第131話 一応、バレンタイン(その5)

 ちづちゃんのお母さんが特別メニュー、ってことでプリンを出してきてくれた。本当にすみません。


「でも、最初っからケーキが嫌いだったの?」


 学人くんが素朴な疑問を投げてくれる。


「ううん。小学校の頃は友達のお誕生会行って普通にバースデーケーキ食べてたからそんなこと無いと思う。もし嫌いになるきっかけがあったとしたら、あれしかないかなあ・・・」


「何?」


「お師匠とわたしって喫茶店巡りが趣味だったんだけど、小6か中1の時かなあ。駅北の、”カレイド”、って喫茶店に入ったのね」


「うん」


「んで、2人してケーキセットを頼んだのね。お師匠はティラミスで、わたしはザッハ・トルテだったんだけどね。そのザッハ・トルテがね、甘くないんだよ」


「うん、うん」


 頷いているのはちづちゃんと空くんだけだ。ぽかんとしているジローくんと学人くんにちづちゃんが補足する。


「ザッハ・トルテって、チョコレートでコーティングしたオーストリアのケーキだよ」


 ああ、と2人が頷いて話を再開。

 ちづちゃんが指摘する。


「あれじゃない?カカオの割合がものすごく高いチョコをベースにしてたとか。86%とか72%とか」


 わたしは首を振る。


「ううん。お水を飲んでからアプリコットジャムの部分を食べてみたけど甘くなかった。そんなことって、ある?」


「うーん」


「まずい、って感覚よりもなんだか気味悪くて。店員さんに訊こうとも思ったけど、その頃ってわたしまだ内気だったから」


「もよりさんが?」


 男子は音速のリアクション。ちづちゃんはちょっとだけ首をかしげてる。


「・・・まあ、そうなんだよ。だから、コーヒーに砂糖入れ過ぎて味覚が鈍ったのかな、とか思ったけど、結局そのまま残しちゃって。その瞬間からケーキが嫌いになったって訳じゃないんだけど、なんとなく食べる機会をはずすようになって・・・気が付いたら大嫌いになってた」


 みんな推理を始める。

 お、SF(少し・不思議)っぽいぞ。


「店員さんのいんぼう」


「風邪で味が分からなかった」


「砂糖を切らしていた」


 どれも却下だ。


「私、理由知ってるよ」


 ひょいっ、とちづちゃんのお母さんが顔を出す。


「ほんとですか?」


「ええ。この辺の飲食店じゃ有名な噂だったよ。カレイドの敷地は昔、刑場だったって」


「え」


 固まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る