第270話 経営者・もより・・・その3

男子チームも女子チームもカートに山のような品物を積載して駐車場のバンの所に集合した。男子チームはカートに載せられない角材なんかは肩に担いだり抱えたりして。


お師匠が時計をちらっと見る。


「11時30分か。皆さん、ファミレスでよければお昼をご馳走しますよ」

「えー、いいんですかー?」

「ありがとうございます」

「ちょっと待って」

「なんだ。もより」

「ファミレスは行きません」

「もより、今日ぐらいいいじゃないか」

「ファミレスは行かないけど、精進料理を食べましょう」


わたしがそう言うとみんな顔を見合わせ、次に歓声を上げる。


「いいねー、もよりさん。あったかい湯豆腐とか」

「梅干しの天ぷらとか」

「よかった。喜んでもらえて」

「もより、どこの店だ? 私はこの辺の店は詳しくないぞ」

「ん? お師匠。店じゃないよ」

「店じゃない? じゃ、どこだ」

陽念寺ようねんじ


お寺の名前を告げ、わたしが助手席でナビする。


「こんな山奥なのか」


お師匠は融雪装置の設置されていない急勾配の山道を慎重に運転する。カーブミラーも着雪しており役に立たない。

圧雪でガタガタの道をやっとこさ登り切ると雪がこんもり積もった大きな屋根瓦が見えてきた。


「こんにちはー、咲蓮寺でーす」

「あー、もよもよー、ようこそー!」


出迎えてくれたのは小柄で元気な女性。わたしのイメージ通りの人だった。


「みなさん初めまして。陽念寺ようねんじの住職、寺田てらだ たえと申します」


「咲蓮寺の住職の上代です」

「あー。『お師匠』ですね。いい跡取りを育てられましたね」

たえさん。わたしはまだまだですよ。ひたすらお師匠の叱責を受けてます」

「えーと。すみません。陽念寺さんとうちのもよりはどういう・・・」

「ふふ。お師匠、もよもよはもはや有名人ですよ。彼女が『アブねいやつら』に出てたのを見てわたしの方からツイッターで連絡を取ったんです」

「ごめんお師匠。言ってなかったけど、わたしツイッターで『咲蓮寺』のアカウント立ててるんだ。そしたらたえさんから連絡があって、一度遊びにおいでって」

「もよもよ、ただ遊びに来いとは言ってないわよ」

「分かってます分かってます。ちゃんと食材も用意しましたから」

「あ・・・もよちゃんが豆腐とか豆乳とか買ってたのって・・・」

「うん。陽念寺さんはすぐそこのスキー場のお客さんに精進料理を振舞っててね。まあ、料金って訳じゃないけど心づけをもらうって感じでやってるんだ。ね、たえさん」

「そう。お客さんが出しにくくないように心づけの金額も〇〇円から、って感じにしてるからまあ料理屋さんと変わんないかな」

「妙さん。随分お若いようですが、先代のご住職は?」

「父なんですけど、脳梗塞で左半身が麻痺してしまって。事実上引退です。母も父の介護にかかりきりなものですから」

「そうでしたか」

「ですからお師匠ともよもよみたいに師弟揃ってお寺のことを考えておられるのが本当に羨ましいです」

「いや。なんともお恥ずかしい。私なんかよりもよりの方があなたのように立派なご住職とやりとりさせて頂いていることがありがたいです。今後ともよろしくお願いします」

「いえ。私の方こそお師匠の法力には感服しております」

「法力などと・・・」

「妙さん、お師匠。堅い話は置いといて早く調理しましょう。スキースクール合宿に来た中学生の団体客が入ってるんでしょう?」

「そうだったそうだった。よし、みんなよろしく!」

「あ、たえさん。この子が・・・」

「ちづっちでしょ!」

「は、はい・・・」

「ふふ、かわいー!」


小柄な妙さんがちづちゃんをきゅっ、とハグした。


挨拶がわりなんだろうけど、ちょっとだけ胸がざわついた。

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