作戦決行

 それから一時間後、マスターの特攻とも呼べる作戦は決行された。


 本来の彼の思惑通り。先鋒はマスター、エミル、イシェル、デイビッド、エリエ、カレン、メルディウス、小虎。殆どいつものフルメンバーで対応するらしい。もちろん。攻撃と防御に長けたプレイヤー達で、人選には文句の付けようがない――。


 彼等が暗がりに潜みながら敵の強いモンスターを撃破後、街から二陣の彼等が雑魚を薙ぎ倒し。最後に非戦闘員などが安全を確認しつつ、一気に開けた敵の陣形の中を駆け抜ける。


 年少組の星とミレイニは戦闘には参加せず街の門で待機して、最後に街の者達と共に、皆が切り開いた敵の包囲網を抜ける。

 バロンとフィリスはマスター達が敵と交戦を始めたら、周囲にバロンの固有スキル『ナイトメア』によって漆黒の兵団を呼び出し、念の為にマスターの方への援軍を防ぎ敵の足止めをする算段となっていた。


 突破するのは最も守りの堅い北で、先鋒のメンバーが門の前に集まっていた。


 星の両肩に手を置いて膝を折ったエミルが真剣な面持ちで告げる。


「――星ちゃん。絶対にこっちに来たらダメよ? 危ないから、私が迎えにいくまでここで待ってるのよ。いいわね?」

「……はい。でも、気を付けて下さいね。エミルさん」

「大丈夫! お姉ちゃんに任せなさい!」


 そう言って満面の笑みで微笑むエミルに、星もぎこちなくだが笑顔を返す。


 その横ではエリエとミレイニが話をしている。


「いーいミレイニ。あんたは星よりお姉さんなんだから、しっかりあの子を守ってあげるのよ?」

「ふふ~ん。そんなの当たり前に決まってるし! エミルはおおふなに乗ったつもりでいればいいし!」

「……大鮒って……」


 物凄く不安に感じる言葉なのにも関わらず、当の本人は自信満々に両手を腰に当ててこれでもかというくらいに胸を張っている。


 そんなミレイニを見ていると『もういっそのこと、自分もここに残りたい』と思う気持ちが湧いてくるが、今回ばかりはそう言う訳にもいかない。何を言っても今回の作戦は参加人数が少ない。一人でも欠けるわけにはいかないのだ――。


 エリエはミレイニに「本当に頼んだわよ」と額に手を当て呆れ顔で告げると、ミレイニは自信満々にポンと胸を叩き。


「大丈夫! おおふさに乗ったつもりでいるし!」


 っと答える。もはや鮒でもなく、ただの紐の集合体である。人が乗って浮く要素の全くない房になってしまったことで、更に沈む感じがアップしていることに、おそらくミレイニは気付いていない。


 これ以上は目眩がして倒れそうなので、エリエは頭を押さえながらミレイニの側を離れ、今度は星達の方へいくとその耳元でささやく。


「――星。あの子バカだから、変な事しないようにサポートしてあげてね」


 作戦を実行する前から、すでに疲れ果てた表情をしているエリエに向かって、星は小さく頷いた。

 

 エリエは「お願いね」と念を押すように言い残して、覚束ない足取りでフラフラとデイビッドの方に歩いていく。


 星がその後ろ姿を心配そうに見つめていると、隣にいたエミルが「また後でね!」と走っていった。その直後、木の陰から自分を見る何者かの視線を感じて、星が慌ててその方向を振り向く。だが、そこには誰も居ない――。


 不思議そうに首を傾げ、再びエミル達の方を向いた。


 皆が集まったのを確認してマスターが叫ぶ。


「良いか! これから敵の主力級を叩きに行く。相手の出方が分からない以上、個々の判断で臨機応変に対応する事になるだろう。言っておくが、この作戦が成功するか否かは、敵の重要戦力をどれだけ削れるかに掛かっている。皆、気を引き締めてかかれよ!」


 マスターの言葉に皆、決意に満ちた表情で頷く。


 それもそのはずだろう。彼の言った通り、この第一次作戦が成功しなければ、次の作戦に移ることができないのだから責任重大だ――。


 もし、作戦が失敗すれば最悪の場合、外部からの助けがくるのを待つ間の期間籠城し続けなければならない。だが、難攻不落の城ならばともかく所詮は街の外壁のみ。突貫工事で強化したとはいえ、突破されないという保証はどこにもない。


 まあ、出ていったとしても始まりの街から千代へと逃れるだけなのだが、見渡す限り平地しかない始まりの街よりも守りやすい造りをしている。同じ籠城戦でも、始まりの街と千代とでは雲泥の差があった――。

  

 先行するマスターの後に続いて皆、森の中へと入っていく。

 真上に上がった月が森の中でもモンスター達を照らしてくれている。その半面、林や木々を隠れ蓑にして進むマスター達の影は真下に伸びている為、モンスター達に感知されることはない。


 あくまでモンスターは肉眼による感知しかできない。少なくともフィールドにいるモンスターの中に音や熱で感知するタイプはいないはずだ。


 ライラからの情報によれば、モンスター達は認識しても危害を加えるか急激な動きをしなければ襲って来ることはないらしい……まあ、多くのモンスターに睨まれ平常心を保っていられる者などそうそう居ないが、街から抜け出そうと個人で行動した者は恐怖から逃げようとしたか戦おうとして撃破されたのだろう。


 身を潜めながらゆっくりと林の中を進むと、敵の大将であろうモンスターを見つけた。その姿を見た時、その場にいた全員があまりの出来事に言葉を失う。


 それもそのはずだ。目の前にいたモンスターとは『堕天使ルシファー』その巨大な体と漆黒に染まった天使の羽、屈強な肉体と深い褐色の肌、長く伸びた金色の髪に真紅の瞳、そして堕天使と言われる所以の頭の両端から突き出した二本の角。手には二本の柱のように巨大な剣が握られている。その全てが記憶に深く刻み込まれたものだった。無論トラウマとしてだ……。


 結構前の話になるが、一ヶ月間だけ実装された限定ダンジョンがあった。しかし、その難易度の高さからクリア不可能とまで言われ、後に大幅な下方修正が行われた。その時のダンジョン最深部のボスモンスター。それが『堕天使ルシファー』である。


 大きな剣の広すぎる攻撃もそえだが、何よりも危険視されていたのは感知能力の高さだ。上下左右360度を全てを一斉に感知できるモンスターなど、今までに例がない。


 しかも、それだけ広範囲の感知能力を有していて、加えて左右の羽から360度どこにでも剣の様に鋭利な羽を掃射する。


 実装時にも1000人規模の大規模ギルドが次々に敗退し、ゲーム内を騒がせたものだ――。


 そして目の前にいるルシファーは下方修正前の証しである角がある。っとすれば、あの化け物をダンジョン内からフィールドへと解き放った者の思考は常軌を逸脱していると言わざるを得ないだろう。


 だが、問題はそれだけではない。ルシファーの足元には斧、棍棒、盾と剣、ハルバードを持ったミノタウロス四体が配置されていて、その全てに漆黒の武器が持たされていることが、唯一の気掛かりだろう。


 マスターはアイテムの中から黄色の液体の入った瓶を取り出し躊躇することなくそれを飲み干す。

 すると、彼の瞳が黒から黄色へと変わり注意深く辺りにいるモンスターを見渡し小さく息を吐く。


「ふん。なるほどな……奴等の持っている武器は先日の村正と酷似したものらしい。その効果でゴブリンのような雑魚から、リザードアーマーなどの中核を担うモンスターまで、全てのレベルが100で統一されている。ゴブリンなど強くてせいぜいLv40程度のものを、随分と念のいった事よ……」


 呆れ顔でそう呟くマスターの言葉に、周りはより一層険しい表情に変わる。


 彼が先程飲んだのは『千里薬』と言われる。モンスターのレベル、HPを把握する為に飲む物で、飲めば一定時間。千里眼と呼ばれる能力が使えるようになる。

 一般的にはターゲットされるかするかしていて現在戦闘しているモンスターのレベル、HPしか把握できないのだが、これを視界に映る全てのレベル、HPを把握することができる為、レベルの高いプレイヤーの間では大変重宝されている。


「――敵はあのルシファー。予想外に強敵だが、儂等にも一体に数人を割けるほどの余裕もない……頼めるか? エミル」


 マスターはエミルと顔を見合わせると、彼女は力強く頷いた。

 全てを理解した様に静かに深呼吸し、エミルはコマンドを操作し始め、そして以前にも使った赤青黄の三色で構成された融合の笛と巻物を取り出した。

 

 その笛を首に掛け、腰にベルトで巻物を巻き付ける。普段は腰に長めの剣を一本しか差してないのだが、今回に限っては二本の剣が差されている。

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