黒い刀と黒い思惑2

 丁寧にレイニールの顔を拭いている向かい側で、エミルとイシェルが話している。


「それじゃ、イシェはエリー達をお願いね」

「そうやね。今回は、うちが行ってもあんまり戦力にならんし……」

 

 急に耳に飛び込んできたイシェルの話を聞いて、不思議そうな顔で星は首を傾げた。 

 それもそうだろう。イシェルの固有スキルは『ソニックブーム』その名の通り。衝撃波を作り出すスキルでその効果範囲も他のスキルよりも遥かに大きく、しかも彼女の持っている『神楽鈴』を使用すればその破壊力は何倍になるはず。


 本来ならば、エリエとミレイニも参加できず、現状戦力の乏しい状況で彼女をメンバーから外すのは考えられない。しかし、イシェルはいかないと言っているし、エミルもそれを容認しているように見えた。


「――イシェルさんは行かないんですか?」


 その疑問が、自然と星の口から漏れ出した。その直後、イシェルが星を鋭く突き刺さるような目で睨む。


 まるで敵を見る様な瞳に、星の背筋に悪寒が走った。心臓を鷲掴みにされたような圧迫感に、星は微動だにできなかった。


「まあ、そうね。イシェの固有スキルは、力のコントロールが難しいから仕方ないのよね」


 イシェルの様子に全く気付く素振りも見せず、エミルが言った。


 その後、エミルがイシェルの方を向いて「そうよね」と聞き返すと、今までの形相が嘘のように晴れやかな表情で頷く。


「まあ、うちのスキルは多人数向きで、微妙な力加減が難しいんよ。そやから、今回は残念やけどお留守番やね」

「そういうこと……それじゃ、エリー達をお願いね。イシェ」

「うん。エミルも気を付けてな」

「ええ、必ず帰ってくるわ!」


 不安げにそう言ったイシェルに、エミルは力強く答えた。

 2人の会話を聞いていた星は、間もなく出発するのを察して、レイニールをテーブルから抱き上げると胸にぎゅっと抱きしめる。だが、レイニールを抱き上げた星のその手は微かに震えていた。


 それはレイニールも感じたのか、星の顔を不安げに見上げ。


「大丈夫か? 主。震えておるぞ?」

「……えっ? うん。あはは、どうしてかな」


 笑って誤魔化す星の顔を見上げながら、レイニールはそれ以上追求しようとしなかった。

 きっとレイニールは、星の心境を察していたのだろう。星にとっては、今回が前線で戦うのは始めてなのだ。恐怖を感じても仕方のないことだ――。

  

 装備品やアイテムを確認すると「よし!」と呟き、星に向かって微笑みかけた。


「さあ、行きましょうか!」

「はっ、はい!」

 

 エミルの声を聞いてその場でビクッ!と飛び上がりそうになりながらも、星が返事を返す。


 微笑みを浮かべたまま身を翻し、徐に歩き出すエミルの後を星が慌てて追いかけていった。

 廊下を抜けて外に出ても、星の胸の高鳴りは収まるどころか更に強くなっていく。


 巻物でリントヴルムを召喚するエミルの少し後ろで、星は自分の胸の前で両手を合わせていた。

 その隣で空を飛びながら、星を心配そうに見つめていたレイニールが小声でささやいた。


「――主。怖いなら早く言った方がいいのだ。今なら、まだ行かなくてすむのじゃ……」


 しかし、星は首を横に振ってレイニールの忠告を断った。


 驚いた様子で目を見開いているレイニール。


 レイニールは気を利かせて言ってくれたのは、星にもすぐに分かった。だが、星にはどうしても退けない理由があったのだ。


 それは……。


「もし。ここで逃げ出したら、次も同じように逃げちゃうし。それに……もう誰も傷付くのを見たくないから……」

「……主。なら、我輩が頑張って主を守るしかないな! 任せるのじゃ!」


 星の決意を聞いて、俄然やる気になったレイニールが自信満々に自分の胸をポンっと叩く。


 そんなレイニールが、今までで一番頼もしく見えて星は思わず顔を綻ばせた。すると、話をしている2人をエミルが星達を呼んだ。


 エミルは星の手を取ると、地に這いつくばる様にして低く伏せているリントヴルムの背に乗った。

 2人を乗せたリントヴルムはむくっと立ち上がり、大きく白い翼を大きく上下に動かす。


 徐々に早くなる翼の動きに比例して、リントヴルムの巨体がゆっくりと宙に浮いていく。


 星は間もなく進むのが分かって、自分の近くを飛んでいたレイニールを掴まえる。その直後、星の予想通り、リントヴルムがゆっくりと前に向かって動き出した。

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