勝利の余韻

 星に自室を貸した紅蓮と白雪はサラザのBARがある階へと急ぐ。フロアに付くと、もう階を埋め尽くすほどの人で溢れ返っていた。


 良く見ると、皆手にはお酒の入ったグラスを持っている。

 紅蓮と白雪がその人波を掻き分けて奥に進んでいくと。突然、目の前にお盆にお酒を乗せて持ってきた黒髪に猫耳のカチューシャを付けた少女がやってきた。

 

「お姉さん。これを上げるし! ちっこいのはこのオレンジジュースだし!」


 白雪に赤ワインの入ったグラスを渡し、紅蓮にはオレンジジュースの入ったコップを渡す。

 ウェイトレスの様に複数のグラスの置かれたお盆を片手で持ってうまくバランスを取っている。しかし、妙に板に付いているような気もするから不思議だ――。

 

 紅蓮は差し出されたコップを手で遮ると、目の前に来た少女ににっこりと微笑んだ。


「私達はこの場所に人を探しに来ていただけなので不要ですよミレイニさん」

「――ん? どうしてあたしの事を知ってるし?」


 不思議そうに小首を傾げているミレイニに、紅蓮は怒る様子もなくにっこりと微笑み返す。

 

 だが、首を更に傾げ紅蓮のことを思い出そうとしていると、お盆を持っていた手からお盆が落ちそうになり、白雪が素早くそれを受け止める。

 それで初めて落ちそうになっていることに気が付いたミレイニが白雪にお礼を言うと、誰かの呼ぶ声に反応してその場を足早に去っていった。


 その様子を見送った紅蓮が不満そうにボソッと呟く。


「……そんなに私の顔は覚えにくいでしょうか?」

「いえ、おそらくは彼女が特別だと思います」


 それを聞いて納得した様子で頷く紅蓮が、気を取り直して更にフロアの奥へと進んでいくと、カウンターの奥に忙しくできた料理を運んでいるサラザの姿が見えた。


 紅蓮と白雪はそんなサラザに遠慮して、声を掛けずにいるとサラザの方から彼女達に声を掛けてくる。


「あっら~。紅蓮ちゃんじゃないの~」

「サラザさん。ちゃんは止めて下さいと、何度言えば分かるのですか」

「嫌なの~? だってその方が素敵じゃな~い」

「素敵……そうかも、知れませんね……」


 紅蓮は頬を微かに赤らめて俯き加減に答えた。どうやら、サラザは彼女の攻略法を完全に会得したらしい……。

 

 冷静さを取り戻し、サラザに向かって紅蓮が言った。


「ここの使い具合はどうですか?」 

「もう最高よ~。まさかこんなに早く他の街で商売ができるとは、思ってなかったわよ~。これも紅蓮ちゃんのおかげね~」

「いえ、それよりも今回のお支払いの件ですが……」


 少し言い難そうに告げた彼女に、サラザがウィンクしながら親指を立ててグーサインを出す。


「それはもちろんよ~。勉強させてもらうわ~」

「そうですか。それは助かります……それでは、私はメルディウスを連れて行くので」


 軽く会釈をしてその場を離れる紅蓮を、サラザは笑顔で手を振って見送った。

 多くの人の中からメルディウスを見つけるのはそれほど難しくなく、赤い重鎧を身に着けているプレイヤーはそこまで多くない。


 どうやら、完全に出来上がっているらしく、隣で飲んでいる剛の肩を持って強引に酒を勧めている。


「いやーよ! 今回出てきた剣聖はさ。実は白い閃光の娘なんだよな! 俺もさ、ひと目見た時から、あいつは強いって思ってたんだよな! なんていうか……滲み出る何か? それを俺は感じ取ったわけよ! ほら、お前手が止まってんぞ! もっと飲め飲め!」

「いや、そろそろ紅蓮達の所に戻った方が良くないか?」


 迷惑そうに眉をひそめている剛に、メルディウスは顔の前で手を振ってすぐに言葉を返した。


「ああ、いいのいいの。どうせ俺が戻ったってなんの役にも立たないんだからよ! これじゃもう戦闘は無理だろ? なら、俺達は飲んでるくらいしかないんだからよ!」

「…………ほう。貴方は戦う以外の仕事はないのですか?」


 その声を聞いた後ろを振り向いた剛が絶句している。が、彼はまだ気付いていないようで――。


「あーないない。俺はベルセルクを振って敵をバーンで――はい! おしまあああああああああいいッ!!」


 椅子に凭れ掛かって反り返ったメルディウスの瞳に、逆さになった紅蓮が映った。


 紅蓮が真顔のまま、椅子に凭れ掛かったメルディウスの顔を覗き込むと、その椅子が大きく傾き彼の体ごと地面に激しく叩き付けられた。


「いって~」 


 頭を押さえながら起き上がったメルディウスに、紅蓮がすまし顔のまま淡々と言った。


「目は覚めましたか? 私が少し目を離したら出来上がってしまうとは……小虎はどうしました? お目付役として貴方に付いているように言ったはずなのですが」

「ああ、小虎のやつなら。さっき来た金髪の侍野郎とどこか行ったぞ? 随分と懐いてるみたいだったからな。当分帰ってこないだろう……呼び出すか?」

「いえ、結構です」


 空中で指を動かしているメルディウスを見て紅蓮が言って身を翻し「ここは人が多いので場所を変えましょう」と言って歩き出す。


 それを見てメルディウス、剛、白雪がその後に続いていく。

 

 宴会の席を後にして、最上階に戻ってきた紅蓮達は白雪の部屋に集まった。

 テーブルに着いた全員に、紅蓮がお茶を淹れて皆の前に置いた。もうこの光景も見慣れたものだ――。

 

 静かに目の前のお茶をすすったメルディウスは、紅蓮の顔を見てゆっくりと口を開いた。


「……それで紅蓮。俺達はこんな状況でどうすればいいんだ? もうステータスが『1』で固定されてるだけでどうしようもないと思うのだが」


 一言目から核心を突くメルディウスの言葉。


 しかし、紅蓮はなにか考えがあるのか、少し間を開けてから彼の横に座っている剛の方を向いた。


「剛。あの大筒の他に、何か敵への攻撃手段はありませんか?」


 それを聞いた剛は難しい顔で考え込むように俯く。


 彼の次の言葉を、皆固唾を呑んで見守っている。しばらく考え込んだ末に、剛が重い口を開けた。


「……できなくはない。ただ、先日刈り出した木材を全て使い果たすことになるから。もし、街の中にまで敵が入り込んで区切りの杭を破壊されたら補修ができなくなってしまう……それでもやるかい?」

 

 彼の口から出た言葉に、皆難しい顔で黙り込んでしまった。

 当然だ。雑魚どもならばなんの問題はないが、巨大なルシファーが街の中まで侵入してくるという。最悪の事態を想定しているからに他ならない。


 巨大なルシファーを唯一足止めできるのは、千代の街を張り巡らせるように打ち込まれた巨大な杭だけだということを皆が理解してる。だが、千代の街の全プレイヤーがステータスを『1』で固定されてしまっている状態で戦闘を行えるのはたった1人の小学生の女の子だけだ――。


 千代を代表するギルドとしては、その最後の希望をバックアップしないわけにはいかない。しかし、同時に千代を代表するギルドとして、この街に住む全プレイヤーの生命を守る義務がある。


 すると、その沈黙を破るように紅蓮が口を開く。


「どうやら、まだ酔いが覚めてないようですね……街の中に敵が入り込んで来るような事態になれば、戦う術を持たない私達は全滅です。その時の補修アイテムなどなんの意味もありません」


 その思い切りの良さに剛も白雪も、口をあんぐりと開けたままその場で固まっている。


 しかし、その隣でメルディウスが「なるほどな!」と納得した様子で相槌を打っていた。


「剛。どんな作戦なのか話してみて下さい」

「作戦自体はシンプルです。要は、落とし穴ですよ」


 それを聞くやいなやメルディウスが噛み付いてきた。


「ちょっと待て! 落とし穴を掘ったとしても、システムの自動修復機能ですぐに埋まってしまうじゃないのか?」

「いや、システムの自動修復はオブジェクトを元の状態に回復しようとするものさ。修復する箇所に他のオブジェクトを置いてやれば、オブジェクトとオブジェクトが干渉し合って修復システムを阻害できる。それを応用したのが、水堀であり洞窟さ」


 メルディウスはなるほどなっと頷いてはいるが、おそらく剛の言っていることの半分も理解できてはいないのだろう……。

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