第280話 静かなるお勉強会・・・その2

わたしはそう遠くないお馴染みの「店」へみんなを連れて行った。


「いらっしゃい」


にゅるっとした印象の中年男性がわたしたちを出迎える。

スキンヘッド。耳にピアス。

そして『いらっしゃい』とわたしたちに言った直後に黒のニットの帽子を被り、サングラスをかけた。


思わず後ずさりするみんな。


「こんにちは、ご住職」


「え」

「ご住職?」


学人くんと空くんが異様な回数の瞬きをしながらそうつぶやく。

くっ、くっ、くっ、とわたしは心の中で笑う。

自分のことでもないのにこの『ご住職』の紹介を他人にするのはいつもながら痛快だ。


西蓮寺さいれんじの住職兼、フリースペース『psy-range』のマスター、柏木かしわぎです」


みんな1人ずつ自己紹介する。


「もよりさん、久しぶりだねえ。ロックしてる?」

「はい。まあわたしはEKばっかりですけど」

「構わん。精神がロックならよろしい」

「あの、ご住職なんですね。それで、『psy-range』ってどういうことですか?」


空くんが質問するとご住職はにやっとした顔で答える。


「ここはフリースペースという括りの施設になるかもしれんが、実の所は道場なんだ」

「道場?」

「そう。『沈黙』を極める道場だ。そら、向こうのテーブルをご覧」


わたしたちがいるスペースのガラス戸の向こうのテーブルに5人の男女が座っている。

全員マスク着用。まあ、わたしはこの光景に慣れてるけど、ご住職はみんなのために解説してくれた。


「あのマスクは風邪をひいているからではない。このガラス戸の向こうのスペースに一旦入れば、一言も喋ってはならんという掟があるのだ」

「掟?」

「そう。ここは沈黙の道場なのだ。西蓮寺にかけてsilentという意味もある。なのでマスクをかけて沈黙を意識するのだ」

「あ。じゃあ、喋らなければいいんですよね。勉強にぴったりだ」

「ふふふ。随分簡単に言うが大丈夫かね。まあ、入って修行してみることだな」


わたしたちは『お布施』という形で1人200円払い、マスクをつけて道場の中に入った。


「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」


全員無言でテーブルにつく。

それぞれテキストや問題集を開いた。

とりあえず静寂の中勉強を進める。


『あ』


心の中でつぶやいてみんなに指で指し示す。

ご住職がガラス戸の向こうに立って、注意喚起用のポスターをひらひらとわたしたちに示す。

こう書いてある。


「発声厳禁!一音発声する度にお布施100円追加!」


激しく動揺の顔色を見せるみんな。


そしてわたしを一斉に見る。


『恨まないでね』


声を立てず、心の中でにこっ、とみんなに詫びた。

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