次なるステージへ・・・12

 紅蓮は今まで物陰に姿を隠していたのだが、マスターの言葉を聞いて堪らず慌てて飛び出して来たのだ。


「納得いきません師匠! こんな得体のしれない女と相部屋なんて……断固反対です!」

「マスターと2人きりで、同じ部屋に女性を入れるなど考えられません。断固抗議します!」


 2人は初めて会ったとは思えないほど、息の合ったタイミングで同時に叫ぶ。


 その後、互いの顔を指差して睨むと。


「「貴女には関係ない! 引っ込んでいて下さい!」」


 っと、またも同時に叫んだ。

 紅蓮とカレンが睨みながら、互いに鋭い視線をぶつけ合う。


 今回が初対面の2人には、最悪な出会い方であったのは言うまでもない……。


 すると、紅蓮に向かってカレンが拳を構えた。


「子供だからといって、俺は手加減しないぞ」

「子供――ふふっ、そうですか……いいでしょう。なら、少し躾けてあげましょうか……」


 紅蓮も懐から短剣を取り出すと、そうボソボソと呟きながら不敵な笑みを浮かべた。


 っと互いに構えて、静かに闘志を燃やす2人の間にマスターが割って入る。


「止めないか。この馬鹿者共!」

「……マスター」

「でも師匠! このちびっこが……」

「……ちびっこ?」

  

 カレンの『ちびっこ』という言葉に、紅蓮の目付きが更に鋭いものへと変わる。

 不機嫌そうに睨むその紅の瞳の奥で、明らかに殺気が満ちていた。それは彼女の前からマスターが消えた瞬間に、カレンに襲い掛かりそうなほどだ……。


 マスターは殺気に気付いたのか紅蓮の方を向いて、もう一度大きく「止めんか!」と怒鳴ると、紅蓮もしょんぼりとしたように目を伏せた。しかし、カレンの方は未だに構えた拳を下ろそうとはしない。


 カレンのその行動はHPの残量が『1』である為、普段以上に警戒しての行動だろう。


 そんなカレンにマスターが怒鳴るが、カレンはそれを聞き入れずに言葉を返した。


「ですが師匠! こんなどこの馬の骨かも分からない人間を、信用なんてできません!」

「……失礼な方ですね。私から見れば、あなたも十分信用できない人間です」


 紅蓮はカレンの言い方が気に食わなかったのだろう。そう吐き捨てるように言って睨みながら、むすっとしているカレンに歩み寄ろうとする。


 だが、それをマスターがなんとか引き離し、未だに険悪なムードを放つ2人にため息を漏らすとマスターが双方を紹介した。


「カレンよ。こやつは儂の元いたギルドのメンバーで紅蓮というのだ」

「なるほど、元ギルドのメンバーですか。なら、納得です」


 カレンはそれを聞いて、何故か勝ち誇ったような笑みをこぼす。

 その様子に今度は紅蓮がむすっとしながら眉をひそめると、マスターがカレンを紹介した。


 不機嫌そうにしている紅蓮の視線が、目の前の短髪で活発で強気な少女からマスターへと移り。


「これはな紅蓮、儂の弟子のカレンだ。まだ歳も若くてな、礼儀も良く分かってないが仲良くしてやってくれ」 

「……なるほど、お弟子さんですか。そうですか」


 すると、それを聞いて、今度は紅蓮が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


 一瞬落ち着いたように見えた2人だったが、すぐにまたいがみ合うと言葉をぶつけ合う。


「このちびっこ! どうしてそんなに誇らしげなんだよ!」


 余裕とも言える笑みを浮かべている紅蓮に、カレンは怪訝そうな顔で言った。


「ふっ、それはそうです。弟子というのであれば、戦友である私より立場は下ですから」

「なっ……なら、俺は弟子だ! 弟子とは生活の全てを共にしている。言わば家族だな!」


 勝ち誇った様子で、腰に手を当てて頻りに頷くカレン。


「くぅぅ……なら、背中を預けて死地に立つ戦友は、マスターと一心同体と言っても過言ではありません!」


 一歩も引かない2人は、激しく視線をぶつけ合っている。

 お互いの意見が真っ向から対立している2人を、マスターが必死でなだめていた。だが、一向に収まる気配を見せないカレンと紅蓮の罵り合いに、皆呆れているようだ――。


 その光景を横目で見ていたエリエが訝しげに、ぼーっと立ち尽くしていたデイビッドに話し掛けた。


「ちょっと、カレンのバカと言い合ってるあの子はいったい誰よ! あんたが連れてきたんでしょ?」

「ああ、俺を助けてくれた子だよ。何でも、千代の大手ギルドのサブギルドマスターらしい。戦闘を見ていたけど、とてつもない強さだったよ」

「ふ~ん。名前は?」


 彼の言葉を信用してないのか、エリエは訝しげに視線だけデイビッドに向けて尋ねた。


 顎の下に指を当て考える素振りを見せると、デイビッドは自信なさそうに答えた。


「確か紅蓮だったかな? 女の子にしては珍しい名前だと思ったけど。かっこいいからだろうな。まあ、俺のガイアという名前と同じくらいには、かっこいい名前ではあるよ」

「ああ、そういうのはいいから……」


 虚ろな瞳で本当に興味なさそうに告げるエリエに、デイビッドは咳払いをして言葉を続ける。


「……でも、見た目では測れない強さをあの子は持ってるよ。しかも頭の方も相当な切れ者だ……油断はしない方がいい」

「ふーん。切れ者かどうかは分からないけど、デイビッドがかっこいいからガイアって名前を付けたってのは要らない情報よね……」

「……そうだな。俺が名前をかっこいいからというだけで、ガイアと名付けたというのは要らない情報……って要らなくないわ! ってか、お前達はなんで俺をキャラ名で呼ばないんだよ!」


 デイビッドの叫びを聞き逃すと、エリエはエミルと星の方へと駆けて行った。

 またしても自分のキャラクター名をぞんざいに扱われ、デイビッドは諦めにも似た大きなため息を漏らす。


 未だに睨み合ったまま微動だにしないエミルとライラ。そしてエミルの腕の中で窮屈そうにしている星。


 まずはこれを何とかしないといけないと、エリエは思ったのだろう。

 そんなエミル達のことを刺激しない様に、エリエは無理に気取らずいつもの感じで話し掛けた。


「エミル姉、ライ姉もそんなに怖い顔してないで。そんな顔してたら雰囲気も悪くなるし。前みたいに仲良くやろうよ!」


 刺激し内容にやんわりと告げたつもりだったが、2人は目を逸らさずに表情を崩すこともなく言葉を返した。


「……エリエ。ちょっと黙ってて。隙を見せたら、あの女。また、何をするか分からないから……」

「私は仲良くしたいんだけどね~。でも、エミルが怖くって~」


 全く真逆の反応をする2人に、エリエはさすがに呆れているのか小さくため息を吐いた。


 険悪なムードでこのままこの部屋に閉じ込められていると、正直どうかなりそうだった。だが、だからと言ってこの部屋を出ようものなら、2人は何をするか分からない。

 ピリピリとした空気感に、皆そのことに気が付いているのだろう。その恐怖もあって、この部屋から出ていくわけにはいかないのだ――。


 すぐに気を取り直して笑顔を見せると、そんな険悪なムードの2人に提案する。


「まあ、とりあえず。お風呂にでも入ろ! もう汗で体ベタベタするし、星もそうしたいよね?」


 エリエはエミルの腕の中で困惑した表情を浮かべている星に、目で合図を送ると、それを察した星は静かに頷く。


「わっ、私も……お風呂に入りたいです。エミルさん」

「そう? なら、そうしましょうか。色々あって疲れたものね」


 星にそう言われ、ライラの様子を窺いながらもエミルは仕方なく頷いた。


 それをチャンスとばかりに、エリエが更に畳み掛けるように言葉を発した。


「そうだよ! ライ姉も一緒に入ろ! 日本では、お風呂で裸の付き合いをすると仲良くなれるんでしょ?」

「…………」


 無言のままのライラにエリエはなるべく笑顔を心掛け、ライラに心中を悟られないようにと内心ひやひやものだった。

 エリエにとってライラの印象は優しいが、どこか掴みどころのないという感じの人物だった。だが、今はそれが以前に比べると更に際立って見える。


 明らかにライラは自分達に何かを隠しているのは間違いない。

 一緒にお風呂に入ろうと誘ったのも、湯に浸かれば体と心が解れ、ポロっと何かを喋るかもしれないという。彼女なりの希望のようなものもあったのかもしれない。


 ライラの返答を緊張した面持ちで待つエリエに、彼女は軽く微笑んで頷く。


「ええ、いいわ。私も疲れているのは事実だし。たまにはそういうの悪くない……でしょ?」

「う……うん。そ、そうだよね」


 エリエはその笑顔から何か思惑の様なものを感じて思わず目を逸らした。

 そのやり取りを見ていた星はこれから起こる不穏な空気を、この時すでに感じとっていたのかもしれない。



 暗闇の中。大きな黒い塔を建築する為、ゴブリンやリザードマン、インプ、トロールといった人形の多くのモンスター達が忙しなく蠢くのを見下ろしながら、赤く髪に白衣を着た痩せ型でメガネを掛けた七三分けの男――如何にも優等生という感じの男のその手には狼の覆面が握られていた。


「――このシステムが機動すれば全てが終わる……イヴ。君は大きな勘違いをしているよ……君の記憶を削除したのは。ただ、君にこの地獄を見せたくなかったからだ。本当は君をこの腕に抱いてこの時を迎えたかった。でも……仕方ない。君が望んだ事だイヴ。君の大事な物を全て壊して、懺悔と絶望という色で君の心を私色に染め上げて。もう二度と、逆らえないようにしてあげよう……ひっひっひっ、ひゃはっはっはっ!!」


 不気味に奇声を上げて笑う男の甲高い笑い声が暗闇に染まる空にどこまでも響いていた。しかし、それはこれから始まる地獄のほんの序章に過ぎなかった……。

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