第229話 あなたが欲しい・・・その10

近本は黒塗りのハイスペックなバンの後部ドアをスライドさせる。


「まあ、乗りたまえ。送ろう」


一同、躊躇する。近本はわたしたちの戸惑う様子を見て付け加える。


「私の運転では不安かね?」


それを聞いてお師匠は無言で車の前を横切り、後部座席ではなく助手席に座った。

お師匠の行動を見てわたしたちは後部座席に順に乗り込む。全員乗った時点で近本は再びドアをスライドさせ、空間を密閉した。


「さて、どこまで行くかね?」

「駅でいい」


近本とお師匠はフロントガラスから見える夜の風景をまっすぐ見据えたまま会話を交わす。お師匠の言葉は終始詰問口調だ。


「近本」

「なんだ、お師匠」

「・・・」

「どうした? お前は娘から『お師匠』と呼ばれているんだろう? 『お父さん』と呼んでもらえんとは寂しい父親だな」

「・・・どうやって熊山社長を殺した」

「簡単だ。心臓の動脈の裏の血管をぺしゃっと潰した。死因としては心筋梗塞だな」

「サイコネキシスか」

「超能力なんぞはあくまで人間の能力だろう。私は神だからな。『近本の寿命は今日だ』と私が決めただけの話だ」

悪鬼神あっきしんごときにそんな力はない」

「ほう。では人間ごときのお前にはどんな力があるのだ」

「わたしには力はない。ただ、うちの寺のご本尊は限りなき力を持った仏だ」

「ふむ。なるほど。確かに今の私の戦力ではやや手に余るな。ところで、お前の息子は新仏しんぼとけなのだろう」

「・・・確かに一志も仏だ」

「ただ、新米だな。あの程度は取るに足らん。息子を仏界から転落させることなぞ造作もないことだ」

「嘘、だな」

「そう思うか?」

「近本。お前は虚構と現実をすり替えようとしているだけだ。あるべき理想の世界を実現するのが真の神だ。お前は自分に都合のよい虚構の世界をこの世に作り出そうとしてる駄々っ子にすぎん」


近本が、ふ、ふ、ふ、と低い声で笑った。構わずお師匠は尋問を続ける。


「近本。お前のやろうとしていることを言え」

「私は祠を壊されたのだ」

「祠?」

「ああ。まあ粗末なものだったがそれでも私を敬って榊や酒を供えてくれる近隣住民はおったな。ところがな、その祠が国道の拡張工事に掛かったのだ」


わたしも、ちづちゃん、学人くん、空くん、ジローくんも、前方の運転席と助手席で交わされている奇妙な会話に引き込まれている。悪鬼神あっきしんとは言え、今現実に目の前に神がいる。全員が不思議な緊迫感のただ中にあった。


「私の祠は最初少し離れた場所に移される計画だったようだ。まあそれだけでも充分腹立たしいがな。ところがそれどころか地権者たちは私の存在を完全に無視した。さっさと行政に土地を売って別の場所に移住しようという性根だろう。お祓いの真似事をして結局祠を解体処分した。どうだ、理不尽な話だろう?」

「・・・人間の都合しか考えずに動く輩がいることは事実で本当にすまないことだ。そのことは私からも謝る」


お師匠は初めて近本の方へ体を向け、お辞儀をした。


「勘違いするな。人間どもごときがやることにいちいち腹を立てるほど落ちぶれてはおらん。むしろ逆だ。人間どもが自分のことしか考えずに行動するのを見ておったら、私もそうしていいんではないかと気付いただけなのだ」

「すまん」

「謝る相手なら他にもあろう」

「・・・」

「例えば、太陽。お前らはあれを天体としか思っとらんだろうが、あれは神のなす業だぞ。太陽は1秒も休みなく人間どもを照らしてそれで何か文句を言ったことがあるか?」

「いや。人はただ一方的に太陽の恵みを受けるだけだ」

「月が闇夜を照らして、『疲れた』などと愚痴をこぼしたことがあるか」

「いや、ない」

「神も同じだぞ。だがここへ来て私は疲れたのだ。人間ごときがたてつくお陰でな。疲れ果てたので私も好きにやらせてもらうだけのことだ」

「どうするんだ」

「来週、臨時株主総会を招集する。そこで私は熊山運輸の代表取締役社長に就任する」

「熊山運輸はオーナー企業じゃないのか」

「熊山社長の息子はボンクラだ。因果を含めて株を私に渡すように言ってある。私の保有株数が51%超になるので何の問題もない。それにな。金田の鉄道自殺も私が手引きをしたのだ。金田の精神をうつ状態に導いてな。労基には熊山の個人的な経営資質に問題があったということを信じ込ませておいた。会社がブラック企業よばわりされる原因を作ったという筋書きになれば、オーナー一族以外から社長を選任するのは自然な流れだろう」

「下衆め。社長になってどうする」

「新事業を立ち上げる」

「新事業?」

「仮想通貨ビジネスだ」

「運輸会社が本業と全く違う事業に手を出したら業況が不安定になるだろう」

「その逆だ。この数年の間に熊山運輸は仮想通貨ビジネスが本業となっていくだろう。私が高齢者等をその気にさせて投資を受ければ資金はぐるぐると回る」

「理想も何も持たぬ神だな」


お師匠の言葉を嘲笑うように、近本は徐々に車のスピードを上げ始めた。

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