ゴーレム狩り

 翌日になって星が目を覚ますと、すでにお昼を回っていた。


 昨日の夜はお風呂に入っていて、居心地の良さからそのまま時間を忘れて浸かっていたら、いつの間にかのぼせてしまった。


 のぼせると言っても、煙による視界のズレで酔っているだけなのだが……。


 それからの記憶はぼんやりとしていて、薄っすらとしか覚えていない。


(確か、あの後エミルさんにベッドに運ばれて、そのまま寝ちゃったんだ……)


 何故か着ていたバスローブを指で触りながら、記憶を呼び起こす。 

 おそらく、今身に付けているバスローブはエミルが着せてくれたのだろう。


 浮かない表情で『また迷惑を掛けてしまった……』そう思いながらも星が寝返りを打つと、そこには微笑みを浮かべているエミルの顔があった。


「いつもは私より起きるの早いのに、今日は随分とお寝坊さんね」

「なら、起こしてくれれば……」


 一瞬驚いたが、すぐに不服そうに頬を膨らませる星に、エミルは「くすっ」と笑みを浮かべて不機嫌そうな星の頭を撫でた。


「ふふ、ごめんなさいね。あまりに気持ち良さそうに眠ってたから、つい」

「……エミルさん。今日はなんだかいじわるです」

「あら、昨日『優しくしないで!』て言ってたのは、どこの誰かしらね~」

「むぅぅ~」


 痛いところを突かれ、膨らませていた頬を更に大きくしてフグみたいになった星に、エミルは楽しそうな笑みを浮かべている。その直後、エミルの視界にメッセージ受信の表示が出た。


 不貞腐れている星を余所に、エミルは指で表示されている場所をクリックする。


『エミル姉。まだ帰ってこれないの? 今、街は危ないんだよ!? 街に居るならすぐに戻ってきて!!』


 メッセージの差出人はエリエだった――。


 その内容から、何やら問題が発生しているのは疑う余地はないだろう。だが、エミルのメッセージに書いてあった『街は危ない』の意味が分からない以上。星を連れて、無闇に宿屋を飛び出すわけにもいかない。


 昨晩の一件もあるし、この場は冷静な判断を下す必要があるのだ。

 

 エミルは隣で不貞腐れている星を一瞬見遣って、突然険しい表情で考える。

 正直なところ、星と2人でこれ以上行動するのはリスクが大き過ぎるとエミル自身も感じていた。


 昨日の黒い刀身の刀を持った者が1人ならば、エミルだけで十分に事足りるだろうが、あれが数人同時に暴れ出したら自分だけなら大丈夫だが、星が危険に晒されるリスクが格段に上がってしまう。


 建物内で固有スキルを使用できるのはシステム上でゲームマスターである星と何らかの方法でそれを改変しているライラ。昨晩の襲撃の『村正』というアイテムくらいだろう。

 エリエの言っているものが昨晩の『村正』なら、建物内で武器を使用できないエミルは無力に等しく、星は戦闘を知らないずぶの素人。現実的に見て戦力と言うのは難しい。


「……やっぱり。星ちゃんに、きちんとした戦い方を覚えさせるべきなのかしら……」


 複雑そうな顔で星を見つめるエミル。


 以前も星と約束をしていたことではあるが、エミルはまだ心の中で決心がついていなかった。まだ戦い方を教えてあげると約束をしていただけで、実際に戦い方を教えたわけではなかったのだ。


 できることなら戦いなどに星を参加させるべきじゃない。もし、戦えるようになれば、星を戦力として見ているライラもデイビッドも戦いを強要するに違いない。その時、星の性格では素直に頷いてしまうだろう。


 だが、このまま無抵抗のまま昨晩のようなことになるのは、絶対に避けなければいけない。 

 今のエミルの思考を星を戦わせなくないという理想と、戦い方を覚えさせなければ星を守れないという現実が、交互に襲っている状態だ――。


 そんな彼女を心配したように、星が不安そうに尋ねてきた。


「……エミルさん。悲しそうな顔をして、どうかしたんですか?」

「ううん。なんでもないのよ」


 表情を曇らせる星に微笑み返すと、エリエに向かってメッセージを返す。


 その内容は……。


『今、街の宿屋に居るから迎えに来てくれる?』


 エミルがメッセージを送ると、すぐに『了解』とエリエから返信が返ってきた。


 それに安堵の表情を浮かべると、全く内容を飲み込めていない星の方を向く。


「これからエリーが迎えに来てくれるみたいだから、ご飯食べて待ってましょうか!」

「えっ? でも、どうしてエリエさんが……」

「細かいことはいいから、星ちゃんも着替えちゃいなさい。エリーに見られたら恥ずかしいわよ?」


 バスローブ姿の自分を見て、バスローブしか身に着けていない自分の格好に、星は顔を赤らめるとエミルのその言葉に従うように、机に置いてあった自分の服に着替える。


 それを見て、微笑みを浮かべるとエミルは簡易型のキッチンへと向かって歩き出す。しかし、簡易型ということもあり、コンロとオーブンが用意されているだけの場所なのだが。


 着替えながらその様子を心配そうに見守っていると、キッチンの方からドカン!という爆発音が響き、黙々と黒煙が上がり部屋中に広がる。


 どうやら、エミルの料理腕は上達していないらしい。どうやれば爆発するのかは、未だに分からないが……。


 エミルは咳き込みながら慌てて窓を開け放つと、憤りを隠しきれない様子で叫んだ。


「ケホッケホッ……もう! どうして私が作るといつも爆発するのよ!」

「……あの、何を作ろうとしてたんですか?」

「えっ? 普通のハムエッグよ?」 


 普通にハムエッグを作ろうとして爆発するものなのかっと思いながらも、星はそれ以上口を開かなかった。


 まあ誰しも『人には向き不向きがあるんだ』と、星は煙が立ち込める部屋の中で立ち尽くしたまま、小さく咳き込みながら身を持って知った。

 

 そうこうしていると、突然激しくドアを叩く音が聞こえてきた。まあ、窓から黙々と黒煙が上がっていれば、誰でも何かあったと思うのは当然だろう。


「ちょっとエミル姉! なにやってるのよ!!」


 ドア越しから聞こえてくる声は紛れもなくエリエのものだった。

 その声を聞いてエミルが扉の鍵を開ける。すると、勢い良く扉が開き開いたドアから飛び込んできたエリエとエミルが激しくぶつかる。


 2人はその場に尻もちをつくと、お尻をさすりながら瞑っていた目を開けた。

   

「くっわぁぁ……」

「いった~」


 互いに瞳に涙を浮かべ、お互いの顔を見合わせた。

 突然飛び込んできたことに不機嫌そうな顔で眉をひそめているエミルに、エリエは苦笑いを浮かべている。


 そんな彼女にエミルの眉が怒りでピクピクと動く。


「……エリ~?」

「えへへ。ちょっと慌て過ぎた……かも?」


 その直後、ブチッ!とエミルの方から血管が切れる音がした。


 エミルは静かにゆっくりと立ち上がり、烈火の如く怒り狂う。


「エリー! そこに座りなさい!」

「は、はい!」

「いつもいつもあなたは! どんなに急いでいてもしっかりと状況を判断してから行動しなさいって言ってるでしょ! 私だったから良かったものを、星ちゃんが出てたらどうするつもりだったの! だいたいあなたは同じことを何度言わせれば――」 


 背筋を伸ばしてエリエがその場に正座すると、ガミガミと説教を続けている。

 正座しながら徐々に小さくなるエリエを、星は気の毒そうに見つめていた。彼女の機嫌が悪い時に、丁度見計らったように問題を起こしたエリエに同情すら感じる。


 しばらくして、エミルの怒りも収まったのか、やっと説教から開放されたエリエが、フラフラしながら星の方に歩いてきた。


 星の両肩をがっしり掴んでエリエが告げる。


「……星。無事で良かった……」


 そう言い残して、エリエは疲れきった表情でその場に崩れるように倒れた。

 慌てて駆け寄った星が倒れているエリエの体を揺すると、彼女はすやすやと寝息を立てていた。


 それを見て星が首を傾げていると、開いていた窓から突然何かが飛び込んできた。


「あ~る~じ~!!」


 大声で叫びながら星の胸目掛けて飛び込んできたのはレイニールだった。


 星が突然のレイニールの登場に驚いていると、レイニールが怒った様子でビシッと指差す。


「主! また攫われたらどうするつもりなのじゃ!」

「大丈夫だよ、レイ。エミルさんも一緒だし……」

「誰が一緒でもダメじゃ! 我輩が一緒じゃなきゃダメなのじゃ!!」

「うん。わかった……」


 大声でそう叫ぶレイニールに、星は頷いて自分の胸にレイニールを抱いた。


 結局、寝てしまったエリエをベッドに寝かせ、もう一度キッチンで料理をしようとしたエミルを全力で止めた星は、食材だけを受け取って調理を始める。とりあえず。簡単なところで、目玉焼きとトーストを作ることにした。

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