ」
お兄ちゃんと香奈をそれぞれに紹介する。
「こんにちわ佐藤さん」
「こんにちわ。柚葉のお兄ちゃんもバスケするんですか?」
「うん、中学の部活でやってるよ。もって佐藤さんもするの?」
「私もやったりするけど、うちのお兄ちゃんがやってるから」
香奈に兄が居たというのも初耳である。うっかり驚いたのを口に出しそうになり、慌てて言葉を飲み込む。柚葉が既に知っていることだったら、また突っ込まれてしまう。
「佐藤さんのお兄さんっていくつ?」
「中学1年生で今は13歳だったかな。バスケ部にも入ってる」
「お兄ちゃんと同じ学年でバスケ部……?」
香奈も同じ学区に住んでるし、中学校も同じになるはずだ。それで香奈のお兄さんがお兄ちゃんと同じ学年ってことは……。
「もしかしてお兄ちゃんの知ってる人じゃない?」
そうお兄ちゃんの方を見るとお兄ちゃんも同じ事を考えていたようで頷いた。
「多分――」
「おい、香奈! 一人で勝手に行くなよな」
お兄ちゃんの言葉を遮るようにして一人の男子が声を張りながら歩いてくる。今、香奈って呼んだし多分……。
「あ、お兄ちゃん」
「あっお兄ちゃんじゃない。さっきまで3階の店に居たのにいつの間にか消えて」
「いやーお兄ちゃんが見るの長いから先に2階のお店見て1階に来たとこ」
「せめて一言言っとけ! 探しただろうが!」
「ごめんごめん忘れてた」
「まったくこのアホ妹!……って、あれ高木?」
しばらく香奈と言い合いをしていたみたいだが、香奈のお兄さんらしき人がこっちに気づいて驚いた顔をする。多分高木って呼んだのはお兄ちゃんに対してだろう。
「よっ佐藤」
お兄ちゃんも知った顔なのか返事をしている。
「……ちょっとお兄ちゃん」
「ああ、悪い……」
一人だけ蚊帳の外なのでお兄ちゃんの手を引いて説明を求める。多分、香奈のお兄さんでお兄ちゃんと同じ部活の人だというのは分かるが、ちゃんと説明して欲しい。
「同じ部活の
「私のお兄ちゃんだ。柚葉は初めてだよね」
お兄ちゃんと香奈がほぼ同時に紹介する。やや言葉が被ってしまったが十分聞き取れたし予想通りの内容だからまあ良し。香奈のおかげで初対面の相手だと分かったし。
「えっと、は――」
「いや、確か会ったことあるぞ」
初めましてと挨拶しかけたところで、香奈のお兄さんがそんなことを言う。えっ!? ちょっと話が違う。
「お兄ちゃんがいつ柚葉に会うのさ」
香奈が自分の主張との食い違いに対して反論する。
「確か4月のはじめにうちに遊びに来てただろ。その時にすれ違って挨拶したはずだけど」
「4月のはじめ……」
その時はまだ悠輝だったので全く把握出来ていない。じゃあ、香奈の勘違いだろうか。よし、じゃあお久しぶりですかな。
「お――」
「4月のはじめに柚葉が遊びに来たっけ? 記憶に無いけど」
えっちょっと違うの!? 香奈の言葉に言いかけた言葉を慌てて飲み込んだ。どっちでもいいからはっきりして欲しい。
「来てただろ」
「柚葉が最後にうちに来たの春休みだったと思うんだけど……そうだよね柚葉?」
「えっと……」
知らない。その時の事なんて全く知らない。
「いや、会ったことあるよな? 覚えてない?」
「その……」
兄妹揃ってこっちに話を振るのをやめて! 分からないから。知らないから。その頃柚葉じゃなかったもん!
「会ったのかもしれないけど、柚葉もよく覚えてないんだろ」
私が困っているのに気づいたかお兄ちゃんが助け船を出してくれる。
「え、そうなの?」
「は、はい……会ったような、会ってないような……」
視線を彷徨わせながら香奈のお兄さんの言葉に答える。
「まあ、会ってたとしてもうちのお兄ちゃんなんて記憶に残らないだろうしね。会ってないハズだけど」
「うるせっ。それと多分会ってるよ。会ったような気はするんだもんな妹ちゃん」
「えっと……すいません分からないです」
もしも会ってた場合本当に申し訳ないが、分からない以上覚えていないで誤魔化すしかない。
「お前だって記憶曖昧だろうに人の妹困らせるなよ……。で、妹の柚葉だ」
「初めまして? 柚葉です」
「多分初めましてじゃないけど、香奈の兄の亮だ。よろしく」
ようやく挨拶を終えて一段落である。やっぱり誰と知り合っているか分からないのは本当に困る。
「それで、佐藤は妹と買い物か?」
「ああ、俺の部活用品と香奈の諸々をな。まだいらないと思うが」
「えー絶対いるって。私、中学入ったら絶対バスケ部入るから今から買っといて損ない」
へえ、香奈はバスケ部に入るつもりなのか。女子の中でも背が高いし運動神経も良いので向いてそう。
「別に中学入ってからでもいいだろ」
「いや、何事も早いほうが良いって言うじゃん。あっもしかして私が強くなりすぎてレギュラーの座取られるのが怖いんだ?」
「お前には取られねえよ! そもそも男女で別なんだから争わねえよ!」
「そういえばそっか」
香奈が納得したように手を打つ。
「柚葉は中学生になったら入る部活とか決めてる?」
「えっいや私は……」
全く考えたことが無かった。お兄ちゃんと一緒のバスケとか楽しそうかなとか思ったけど、そういえば男女別か……っていやさすがに中学生にもなって戻ってなかったらおかしいね。男子なんだから同じ部に入ればお兄ちゃんと練習できるはず。何で一瞬でも中学生になっても柚葉のままという気持ちで考えてしまったのか。
「柚葉は、やっぱり文化系? あんまり運動してるイメージないし」
「あ、うんそうかも」
確かに柚葉が運動系の部活で楽しみそうなイメージないし、文化系の部活だろう。具体的に何があるかとか良く分かってないけど。
「今から考えといても良いと思うよ。後、1年ちょっとで中学生! 意外とすぐ」
あと、一年ちょっとか……。今までなら、まだまだだと思うところだけど柚葉になってからあっという間に半年くらい経ってるわけで……。
「それで、高木は何しに来たんだ?」
「俺も妹と買い物だな。俺の部活用品買いに来ただけで柚葉は付き添いみたいなもんだけど。なっ柚葉」
「うん。まあ帰りに色々と食材買ってきたいけど。ここの食品コーナーで買って……後は近くのスーパーで何か安かった気が」
人参だっけ? いや他の野菜だった気がする。
「何、高木の妹って料理とかするの?」
「母親が料理できないから、夏くらいから柚葉がやってるな」
香奈のお兄さんの言葉にお兄ちゃんが微妙な表情で答える。お兄ちゃんは私が悠輝だと知ってるから、妹が作っているというのも何か違う感じがするのだろう。
「あっ柚葉料理できるようになったんだっけ。そういえば薫子から聞いたような」
いつの間にか薫子から情報が伝わっていたらしい。それにしても柚葉が料理できないのは共通認識なのか。
「そっか柚葉が料理できるようになって食材とかの買い物をねぇ……ってああっ!」
「うぉっ何だよ……」
「ママに卵買って来いって言われてたの忘れてた……今から行ってくる! じゃね柚葉とお兄さん」
そう言って香奈がもの凄い勢いで飛び出していく。
「だから、勝手に行くなって……それじゃあな高木と妹さん」
香奈のお兄さんも慌てて香奈を追いかけて走り出す。
「何というか、騒がしかったな」
「うん、そうだね……」
お兄ちゃんの言葉に頷く。二人揃うと騒がしさもパワーアップする兄妹である。
「っと、俺もどれ買うかもう一度見てくる」
「うん、分かった」
お兄ちゃんか再び商品を物色しに行く。気に入るのが見つかれば良いけど。
再び暇になって近くの棚を眺める。色々な種類のスポーツ用品が陳列してある。
「部活か……」
中学生になったら、自分も何かするのだろう。その時は悠輝に戻っている。絶対にそのはずなのに。
「何で悠輝として何かをしている自分が想像できないんだろう……」
中学生になっても柚葉のままだという考えが頭から離れない。あと一年ちょっとで中学生。一年より先の事なんてそんなに近い事じゃないはずなのに。
「早く目を覚ましてよ、柚葉……」
このまま時間が経っていくんじゃないか。そう思えて、とても不安になる。
半年も眠り続けている幼馴染みの少しでも早い目覚めをただ祈ることしか出来なかった。
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