第292話 毒を作るなら解毒剤を作ってからにしろ・・・その6

シイナはとても簡潔に説明してくれた。


「『タイチくん』はその時3歳。彼は外孫かわいさのあまり嫁の子を憎む祖母から虐待を受けるっていう特殊なケースの子でね。だから確かに不思議な感覚を持ってた。わたしが見つけるとピタッと泣き止んで、『シイナちゃん、こっち』ってするすると施設の建物を出て夜中の街をふたりで逃げたのよ」

「3歳の子が?」

「そう。もよりだってそういう子を知ってるはずよ」


わたしは5歳の真世ちゃんのことを思い出した。


「シイナさん。タイチくんと2人でどこへ?」

「神社でした。とても小さな、はっきり言って参拝する人もまばらな」

「学校へ一切行かなかったって?」

「そう。わたしたちはそのまま神社に身を寄せてかくまって貰った」

「そこでそのまま?」

「そう。おやしろは小さいけど背後に神山しんざんがあってそこの離れに。宮司さまの神様への敬いは見事だった。早朝3時にはお灯明をつけて神様が氏子衆の家に分身して祝詞をあげに行かれるのを毎日お見送りしてた」

「え。神様が分身するの?」

「もより。『神というも仏というも人間の長久を守りたもう』という大願をお持ちなんだ。もったいなくも私達人間が惰眠を貪る間も、日月にちげつが昼夜照らし続けてくださるがごとく、人間の無事をお守り通しなんだ」


お師匠の補足にわたしは深く納得した。


「わたしとタイチくんはその離れで2人で寝起きした。氏子さんたちから宮司さまがいただいた食材で自炊して。早朝3時からは宮司さまと一緒に神様にお仕えして、昼間は宮司さまが用意してくださったテキストと空いた時間に手ほどきも受けて勉強を続けた。宮司さまは『助けてください』っていうわたしたちの言葉だけを信じて置いてくださった。『タイチくん』が仏の子であることも見抜いていた」

「なんと立派な神職者だ」

「お師匠さま、本当にその通りなんです。けれども・・・大友が、大友の外道がっ・・・!」

「・・・シイナ」

「あの悪魔がとうとうわたしたちを・・・いえ、タイチくんを探し当てたんです。ちょうど一年前、全く歳を取らない姿の大友がやっぱり銃を持って、あまりにも当たり前のようにわたしたちの離れに現れて。丑三つ時、午前2時でした」

「タイチくんは?」

「15歳の堂々たる男子に成長したタイチくんは勇敢だった。大友の気勢を削いで無造作に銃を掴み、撃鉄に自分の指を挟んで撃てないようにしたわ」

「そんなことが」

「できるのよ。仏の子である上に神山に暮らしてわたしと2人で鍛錬も続けてたから。わたしの自慢の『弟』よ・・・」

「シイナさん。辛いでしょうが結末までお話しいただけますか」

「お師匠さま、お話いたします。大友はタイチくんには到底敵わないと悟るや、脱兎のごとく離れを飛び出してお社に走りました。わたしたちも追って入ると、ニタニタと薄笑いの大友の正面に立って宮司さまが短刀を手にじりじりと対峙しているところでした。大友はこう言ったわ。『わしがこの社の主に取って代わる』と」

「増上慢め・・・」

「え? え? どういうこと?」


シイナとお師匠の理解までわたしは追いつけない。素直に質問した。


「もより。近本・・・大友は、『この神社の神を追い出し、代わりに自分を神として祭れ』と言ったんだ」

「なにそれ・・・」

「『太陽を逆行させるような恐ろしい野望に加担するぐらいならお前と刺し違える!』と宮司さまは大友に切りつけたわ。でも、次の瞬間、宮司さまは目に見えない力で手を捻じ曲げられて自分の刃で自分の胸を貫いていた・・・」

「なんということを・・・」


それからシイナは涙を流したまま語り続けた。


「大友は血のついたままの短刀を宮司さまの胸から抜き取って、返す動作で御神体に投げようとした・・・それで・・・タイチくんが飛び出して遮ったの・・・自分の胸で短刀を受けて!」


これは事実なんだろうか。


いや。


事実でないと証明することの方が難しいだろう。


一志兄ちゃんも、真世ちゃんも、お師匠も、みんなわたしに『神仏の世界こそが誠の事実の世界である』ことを見せ続けてきてくれた。

シイナとタイチくんがそこへ加わり、より一層『神仏の世界こそが事実』だとわたしは認識できた。


「タイチくんはこう言いました。『畏れ多くも当社の神よ。我の血と命をもってこの悪魔に天誅を加え給え!』・・・わたしははっきりみました。天井が空に変わり、轟音と共にいかずちが大友顔面を射抜くのを」

「大友はどうなったの?」

「顔面がただれたまま小動物みたいに飛び出して行ったわ。あんなの、神なんかじゃない」

「宮司さまとタイチくんは?」

「・・・宮司さまも奥様も『心不全』ていう診断。ただ、それだけ。タイチくんは体すら残っていない。『最初からいなかった』っていうことで終わり。もう宮司さまたちも死んだ、ってことだけ確認したらわたしはまた病院から逃げたのよ」


お師匠がまたお念仏を唱えながら合掌する。シイナを更に促した。


「それからシイナさんは今日までどうしていたんですか?」

「履歴書なしで働けるアルバイトをしながら大友を探し続けました。『そういう』仕事もしました。それで・・・わたしは武器が欲しかった。危険を承知で何人かのお客さんに銃を手に入れる方法はないかって訊いてみたんです」


『そういう仕事』が何を指すのかわからないほどの世間知らずではわたしはない。シイナの精神力を全面的に信用してわたしは言ってみた。


「それが、『毒を作るなら解毒剤を作ってからしろ』だったのね」

「そう。やっぱりもよりも普通の子じゃないわ」

「なんだって? 毒を作るなら・・・?」

「映画のタイトルよ。ねえシイナ。わたしが今日映画館で見た主人公が持ってた銃ってやっぱり・・・」

「そう。本物よ。監督が映画のリアリティを偏執狂的に追求するあまり、本物の銃を調達してたのよ。ルートは反社会的な組織であることは間違いない。わたしは監督に会いに行って、『銃を貸してくれない?』って頼んだわ。交換条件を提示して」

「交換条件?」

「後で話します。銃を借りるだけじゃなく、『鷹の爪の粉末』を使う方法があるっていうことまで教えてもらった」

「その監督、何者?」

「普通のマニアックな映画監督よ。度が過ぎてるってだけで。とにかくもわたしは銃を手に入れ、鷹の爪の粉末も手に入れた。あとは大友を殺すだけ」


わたしよりひとつだけ上のシイナ。

もしわたしがシイナと同じ覚悟と決断力を持っていたら、真世ちゃんの寿命を縮めることもなかったのでは。


「シイナさん。交換条件とは」

「はい。映画の脚本です」

「脚本?」

「はい。大友との戦いを脚本にしてあなたにあげる、って約束してます」


ドキュメンタリーと虚構の間のような映画になるんだろう、きっと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る