赤黒い炎2

 そんな彼女に続いてイシェルもリントヴルムに飛び乗る。


 突然の行動に驚いた様子の紅蓮達に向け、エミルが徐に口を開く。


「――私はこのままルシファーの撃破しに行きます。あのモンスターを撃破できるのはこのリントヴルムだけ……あれが存在している限り、私達に勝利はないですから」

「待ちなさい……それは許可できません。貴女方はマスターから預かった彼の仲間達です。そういう事は私達の方でやりますから、貴女達はギルドホールで待機していて下さい」


 そう告げた紅蓮に、エミルが直ぐ様言葉を返す。


「それはこちらのセリフです。あなた達はこの街に必要な人間であり要。そんなあなた達を欠いては、始まりの街の二の舞になります。それに比べて私達の拠点にしていた街はもう落ちました……それにまだ、始まりの街から来た私達と千代のギルドとの間にはわだかまりがあります。もし、私達がルシファーの撃破に失敗してもそれを埋めることができる『この街の為に命を懸けて戦ってくれる』と――止めても行きます! 最後にギルドホールに残してきたあの子をお願いします」

「――例えそうだとしても、絶対に許可できません。ドラゴンの召喚を解いて下がりなさい!」


 エミルの言葉を聞いてもなお、紅蓮は全く引く気はない。


 当然だ。確かにエミルの言った言葉には説得力があり正論だろう……しかし、紅蓮にとっては彼女達の生存が第一であり、それを犠牲にしての勝利はあり得ないのだ。いや、もしもこの戦いで敗れたとしても、紅蓮はエミル達を全力で逃がすだろう。


 彼女にとっては自分の命よりも、マスターとの約束の方が大事なのだ――。


 リントヴルムの背に乗ったままのエミルと、紅蓮が睨み合ったまま動かないでいる。

 そこに狐の面を着けた青い着物を羽織った男に連れられ、フワフワと空中を浮遊しながらゆっくりと近付いてくるデュランの姿が見えた。


 彼等は紅蓮の側に着地するが、エミルに向いている視線は全く動かない。


 エミルから視線を逸らさずに、近くまでやってきたデュランに尋ねる。


「突然始まりの街の人々を連れて現れ、今まで雲隠れしていた貴方が何の用ですか? 貴方の性格を考慮すれば、参戦する為に戻ってきたとは考えられませんが……」

「やっぱりそう思うかい? でもそれはハズレだよ。俺は君達を助けにきたんだ――まあ、マスターに言われたからなんだけどね」

「マスターと会ったのですか!?」


 珍しく声を荒らげて食い付いた紅蓮。


 その瞬間、エミルから決して離れなかった彼女の瞳が逸れる。その一瞬の隙を突いて、リントヴルムがルシファーに向けて飛び立つ。


 それを追いかけようと紅蓮も雲を召喚したが。しかし、その行動は間に入った青い着物の狐の面を被った男によって遮られた。


 不機嫌そうな様子の紅蓮が、アイテム欄から取り出した小豆長光を構える。

 しかし、青い短髪に青い着物の男は狐の面を外すと、その青と緑のオッドアイの瞳で紅蓮の紅の瞳を見つめる。


「――お前。本気でそんな体で戦えると思ってるのか? しかも、この大山津見様とよ! ……お前。死ぬぞ?」

「戦えるか戦えないかではありません。戦うか、戦わないかです!」


 そう言った紅蓮の決意に満ちた瞳に、彼は納得したように大きく頷いた。


 腰に差した刀を引き抜き紅蓮にその切っ先を向けて構える。


「止めろ! 大山津見。刀を納めろ……」

 

 同時に低い声で言ったデュランの言葉に、刀を構えていた大山津見は刀身を鞘に戻し両手を上げた。


「ちょっとした冗談だぜ? そう熱くなるなよ。主人様」


 その様子を見たデュランは微笑みを浮かべるが、大山津見はそれを見て不機嫌そうにそっぽを向いた。


 そんな彼を無視して、デュランは紅蓮の方へと視線を向ける。


「彼女達をいかせてあげなよ。彼女達にも彼女達なりの考えがあってのことさ。おっと、でも俺は君を挑発する気はないよ。ただ、援軍に来たというのは本当だ――それから、マスターが消えたよ」

「――ッ!!」


 刀をデュランに向けていた紅蓮は、それを聞いて驚き目を丸くさせたまま固まって動かなくなる。


 まあ、無理もない。紅蓮からしてみれば彼の発した言葉はまさに青天の霹靂と言っていいほどの重大なものだ。


「――貴方は何を言っているのですか……?」


 信じられないと言った表情で、声に抑揚なくデュランに聞き返した。

 状況が全く飲み込めない紅蓮の反応はごく自然なものだ。全プレイヤーの中でも最強と自他共にうたわれていたマスターが撃破されたと言うのだ――彼女じゃなくとも、俄には信じがたいものだろう。


 すると、紅蓮の横にいたメルディウスがデュランの胸ぐらにあったマントを掴んで詰め寄る。


「またいい加減なこと言いやがって! あいつは……ギルマスは俺が認める最強のプレイヤーなんだぞ!? 誰にも負けるわけないだろうがよ!!」


 胸ぐらを掴みながら声を荒らげるメルディウスに、デュランは不思議そうに首を傾げた。

 彼の苛立つ様子から動揺を隠しきれないのはメルディウスも同じ。いや、紅蓮よりも彼の方が、動揺という部分に関しては大きいのかもしれない。

 

 睨み続けるメルディウスにデュランは笑みをこぼす。


「勘違いしているみたいだけど。彼は撃破されたのではなく、システムで存在を排除される前にログアウトしただけだよ?」

「……ログアウトだと?」


 もう長らく使っておらずに忘れかけていた『ログアウト』という言葉に、メルディウスは更に目を丸くさせた。


 まあ、無理もない。ログアウトができなくなったからこそ起きたこのデスゲームは、多くのプレイヤー達を犠牲にしてここまできた。

 しかし、マスターがログアウトできると言うことは、彼がその方法を知っていたといてその方法を隠していたのだとメルディウスは錯覚したのだろう。


「どういうことだよ! なんでログアウトなんて言葉が出てくる! しっかり説明しろデュラン!!」


 己の中に湧き上がったマスターへの不信感を払拭するように、メルディウスはデュランの体を大きく揺する。


 それが収まるのを待って、デュランは彼に向けて言葉を発した。


「俺達とは別の手段でログインしていた彼はいつでもログアウトできた。しかし、それをしなかった……メルディウス。君も彼と共に戦って分かったはずだ――彼は死ぬつもりだった。だが、それは犬死にではなく仲間達の為にだ!」

「……ギルマスは俺達を裏切ったのではなく――」

「――そう。俺達を信じたから、ログアウトしたんだよ。俺達は彼にやっと同格の存在として認められたということさ」


 メルディウスは口元に笑みを浮かべると、デュランの胸ぐらから手を放すして取り出したベルセルクを空に向けて突き出した。


「俺達が拳帝と同格か……なら、あっという間にこの程度の敵は撃破して見せないとな! ギルマスもどこかで見ているのだろうからよ!」

「フンッ、相変わらず暑苦しいね君は……でも。俺も久しぶりに、本気を出そうかな……」


 メルディウスの掲げているベルセルクの刃に、デュランもイザナギの剣の刃を合わせた。

 しかし、その後ろでは未だにマスターがいなくなったことを聞いて、立ち直れない紅蓮を白雪が寄り添うようにして支えていた。

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