第274話 キュートなスイーツたち・・・その1

もうダメだ。我慢ならない。


「お師匠! 買い物行ってきていい⁈」


わたしが突然大声を上げると、正月早々サンスクリット語の文献を読んでいたお師匠が本から目を上げた。


「何買うんだ?」

「練り切り!」


・・・・・・・・・


10分後には『鈴本亭すずもとてい』に居た。

我が咲蓮寺さくれんじ御用達の小さな和菓子屋さんだ。


わたしは盆暮れ正月に必ずこのお店を訪れる。小学校の頃からずっと。


以前はばあちゃんやお母さんもいたし、お兄ちゃんだってまだ生きていた。

だから中学の途中まではゆっくりと訪れることができたけれども高校に入ってからのわたしにそんな余裕は無かった。


お寺経営の事務方・裏方の大半を引き受けざるを得ず、部活もバイトもやらず、おまけにホラーやミステリや複雑怪奇現象まがいの異常な日常を駆け抜けてきた。


師走から昨日の元旦まで、びっちりのスケジュールをこなした。


まあ、年始のお勤め初めに檀家さんに混じっていじめの相談にやってきた小中高生、一部サラリーマンの方々は、わたしが「アブねいやつら」という深夜番組に露出してしまった自業自得ではあるのだけれども。


とにかくそんなわたしを哀れに思ったお師匠は「和菓子屋さん」というささやかなレジャーのために5000円札を「お年玉だ」と言って一枚くれた。


「えーと、どれにしようかなー」


ああ、可愛らしい。


梅、扇子、桃・・・


練り切りなんてアンコなんだから全部同じ味だろうと言うあなた。


甘い!(和菓子だけに)


日本人の本質っていうものを放棄するんですか、あなたは?


視覚が味覚と大きく関わっているということに思い至ってください、この機会に。


「ああ・・・目移りしちゃう」

「ゆっくり選んでくださいねー」


メガネの渋い中年男性、5代目がわたしににっこりと微笑んでくれた時、背後から、


「もよちゃん!」


という声がかけられた。


一瞬ちづちゃんかと思ったけれども、微妙に声質が違うし、言っちゃあなんだけれども、落ち着きの無さが滲んでいる。


「あ、おばさん・・・明けましておめでとうございます」


ちづちゃんのお母さんだった。

そして、ちづちゃんがその後ろに続く。

それから優しそうな男の人と、少しボーイッシュな感じの女の子。


ちづちゃん一家4人勢揃いだ。


改めて他人行儀な年始の挨拶をお互いに交わす。

わたしはちづちゃんから初対面のお父さんと妹の紹介を受けた。



「妹の祥子しょうこ

祥子しょうこです。もより先輩、初めまして」

「ん? 先輩?」

「祥子は今年、北星高校受けるつもりなんだよ」


なるほど。それで先輩か。


「それは楽しみだねー。待ってるよ、祥子ちゃん。ところでちづちゃんもお菓子買いに?」

「うん。昨日も来たんだけどね」

「あ、そうなの?」

「昨日は父方のおばあちゃんに行って、今日はこれから母方のおばあちゃんに行くから」

「そっか。何買うの?」

「練り切り」

「あ、わたしとおんなじだ」

「もよちゃんも? 練り切りってお仏壇とか神棚とかにお供えするのにちょうどよくって。一個ずつ中身が見えるケースに入ってるし」

「あ、わかるわかる。そうだよねー、見た目も可愛いいし」

「なんか、見てるだけで幸せな気分になるから」


いやー、ちづちゃんと感性が同じでなんだか嬉しい。

さすがわたしの親友。


「これ、かわいいね」


ちづちゃんが指し示したのは、亀の練り切り。


淡いグリーンで尾っぽの方に藻が生えていることを表してる。それこそ萬年の縁起物だ。


「亀さん、て感じだね。この点の目がとってもキュートだよね」

「お二人ともお目が高い」


5代目が解説してくれた。


「この亀は3代目のデザインなんですよ。アニメチックないいセンスしてるでしょ」

「ほんとだ。昔の人の感覚じゃないよね、この目は」

「うん。つぶらな瞳」

「ところが、残念なことに人気で今朝からどんどん売れちゃって。残りこの一個なんですよ」

「えー、そうなんですか」


顔を見合わせるわたしとちづちゃん。


「ちづちゃん、いいよ」

「もよちゃん、いいよ」


2人同時に声を出す。


「あらあら2人とも相変わらず仲いいわねー。愛し合ってるもんね、2人は」


ちづちゃん・母が誤解を招く発言をする。まあ、ちづちゃんが顔を赤らめてしまってるので余計に周囲の誤解が深まるんだけれども。


「あの、おばあちゃん家のお仏壇にお供えするんだよね」

「うん」

「なら、やっぱりちづちゃんが持ってって。長生きして、ってメッセージだからきっと喜ぶよ」

「でも・・・」

「なら、亀はお友達の分として、咲蓮寺さくれんじさんにはこれなんかどうですかね?」


5代目がショーケースの端っこから、ひょい、っと一個手に取った。


「わ・・・鶴?」

「ええ、鶴です。これも一個しか残ってないので」


この鶴もかわいい。

翼がコンパクトで目がやっぱり点だ。


「これはわたしのオリジナルデザイン」

「あ、そうなんですか?」

「これは実際に私が好きなマンガやアニメからインスピレーションを受けて作ったんですよ。まあ、3代目の影響も入ってると思いますけど」


なるほど。


きっと受け継がれるオタク的職人スピリッツ、ってやつなんだろうな。


・・・・・・・


ちづちゃんたちと別れてわたしは昨夜からの新雪の道を辿って帰る。


雪景色が美しくって、遠回りして帰ることにした。


「あれ? こんな道あったっけ?」


見慣れない家々に訝しく思いながらも、雪のせいで違う風景に見えるんだろうと理解して長靴で純白の雪を踏み固めながら歩道を歩いた。


さーてと。

桃はご本尊にお供えするかな。

表のお地蔵さんには扇子かな。

っと、でもそうすると鶴はどうしよう。

お下がりは当然わたしがいただくとして、やっぱり鶴はご本尊かな。


女子校生らしからぬ奇妙な妄想をしながら歩いていると、左耳に声が入ってきた。


「ねえさん、ねえさん」


きょろきょろ見回すけど、通行人はわたししかいない。


声の方へ向きを変えてみると、古い一軒家の、木製の格子戸が半分開いて、玄関が見えていた。


「ねえさん、ねえさん」


やっぱりその中から声が聞こえる。


けど、ねえさん、って・・・


・・・まあ、女でわたしぐらいの年代の呼称として間違ってはいないと思うけど。


ただ、なぜかどうにも通り過ぎがたくって、玄関を覗き込んだ。

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