第276話 華麗なる先輩・・・その1

慌ただしかった冬休みも終わり、高校2年生もあと3ヶ月。早い。早過ぎる。


冬休み前にさゆり先生に進言された通り成績も少しずつ上げ始めないとそれこそ将来の選択肢が狭まってしまう。


まあ、それもこれも巡り合わせの範疇ではあると思うんだけれども。


実は勉強そのものにはそんなに恐れ慄いたりしていない。

分かるか、分からないかといった程度の長閑な二者択一の話だ。


けれどもわたしの頭から決して離れないのは高校入学以来の複雑怪奇現象の最ヘビーの懸案だ。


ずばり、近本問題だ。


悪鬼神である近本がことあるごとにわたしたちを付け狙ってくる。冗談ではなく死ぬか生きるかの重過ぎる二者択一の問題だ。事実わたしの不注意から真世ちゃんの寿命を今年までに縮めてしまった。


2年生の段階ではまだ日常生活の中でなんとか対応できていたけれども(異常な日常ではあったけれども)3年生になってもこの有様だとしたら受験どころじゃないんじゃなかろうか。


わたしは打算する。


「やっぱり推薦か!」


推薦となればお寺の娘であるわたしが有利そうな学部・学科がいいんだろうと思い、漠然と『印哲』という単語を思い浮かべる。

仏教の始祖であるお釈迦様が布教を行われたインドの哲学という意味の単語だということは漠然と分かるけれども、その内容はよくわからない。

お師匠に聞いても、


「哲学と実際は違うからな」


の一言で、わたしの質問の答えにはなっていない。

とりあえず印哲学科がある大学をネットで検索すると、一番近い所で隣の隣の県に、「カリタ大学」っていうのがあった。


はっきり言って聞いたことのない大学だったので、誰かOBでもいないだろうかとさゆり先生に聞いたら、


「去年卒業した長野さんが今一年生よ。美術学科だけどね」

「美術学科?」

「多分ジョーダイさんの訊きたいこと何でも答えてくれると思うわよ。まだ冬休みで帰省中のはずだし」


どういうことだろ。美術学科なのにわたしの質問に答えてくれるって。


芸術に縁のないわたしが美術学科の先輩と話が合うとは思えないけれどもやむを得ない。

さゆり先生に連絡先を聞いて早速アポを取ってみた。

明日の土曜日の午後なら空いているということで快くオーケーしてくれた。


・・・・


翌土曜日。

指定されたファミレスにわたしは急いでいた。

本当は一旦お寺に帰って着替えるつもりだったけれども月参りが思いがけず時間がかかり、仕方なく法衣のまま現地に向かう。坊さんの格好だと営業妨害になりかねないので、コートを着込んだまま店内に入り、待ち合わせの旨を店員さんに告げた。

あちらです、と案内されてテーブルに向かう。


「やあ、あなたがジョーダイさん? 長野でっす」


とってもきれいなひとだ。レンズのぶ厚いメガネをかけてるけどそれでも顔のパーツがほぼ完璧に整っていることが一目で分かった。

洋服のセンスもいい。

細身のデニムを組んだ足もテーブル下からはみ出そうなぐらいに長い。


「長野先輩、すみません遅くなって。それと、下がお寺の服装なので、コート着たままで失礼します」

「そっか。じゃあ、こっちも遠慮なく着させてもらうね」


そういって長野さんは傍に置いてある上着を羽織った。


「長野先輩、それって・・・」

「ああ、これ? 見たことない?」


ドテラだった。


「いやー、風邪気味でさー。暖かいんだよねー、これ」


まるで家でコタツに入るような格好で、テーブルの紙ナプキンをおもむろに引っ張り上げた。


そのまま長野先輩は、チーン、と周囲に響き渡る派手な音で鼻をかんだ。

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