赤黒い炎3

 紅蓮から逃げるようにして飛び立ったエミルとイシェルは、ルシファーへと向かっていく。


 ルシファーから目を離さないエミルとは違い、イシェルの方には微かな迷いが見える。

 それも無理はない。何故なら彼女は、赤黒い炎を発している敵との戦闘自体初めてなのだ――。


 彼女がエミルと再会したのは富士のダンジョンで、エミル達が赤黒い炎を纏ったがしゃどくろを撃破してしばらくした後であり。属性攻撃以外通用しないモンスターなど、彼女は今までで一度も戦ったことなどない。


 こうしてリントヴルムの背に乗っている今でさえ、まだ未知のものと戦うという不安がある。

 もちろん。エミルが無理矢理連れてきたわけではなく、イシェル自らの意志で付いてきたのだが、出掛ける前にはエミル本人の口から今回の作戦は死ぬかもしれないという説明も受けていた。


 それでもエミルと死ねるなら本望だと付いてきたのだ――。


「イシェ! 敵を射程距離に捉えたわ。手筈通りに!」


 エミルの掛け声に、イシェルは迷いを振り払う様に激しく頭を振ると、背負っていた弓を構えてその弦を引き絞る。


「――うちはエミルを信じる!」


 弓越しに目を細め、ルシファーの胸元に鏃を合わせて狙い定めたように矢を放つ。

 燃えるように赤く輝く矢が放たれたと同時にその輝きを増し、ルシファーの胸元に赤い閃光が突き刺さる。


 ルシファーの巨体が光の矢に押されるようにして数歩後退る。

 それを確認してイシェルの放った光の矢を狙って、エミルはリントヴルムに炎を噴射するように命令を出す。


 答えるように咆哮を上げて口から炎を噴射すると、見事に光の矢の刺さった胸元に直撃した。

 空中でホバリングしながら炎を噴射し続けるリントヴルムの勢いに押され、その巨体が大きくバランスを崩して地面に地響きと鳴らして倒れた。派手に倒れたが、ルシファーの頭上に表示されているHPバーは少ししか減っていない。


 以前がしゃどくろと戦った時はこれほどHPの減少が少なくはなかった。レイニールとリントヴルムの2体で削り切れた。

 しかし、やはり攻略不可能とまで言われたルシファーだ。がしゃどくろとは同じダンジョンボスでも、その格の違いは隠せないらしい……。


 倒れたルシファーに追い打ちをかけるように、上空から再びイシェルが矢を放つと、同じくエミルもリントヴルムで炎を浴びせかける。どちらも胸元へヒットし、先程よりも大きくHPが減少する。その理由は至ってシンプルなもので、ただ単にその場所がルシファーのウィークポイントだからである。


 どんなに強力なモンスターであっても泣き所であるウィークポイントが存在する。ルシファーのウィークポイントは胸の皮膚の裏側にある宝玉と言われる結晶体だ――しかし、普段は皮膚で隠されており。外見から視覚で判断するのが難しい。


 だからこそ、エミルは初手のイシェルの攻撃で宝玉の表面を覆っていた皮膚を吹き飛ばしたのだ。


 トレジャーアイテム『アルテミスの弓』から放たれる光の矢は貫通力に優れていて、そして属性も付いている。ドラゴンであるリントヴルムは元から炎属性攻撃ができる。

 エミル達の中で属性攻撃系の武器を持っているのは、エミルのリントヴルム、イシェル、デイビッド、カレン、レイニールだけだ――。

 

 星と行動を共にしているレイニールはともかく。デイビッドとカレンを連れてくればもう少し楽に戦えたかもしれない。


 しかし、相手にするのは修正前のルシファーだ。そう簡単に倒せる敵でなければ、撃破される可能性もある。

 声を掛ければデイビッドもカレンも進んで付いてくるだろうが、さすがに命を懸けるこの戦いに彼等を連れてくるわけにはいかない。

 

「イシェ!」

「はい!」


 エミルの掛け声にイシェルは即座に矢を放つ。その後、エミルがリントヴルムに炎を噴射するように命令を出す。二人は息の合ったコンビネーション攻撃でルシファーの胸に埋まっている宝玉を攻撃する。


 ルシファーは反撃も防御もしないまま、一方的にやられているだけなのが不可解ではあるが……。


 すると、そこに上空から突如として火球がルシファーの顔に直撃し、エミルとイシェルは慌てて頭上を見上げた。

 そこにはリントヴルムクラスの巨大な漆黒のドラゴンの背には兜を被った黒い重鎧に身を包んだ男が乗っていた。そしてその手には、異様に長い槍に斧の様な刃の付いた武器ハルバードが握られている。


「助太刀するぞ! 北条!」

「何度言えば分かるの? 私は伊勢よ!」


 隣に付けたドラゴンから声を荒らげるエミルを見て、少し考える素振りを見せると、不思議そうに彼が首を傾げた。


「――ん? 同じではないか」


 呆れた様にため息を漏らすと、すぐに気持ちを切り替えて言った。


「でも協力してくれるならありがたいわ! 今は少しでも戦力が欲しいもの……」


 ゆっくりと立ち上がろうと地面に手を突き体を起こそうとするルシファーに、エミルが再び炎を浴びせ掛けると、イシェル、影虎も攻撃に参加する。


 一度は起こそうとしていたルシファーの巨体が、再び地面に張り付けになった。

 三人になったことで効率良くルシファーのHPを削ることができるようになると、見る見るうちにルシファーのHPは2割を割り込んだ。


 その直後、今まで減少していたHPが猛烈な勢いで回復を始め、あっという間に全回復した。さすがにこれには驚いたのか、3人は信じられないと言った表情で何度も瞬きを繰り返している。


 そう。ルシファーが抵抗をしなかったのは、抵抗する必要がないほどのダメージだったからだ。

 おそらく。一定の数値を下回った場合に、自然に最大値まで回復するように設定されているのだろう。


 以前のルシファーには備わっていなかった機能だと考えると、今回の赤黒い炎と一緒に追加されたのは間違いない。だが、これでルシファーの撃破は絶望的となった。


 エミル達に残された手段は撤退の二文字しかないが、それを悟っていたのはイシェルと影虎だけで、エミルはまだ攻撃を続けている。


「エミル。早う逃げな! 倒せへんのにここにいても意味ないよ!」

「そうだ! 一度撤退しなければ。このままでは犬死になるぞ!」


 すぐに撤退しようと進言した2人に向けて、エミルがリントヴルムに攻撃を命令しながら告げる。


「逃げたければ、2人で逃げて! 私はここに残ってこいつを食い止める……たとえ命と引き換えにしてでも!」

「3人でもダメなのにそんなん無理やよ!」

「たとえ無理でも無茶だとしても! あの子のいる場所に――あんな化け物を連れていくわけにはいかないのよ!!」


 エミルがここから撤退できないのは、星が千代のギルドホールにいるからであり、今の彼女には撤退の二文字はないのだ――。


 その決意を目の当たりにして考えを変えたのか、影虎も自慢のファーブニルに攻撃を命じる。ファーブニルは彼に応えるように口いっぱいに溜めた炎を、火球として撃ち出す。


 彼に遅れを取ったと思ったのか、慌てて弦を引き絞りイシェルも光の矢を放つ。

 どちらの攻撃も宝玉へと当たったのだが、今度は全く怯むこともなく突き進んでくる。その足元では、多くのアンデッド系のモンスターが、赤黒い炎を上げて同じく突き進む。


 徐々に街の外周に近付くルシファーと同じく赤黒い炎を纏ったモンスター達に、エミル達は焦り始めていた。

 ここまでに最初からニ度ルシファーのHPを削ったが、全てで削り切る前にHPが全回復まで回復してしまった。どうやら、回復できる回数に制限はないらしい。


 後ろでは紅蓮の声と共に、迎撃の為に用意された剛特製の砲台がドンドンと次々に轟音を響かせながら放たれる。

 宙を舞った蓋の様な形の砲弾が打ち出された直後は空中を回転し、次第に重力に逆らわず重い方が下になり、数多く蠢くアンデッドの群れの上に落ちた。


 下敷きになったモンスター達のHPは全く減少しないものの、巨大な重石を置かれた状況となって身動きが取れなくてもがいている。

 あえて砲弾ではなく蓋の様な形状の重石にしたのは、敵の作戦と相まって撃破ではなく、進行してくる動きを止める方法にしたのは正解だろう。これは剛の作戦勝ちと言ったところだ――。

 

 爆音とともに土煙を上げている地面に見向きもせず、エミル達は強引に向かって来るルシファーにしか視線を向けていない。

 いや、もうルシファーを止めることにしか興味がないかのように、一心不乱に胸の宝玉目掛けて攻撃を繰り返している。


 徐々に迫ってくる街の水堀がエミルを焦らせる。しかし、いくら焦ったところでシステムで設定されている以上は、リントヴルムの攻撃速度が上がることはない。

 一瞬だけエミルが門の方に目を離した直後、今まで無抵抗だったルシファーがその大きな翼を左右に広げた。


「――しまっ……」


 エミルが視線を戻した時にはすでに遅く、ルシファーの背中の翼から放たれた羽根が鋭利な刃物となって彼女達を襲う。


 攻撃に特化していたエミル達ではその攻撃をかわす余裕がない。

 無数に放たれた羽根がエミルとイシェルを乗せたリントヴルムの体に突き刺さる。エミルとイシェルも武器で叩き落としたものの、その数はあまりにも多く鎧をも突き抜けて皮膚まで羽根が入り込んできた。


 しかし、ほぼこの世界では裸に近い防御力しかない巫女服を着ていたイシェルの方がダメージは大きい。空という身を護る障害物のないこの場所では為す術もなく、このままでは2人共HPが尽きてしまう……。

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