第74話 メイド服の調達法 その5
「ほら。みんなもよりのこと見てるよ」
そうだろうか。本当にそうなのだろうか。
まあ、高身長という点で人目を引くのは分かるけれども。
確かに、視線は感じる。
その視線の一つにはっ、と振り返ると、真後ろのテーブルに座っていた男性客とまともに眼が合う。
眼鏡を掛けた、太っても痩せてもいないジャケットを羽織った人。
学生、ではないと思う。おそらく入社3年目ぐらいのサラリーマンといったところか。途端にその人は視線を外そうかどうしようかとあたふたした様子を見せる。
「すみません」
おっ!手を挙げた。
「ごめん、もより。悪いけどオーダー取って来てあげて」
ああ、成程。
眼が合った不自然さを取り繕うために無理に追加注文をするはめになった、ということなんだろうな。気の優しい、断れないタイプの人らしい。
意識する訳ではないけれども、ランのトレーニングの一環としてやっているブリスク・ウォーキングのその歩き方でお客さんに近付く。
胸を張って背筋を伸ばし、骨盤を前傾させ、ツン、とお尻を突き出すような歩き方。彼はかなり緊張している。
「はい」
彼の前でわたしは笑顔になってみる。つられて笑顔になりそうになるのを我慢してる、って雰囲気が伝わって来る。
「ええと、”程よい具だくさんのホットサンド”ください」
「はい、かしこまりました」
アランの常連のわたしには彼の気持ちが分かる。
長居してるのだから多少なりとも単価の高い商品を追加注文しようという気遣い。
けれども実は手間のかかるホットサンドよりはコーヒーの方が利幅が大きい。居酒屋が食べ物メニューではなく酒で稼ぐのとまったく同じだ。
「”程よい具だくさんのホットサンド”お願いしまぁーす」
アランの接客に慣れているわたしとしては商品名も略してオーダーを伝えたいところだったけれども、さすがにこの店ではそういう訳にもいかないだろう。
さあ、役目は終わった、と更衣室に引っ込もうとすると、
「もう少し、お客さんにサービスしてあげて」
奈月さんがわたしを引き留める。
「えー?」
「わたしももうちょっと見ていたいの。もよりがほんとにかわいいから」
ああ、わたしは何でこんなことしてるんだろう。
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