白獅子3

 もうすっかり日も沈み、夜の帳が落ちた街の中を歩いていくと、モニターのある大きな広場近くで何者かが声を荒らげていた。

 星もエリエも他の誰もがその声に聞き覚えはなく。小走りで広場まで急ぐと、広場では大勢の人が集まり、マスターと向かい側にフルプレートアーマーの見知らぬ男性プレイヤーが立っていた。


 顔まで覆っているフルプレートで、どうして男性だと分かったかというと、今まさに声を張り上げていたのが彼だったからだ――。


 彼はどうやら、マスターの作戦に不満があるらしく、周りを巻き込もうと懸命に声を張っている。


「俺は納得できない! 先制攻撃を仕掛けるというのもそうだが、どうしてわざわざ強化した外壁の門から打って出て攻めないといけない! 防衛戦の方が守りやすく敵が疲弊するのを待てばいいだけだろう。そうすれば、相手もさすがに落とせないと諦めるはずだ! 今こそ敵からの譲歩案を引き出せる絶好のチャンスだろう!」


 彼の意見を聞いた周りの人集りからも次々に声が上がり――。


「そうだそうだ! 守りきればいいだけなんだから、わざわざリスクを冒す必要なんてない!」「被害の出ない遠距離から、敵を倒せばいいだけじゃないか!」「攻めきれなかった時の責任はどうするんだ!」


 など、様々な反対意見が飛んでいる。


 しかし、反対意見だけではなく。こちらに賛同する者も頻りに声を上げる。


「無雑作に湧くモンスター相手に防衛戦は不利だ! 拳帝が正しい!」「守り切れる確証もない以上。あくまでこちらから攻撃的に行くべきだ!」「攻めてから、無理そうなら防衛戦に移行してもいい! ひとまず攻めてみるべきだろ!」


 などと言った、マスター達に賛同する意見も出ていた。


 賛成派、反対派。どちらの意見もまばらで殆どの者はどうすればいいのか決め兼ねていると言った感じだ。

 それも無理はないだろう。昨日の『村正事件』で人間不信になっている者も多く出ている。その中で、不死身とも言えるモンスターで大攻勢を掛けられれば誰に従うのが正しいのか分からなくなる者が多く出るのも肯ける。


 正直。無気力とは言えないまでも、結局は大多数の方に付くという人間本来の心理が働くのだろう……。


 そこに多くの群衆の中から、煙管を咥えたライオンの毛皮を纏った派手な格好の黒いバンダナに金髪サングラスを掛けた男と落ち着いた袴姿に長刀を腰に差した男が現れた。


 彼等はギルド『LEO』のギルドマスター、ネオとサブギルドマスターのミゼだ。

 人集りの前に出たネオは龍の形を象った煙管を口から放すと、口内に含んだ煙を吐き出してゆっくりとした口調で話し出す。


「……おいお前。拳帝の意見に異を唱えるなら、それ相応の力量があるんだろうな。……本当はビビってるだけなんじゃないのか?」


 挑発する様なネオの言葉に、鎧を纏った男性プレイヤーは怒り心頭といった感じで声を荒らげた。


「はあっ!? なんだお前等! ゲーム内だけで格好付けてるだけの中二病の癖に、出しゃばってるんじゃないぞ! なんだその見慣れない煙草にグラサンにバンダナ。おまけにライオンの毛皮を背負った格好は!」


 彼の言葉を聞いて、ネオは口元に微かな笑みを浮かべた。


 その表情には余裕さえ感じられる。しかし、彼の余裕の理由はすぐに分かることになる。

 

「――フンッ、中二病ねぇ……確かにそうかもしれないな。だが、そういうお前のフルプレートも相当な物だと思うがな……」


 ネオの思わぬ反論に彼はたじろぎ、周りからはクスクスと笑う声が聞こえてきた。

 男が「笑うな!」と声を張り上げると、ネオの隣のミゼがクスリと小さく笑いをこぼす。それを聞き逃さず、男はミゼを鋭く睨み付けた。


 刀に手を掛けたミゼの前を左腕で遮ると、ネオがニヤリと不敵な笑みを浮かべ。


「――どうだ? 俺と勝負してみるか? 他の奴等も拳帝の策に異論のある奴は前に出ろ! 俺が勝ったら拳帝の案を採用する! 俺は何人がかりでも構わないぞ?」


 その言葉にミゼは驚き身構えたが、ネオは刀の柄に手を掛けようとするミゼの方を睨みつけ。


「おい。ネオ」

「……手出しはするなよ? ミゼ。こいつは俺の道楽だ」


 苦虫を噛み潰した様な顔をして、小さくため息を漏らしたミゼが一歩後ろに下がる。それを見たネオは不気味な笑み浮かべ、周りを見渡すと6人の男性プレイヤー達が前に出た。


 彼の不気味な笑みが更に強くなり、全身から殺気を漲らせている。 

 ネオの体から滲み出るオーラに気付きつつも、彼等は引き下がる様子はない。


 まあ、リスクを冒したくない彼等にとっては、意地でも今回の作成を防衛戦にしたいのだろう。

 戦わずに相手の意見を飲むくらいなら、6対1で負ける可能性の低さに賭けたというところだろうか……。


 ネオはミゼに下がるように促すと、彼もそれに素直に従った。


「ほら、掛かってこいよ……言葉は通じてるんだろ?」


 素手のまま煙管を咥え挑発するように指をクイクイっと動かすと、それを合図にそれぞれに得物を持った6人の男達が一斉にネオに襲い掛かる。


 その攻撃を少ない動きで正確に見切って次々とかわしていく。

 何より凄いのは、彼が最小限の動きだけで武器の刃をやり過ごしていることだ。当たりそうで当たらない絶妙な動きで巧みにかわすその身のこなしには、敵も傍観している者達もただただ脱帽していた。


 攻撃パターンを変えて攻撃しても、その全てにネオは反応してその身にはかすりもしない。


 戦闘を見ていたミゼが小声で呟く。


「……ネオの奴。楽しくなってきたか……」


 ミゼの言葉を証明するように、ネオがニヤッと不敵な笑みを浮かべ、今まで防戦一方だった彼が口に咥えていた煙管を握る。


 直後。振り下ろされた剣を煙管で防ぎ、距離を詰めて懐に飛び込むと男性の腹部を思い切り蹴りつけた。


 男性の着ていた西洋甲冑がガシャンと音を上げて地面をボールの様に転がり、彼のHPが最低値だけ残って力無く地面に伏せる。


「……1人」


 不気味に笑う彼の狂気じみた笑みに、近くにいた薙刀の男が大声を上げながら突撃して来た。すると、ネオも地面を強く蹴って、向かってくる男目掛けて猛スピードで突っ込んでいく。


 本来。長物相手に武器扱いではない煙管を持っての突撃など、誰がどう考えでも自殺行為としか言えない。


「――バカがあああああッ!!」


 男が自分目掛けて、無謀にも突っ込んでくるネオに薙刀を振り抜く。


 ネオはそれをかわすどころか、何か考えがあるのか更に加速した。

 次の瞬間。ネオは彼の持っていた薙刀の柄の部分を腕で防ぐとHPが減少し、男の持っていた薙刀の柄を掴み、獲物を奪い取りに掛かった。


 だが、ステータスにそれほど差がないのか、なかなか奪い取ることができず。互いに膠着状態になってしまう。これは彼の大きな見当違いと言えたかもしれない。


 そこに隙を見逃さず。ネオの背後から、先程と違う長めの剣を持った男が攻撃を仕掛けてくる。


「今なら動けないだろう! 喰らえ!!」


 剣を突き出し走ってくる男を横目に、ネオが笑みを浮かべた。


「フッ、その程度で――――ッ!?」 


 動こうとしたネオの腕を、今度は薙刀を持つ男の手が、がっしりと掴んでいた。

 絶対に放さないと言わんばかりに、指が腕に食い込むかと思うほどに力を込めている。背後からは剣を構えて突っ込んでくる男、そして前には自分の腕を掴んで放さない男。


 完全に挟み込まれた状態で、徐々に剣を持つ男との距離が詰まってくる……。


 攻撃が当たる直前、薙刀の柄を握り締めたままネオの体は放物線を描く様に飛び上がり、薙刀の男の背後へと移った。


 っと、同時に薙刀の男の体に剣が突き刺さり。断末魔の叫び声の後、男の体が地面に崩れ落ちる。


 突然の事態に驚き慌てる剣の男の体を、今度は薙刀の男の得物が突き刺す。


「ぐっ……まさか……お前は……」


 崩れる男の目の前にはネオが立っていた。


 しかし、先程とは違い全身が細かい毛に覆われ、全身の筋肉が隆起し突き出した鼻に鋭い牙、首には美しくなびく白銀の鬣、頭には耳と尻尾まで生えている。その姿はもはや人ではなく、獣人と言った方が正しいかもしれない。


 周りで見ていた者達も、一層と強まる彼の全身から放たれる殺気に身震いする者、腰が抜けてその場に座り込む者で溢れかえった。


「白銀の毛並みの獣人。白獅子だ!」「白獅子ってあの化け物の……」「あの白い悪魔か……」


 群衆の中から恐怖におののく声が聞こえてくる。


 戦っていた者達も3人が相次いでやられたことで動揺したのか、はたまた彼が『白獅子』という通り名を持つプレイヤーだからか、またはそのどちらもなのか……それは分からないものの、戦闘をしていた彼等は明らかに戦意を失った様に後退りしはじめていた。


「フフフ……はっはっはっはっ! 最高の気分だ! 貴様らの四肢を引き裂いて挽き肉にしてやるぞッ!!」


 先程とは異なり。狂気じみた笑い声を上げると、ネオの殺意の籠もった鋭い瞳が彼等を捉えた。


 一斉に今度は獣人となったネオに背を向け、対戦者達は一目散に逃げ出す。それはまるで突然登場した捕食者に怯える獣の様にも見えた――。


「――どうした? まだ戦いはこれからだろうがッ!!」


 強力に踏みしめた足の爪が地面に傷を残し消えた彼の姿は、瞬間移動でもしたかの様に逃げるプレイヤーの背後に突如として現れた。その直後、振り抜かれた獣の様な鋭利で大きな手の爪が、そのプレイヤーの体の原型を留めないほど無残に吹き飛ばす。     


 肉片と化したプレイヤーを見て、辺りから悲鳴が上がる。だが、ネオはその声が聞こえていないのか、また狂気じみた笑い声を上げながら一目散に逃げていく2人のプレイヤーを追いかけている。


 ここまでくると、もう対戦ではなく一方的な殺戮に近い。


 普通の人間より遥に大きくなった獣人のネオは、すでにボスモンスターにも匹敵するレベルまで人間離れしてしまっている。するとその時、彼の目の前にミゼが割り込む。


「――邪魔だミゼ!」 

「……落ち着け、ネオ」


 自分に伸びてくる腕をかわし、懐に飛び込んだ彼は持っていた長刀をネオの胸元に突き刺す。


 ――グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 苦しそうに咆哮を上げて天を仰ぐネオの体から光が立ち昇り、次の瞬間には光る彼の体が収徐々に集束していく。


 元に戻ったネオの体が、覆い被さっているミゼの顔を見上げ。


「……もっと優しくできなかったのか?」

「……暴走したお前が悪い」

「ケッ……相変わらず、強引で無口な奴だ……」


 互いの顔を見合って、ニヤッと笑みを浮かべる。


 ネオのHPが『1』になりバトルが終了すると、粉々になっていた男の体も元通りに修復され、他の者達もHPが全回復して動ける程度にはなった。


 戦いが終わると、今まで彼等の戦いを固唾を飲んで見守っていた群衆達が歓喜の声を上げた。辺りには拍手が巻き起こり、称賛の声が上がる。それはこの場に居る殆どの者達が、マスターの作戦に賛同したという証しでもあった。


 元々この勝負は防衛派と攻勢派の争いから始まったもの――勝敗が決して圧倒的過ぎる攻勢派の勝利に、もはや防衛戦をしようと言う者は殆どいなかった。

 結果的にこの戦いで、攻勢派であるマスター達の力量が相当のものであるということが証明されたのだ。今後の作戦に異を唱える者は殆ど居なくなるだろう。


 ごく一部を除いて……。


「いいのか? このままあいつらの好きにさせて!」

「……いいんだ。俺達は生き残れれば何の文句もない」  


 もう勝ったものと浮かれている群衆の中で、生産系ギルドのギルドマスターとサブギルドマスターの男達が短い会話を交わして裏の路地へと消えていった。 

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