第277話 華麗なる先輩・・・その2

長野さんはとにかくくだけた先輩だった。


「ジョーダイさん、コーヒーを炭酸で割るとおいしーよ」

「いえ・・・わたしはちょっと」

「それからさあ、このメガ盛りポテト摘んでいいからね。先輩のおごりだあ!」


ドテラ姿に、和む。


「先輩、その格好で外出するんですね?」

「ん? 実に機能的でしょ? それよりさあ、ジョーダイさんのこと覚えてるよ。陸上軌道競争で大活躍して五十嵐くんを振った子でしょ?」

「・・・勘弁してください」

「いいじゃん。かっこよかったよねー、ジョーダイさん」

「あの。長野先輩ってすごく個性的ですけど・・・その・・・」

「あー、分かる分かる。全然印象に残ってないでしょ、私のこと」

「すみません・・・」

「いーのいーの。私は大学デビューしたクチだから。それもこれもまあ学科のメンバーのお陰だよ」

「美術学科って個性的そうですもんね」

「あのねー、美術学科全体としては他の大学に比べたら凡庸なんだけどね。私の専攻ゼミがね、ちょっと変わってるんだー」

「へー。専攻って何ですか?」

「仏教美術史」

「あ・・・それで・・・」

「ん?」

「先輩、わたしの家がお寺だって知ってます?」

「おー、そういえばそうだったねー」

「だからさゆり先生が長野先輩なら訊きたいことに答えてくれるだろうって」

「まー確かにそうかな。仏教つながりって意味では」

「具体的には何をするんですか?」

「仏像鑑賞」

「はい?」

「休みの度に全国巡ってるよー。かっこいい仏像探してさー」

「あ、なるほど・・・」

「京都なんか何回行ったか分かんないね。あと鎌倉も多いかなー。道歩いててもお地蔵さんがおられたらじーっと何十分も見入ったりしてね」

「描いたり作ったりはしないんですか?」

「一応、創作もやるけど。ほら、これ」

「わ、かわいい!」


長野先輩が、ぐっ、と突き出した握り拳を、ぱっ、と開くと、手乗り仏とでも呼べそうな二頭身の仏様の像があった。


「一応、観音様なんだ。粘土で作って素焼きにしてね。で、色塗って」

「うわー。かわいい・・・」

「まあ、もともと私美術部でもないし・・・マンガとかアニメとか好きだったからこういうデフォルメしたキャラっぽいのは得意だけどね」

「いいなあ」

「あげるよ、これ」

「え? いいんですか?」

「本職のお坊さんにあげるんなら本望だよ。毎日拝んで可愛がってあげて」


長野先輩とのおしゃべりは続いた。


「でね。うちのゼミは大学院生まで入れてたった5人なんだけどさ、まともなのは私だけで」

「はは」

「あ、ジョーダイちゃーん、そこは同意してくんなきゃー」

「すみません。でも、先輩を上回るユニークな方々なら会ってみたいですね」

「おー、来なよ来なよ。個人的オープンキャンパスって感じで。学内全部案内してあげるよ」

「わー、ありがとうございます」

「一応印哲学科もあるけどさ、むしろうちの学科の方がいいかもね」

「印哲、ダメですか?」

「ダメってわけじゃないけど、仏像鑑賞にかこつけて色んなお寺を視察するのもいいんじゃない? 咲蓮寺を立て直したいんでしょ?」

「そうですね、なんだか先輩のおっしゃる通りのような気がしてきました」

「ところで咲蓮寺の御本尊は阿弥陀如来さま?」

「はい。木彫りの立像です」

「そっか。ねえ、見に行ってもいい?」

「はい、是非。自慢じゃないですけど、うちのご本尊は美形ですよー」

「そりゃー楽しみだ」


早速来てもらうことになった。ファミレスを出てお寺に向かう。


「ただいまー」


お師匠は本堂でお勤め中だった。

好都合だ。ご本尊の前で読経するお師匠の後ろにちょこん、と2人で正座する。

先輩はご本尊の姿をじっと見つめている。


お経が終わり、お師匠がくるっと振り返り手をついて丁寧に先輩に挨拶してくれた。


「もよりの父でございます」

「長野と申します」


顔を上げた先輩をお師匠がまじまじと見つめる。


「長野さん、お待ちしておりました」

「はい?」

「長野さん、あなたが今日いらっしゃることは私には分かっておりました」


っと、お師匠。

また一般の人に向かって不可思議なことを言うつもりじゃないよね?

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