勝利の余韻2

「木の板で掘った穴の周囲を囲むということですね」

「そう! そうすれば敵は上がり難くなって撃破できないまでも、少しは数を減らすことができる!」


 通常攻撃で撃破できないモンスターである以上。敵を撃破する方法を考えるのは無意味であり、どうやって敵の足止めをして数を減らせるかが今は重要なのだ。


 現に今回の戦闘でも、剛の設計した大砲は敵に巨大な重石を乗せることで撃破ではなく足止めをする目的も果たした。

 彼が優秀なのは、敵を撃破することよりもどう多くの敵を足止めするかに懸けていることだろう……街を囲む水堀を巨大化してアンデッド系のモンスターを足止め。なおかつ、街を巨大な杭で仕切り敵が侵入しても対策を採る時間ができる。


 そして、果てには彼が開発した大砲の効果は、結果として敵の動きを先読みするかたちで効力を発揮した。

 その全てを考慮すれば、覆面の男よりも彼の方が一枚も二枚も上手だったのは明らかだ――まあ、だからこそ相手は撃破不可能とまで言われていたチートボスのルシファーを前面に押し出して戦うしかないわけだが……。


 剛の目を真っ直ぐに見つめながら紅蓮が尋ねる。


「それで、本日中にどれくらい用意できますか?」

「今日中か……」


 紅蓮のその注文に、剛は難しい顔で再び考え込んでしまう。

 正直。今の千代の街は包囲していたモンスターの大群を追い返したことによって、プレイヤー達は完全に戦闘モードから祝杯ムードに変わっている。さすがにこれでは、今日中に人手を集めることは不可能だ――。


 星の固有スキルによって、戦闘力を奪われている紅蓮達には自分達の力でモンスターを向かい打つ手段はない。


 そしてなにより、紅蓮は撤退したモンスターをここにいる者の中で一番警戒していた。

 それは当然だ――もう長い間。この千代の街を多くのモンスターによって取り囲まれていた。それはそうしなければいけなかった理由があるからに他ならないのは、少し考えれば誰でも理解できる話だ。まあ、ただ一人理解の足りない者もいるようだが……。  


「だが、どうしてそこまで急いで用意しないといけないんだ?」


 不思議そうに首を傾げているメルディウスに紅蓮は大きなため息を漏らしながらも、彼の疑問に答える。


「はぁ……それは私達に戦闘能力がない今が、一番の狙い目だからですよ。私達には『オリジナルスキル』と言われるオリジナルで考えられた固有スキルを保有しています。それはつまり、システムを自由に改変できる者でも、手を焼く最強のチートと言っても過言ではありません。そんな私達が4人揃って彼女の固有スキルに掛かるのは、後にも先にもこの一回限りですよ? そこを突いてこない人間ではありません――それが今、私達が戦っている人物です」


 彼女の言葉に納得できないという表情のメルディウスが、その意見に反論を始めた。


「だがよ。デュランが言ってただろ? ギルマスがあいつらのモンスターの発生源を叩いたってよ。まあ、あいつの情報だから事実かは分からないが……もしそれが事実なら、俺ならやられた部隊を再編成するのに時間が掛かるから数日は時間を置くぜ?」


 まあ、彼の言っている意見も最もだろう。本来ならば、人員の補充を自動で行えなくなった時点で、減ったモンスターを補充する方法は他の場所から連れてくる以外にはない。

 つまり、本来ならば星によって撃破されたモンスターの補充を優先しなければ、街を取り囲むという作戦そのものの継続が困難になってしまうのだ。


 しかし、紅蓮はメルディウスの意見には賛同していないらしく、手に持っていた湯呑にピキッとヒビが走り、それを見ていた皆の顔が一瞬で青ざめた。


 彼女の様子を見守っていた仲間達が、次の彼女の言葉を緊張した様子で待っていると紅蓮がゆっくりと口を開く。


「……貴方は魔法陣を使って多くのモンスターがテレポートするのを見ていたはずです。遠方から一度でテレポートできなくとも、数回に分けて使用することは可能なはずですし、その戦力を補う為のルシファーです――」

「――待って下さい! 紅蓮様はまだあのルシファーが残っているとお考えですか!?」


 驚き目を見開いた白雪が思わず、紅蓮の話している最中に言葉を遮ってしまい。はっとしてすぐに口を押さえる。


 すると、紅蓮はその白雪の言葉に答える様に首を立てに振って言葉を続けた。


「敵はすでに数体ものルシファーをこちらに放っています。もういないと考えるよりも、まだ数体は持っていると考えるのが自然です。私なら、チャンスと見た時に一斉に投入するでしょう。つまり、今まで一体ずつしか出してきていないので、まだ手の内を隠しているということです。いや、もしかするとそれ以上の何かを持っているかもしれません……」

「これから――まだルシファー以上がいるなど……」


 顔面蒼白になっている白雪から視線を変えると、今度は剛の方を向いて彼に尋ねた。


「それで、どのくらいの落とし穴を掘れそうですか?」

「確証はないけど、後でギルドメンバーを招集して街の周囲に20――と言ったところかな」

「――20ですか……少ないですね」


 俯き加減にそう呟いてため息を漏らした。


 その彼女のため息は、現実を見た上でのため息であることは言うまでもない。

 しかし、それが現実なのだろう……まさか自分達の街が、再びモンスターの進行を受けるとは、今のプレイヤー達は夢にも思っていない。しかも、星の固有スキルの効果でステータスが最低値になっている今の状況では、彼等の戦意は皆無に等しい。


 完全に低下している士気の中で巨大な落とし穴を掘るのだから、剛の言った数字が限界なのだろう。

 彼女も内心ではそれは分かっていた。しかし、受け入れられないのだ。今の状況で少しでも星の負担を軽くしたいという気持ちが、彼女に『少ない』と口にさせた。

 

 まだ小学生の幼い少女にこの街を任せるしかない状況下で、もし彼女が倒れでもすれば、同時にこの街の全プレイヤーの命運も尽きる。


 敵はルシファーの他に、村正を持たせレベルを最大値まで引き上げ赤黒い炎でコーティングした属性攻撃しか効かないモンスターの大群がいる。しかし、こちらは他のプレイヤーが戦闘に参加できず、星だけが最後の砦であり作戦の要になる。逆に敵は全力で彼女を潰しにくるだろう。


 たとえゲーム内で最強のプレイヤーだったとしても、彼女はまだ精神的に幼い少女でしかなく、荷が勝ちすぎていると言わざるを得ない。

 

「……それでは少しでも早く作業に移りましょう。剛、皆にメッセージを飛ばして、すぐにでも集まるように連絡を。我々もすぐに移動しましょう」

「了解!」


 紅蓮の声と同時に皆椅子から立ち上がった。その時、突然扉を開け放って中にイシェルが入ってきた。


「――あの子をどこに隠したんよ!」


 突然入ってきたイシェルに驚くメルディウスや剛とは別に、白雪と紅蓮は最初から分かっていたかのように冷静なままだった。


 実は星を紅蓮の部屋に泊めていることは、まだ星の仲間達には伝えていない。

 いや、最初から伝えるつもりはなかった。意地悪をするつもりでも、嫌がらせのためでもない。


 理由は星に余計な負担をかけない為だった……紅蓮は星にあった時、本人に固有スキルの能力を聞こうと考えていた。しかし、彼女の様子があまりにも悪かったことから、優先的に彼女に休んでもらうことにしたのだ。


 今は少しでも体力を回復してもらうことが優先であり、星も仲間達に伝えてほしいと言わなかった。そのタイミングはあったと紅蓮自身も分かっていたし、紅蓮が彼女の立場だったら、何をおいても仲間達に連絡を入れるか、入れてもらえるように言うだろう。


 にも拘わらず、星は休養を優先した。つまりはそれほど今の星は、疲労で体を休めることにしか意識がいっていなかったということだ――それに戦闘力を奪われた星の仲間達が彼女をバックアップすることはできない。


 しかし、それは今の紅蓮達も同じであり。休息している星の場所を教えるわけにはいかないが、人手が一人でも必要な今の状況での彼女の登場は願ってもないことだった。

 

「彼女の居場所を教えることはできませんが……貴女もここに来たということは彼女の力になりたいということでしょう。同じ様にステータスが固定されている私達でもやれることはあります。どうでしょう……私達のお手伝いをして頂けませんか?」

 

 だが、紅蓮の申し出にイシェルは口元に笑みを浮かべながら、淡々と彼女達に言葉を返す。


「フッ、誘拐犯如きがようそないなこと言えるもんやね~。うちはあんたらと違って弱体化しとらんよ――うちに手伝ってほしい? あの子の力になりたい? そないなこといっぺんも思ったとこないわ。うちはただエミルにはあの子が必要やから迎えにきただけや……さあ、あの子の居場所を正直に吐かんと、消えることになるよ?」


 全身から滲み出る殺気が、彼女の本気を感じさせる。


 その話を聞いた紅蓮の眉が微かに動く、不快に思っているのは間違いないが、今の紅蓮達が彼女に抵抗するのは不可能だ。しかし、今の紅蓮はその殺気に全く怯むことない。


「――お好きにどうぞ? 私に脅しは通じません。彼女の居場所は絶対に教えませんし、貴女では絶対に無理ですよ。私達を殺せば、絶対に彼女の元にいけないだけではなく。貴女は私のギルドのメンバーにも千代のプレイヤーにも叩かれて苦労するのは貴女達ですよ?」

「………………もうええわ。あの子の為に、そんなリスクはごめんやからなぁ~」


 意外とあっさりと引き下がったイシェルに、皆完全に拍子抜けしている。

 てっきり、星を取り戻す為に全力を尽くしてくると考えていたのだが、彼女はそれほど星のことを取り戻すことを重要だとは思ってなかったのだろう。現に、街の者達やメルディウスのギルドの仲間達を敵に回すくらいならと諦めたのだ――。


 彼女の選択は正しく、また理にかなっていると言えるだろう。しかし、彼女の取った選択は合理的過ぎるのだ。だがもしも紅蓮が同じ立場ならば、たとえ誰に止められたとしても仲間の安否が何を取っても最優先しなければならないことだろう。しかし、そうしなかった彼女の行動が紅蓮には物凄く気持ちが悪かった。


 それは紅蓮だけでは内容で、彼女の突然の態度の変化に、その場に居た全員が驚きを隠せないと言った表情で立ち尽くしていた。


 彼女の後ろ姿を見送ると、しばらくして紅蓮達は作戦の準備の為に部屋を出た。

 結局、紅蓮達の考え通り。協力者は少なく、殆どがギルドメンバーだけで何とか22個の巨大な落とし穴を完成させた。


 作業を開始したのは日が高かった時間にも関わらず、終わったのは翌日のお昼を回ってからだった。

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