ダークブレット日本支部崩壊2

 外でメルディウス達の激しい戦闘により、城の入口が騒ぎになっていた頃――。


 そんなことを知る由もなく、城の中に潜入していたイシェルがこっそりと誰も居なくなった城内を散策していた。

 周りが石積みの壁と等間隔で設置された松明だけという意外と地味な作りなっている城内を、イシェルは無警戒に歩き回っていた。


「おかしいなぁ~。誰もおらへんの?」


 イシェルは首を傾げながら小声でそう呟く。


 しかし、その言葉に返事をする者は誰も居ない。人の気配もなく、外壁の松明がゆらゆらと揺れるだけだ。静まり返った城内を、時折首を傾げながら進んでいく。


 そんなこんなで、階段を下り。徐々に城の最深部へと向かっていた。


「くそっ! どういう事だこれは! イヴが居ない!!」


 嘘のように静まり返った城内をゆっくりと進んでいると、どこからともなく男の憤る声が聞こえてきた。


 非戦闘エリアである建物内では、武器や固有スキルの使用はできない。

 今、もしもイシェルが何者かに出くわせば、いくらイシェルでもひとたまりもないだろう。


 だが、そんなことなど今のイシェルには関係ないのか、瞳を輝かせながら興味津々な様子で彼女はその声の主の方に進んでいく。さながら、彼女の今の心境は肝試しにきた学生の気分と言ったところか……。


 徐々に大きくなるその声に、不思議と胸が高鳴るのを感じながら、イシェルは曲がり角からそっと、その声の源を覗き込む。だが、覗いたその先は行き止まりになっていた。


 周りを灰色の石造りの壁に囲まれ、正面にも左右にも石が隙間なく積まれた壁がある光景が広がっている。しかし、確かに今も憤る男の声が、間違いなくそこから声が聞こえてくる。


 不思議そうに行き止まりになっている壁に近付く。

 全く警戒することなく動くここらへんは、彼女の肝の据わった性格を表しているのかもしれない。


(おかしいなぁ~。ここから声がするんやけど……)


 イシェルはそう思いながらその壁に手を当てた。すると、その手はスッと壁を通り抜ける。まるで、そこには壁など存在していないかの様に……。


 それを確認したイシェルはゆっくりと壁の前まで行き、壁向かって頭を中に差し込む。


「――抜け穴……しかも地下へ続いてる……」


 小さく呟いたイシェルは、ゆっくりと地下に続く階段を下り始めた。

 明らかに意図的に隠された通路。そこは人一人がやっと取れるほどの狭い階段を奥まで進んでいくと、そこには重々しい鉄の扉があった。しかし、中から鍵が掛けられているのか、外からは開けることができない。


 仕方なくイシェルは瞼を閉じて、その扉に耳を澄ました。すると、やはりこの中から男の声が確かに聞こえる。


「やはりこのジャミングはイヴの――いや、博士の仕業か!? 死んでもなお、これほどの事を仕掛けてくるとは……だが、死人にこんな真似が出来るわけがない。外部からの私のシステムへの介入はできないはず――っということは実行部隊の存在。それはイヴがこちらの世界に来た時に分かっていたはずだったが……いや、まだ遅くない。対応は出来る……私のシステムは完璧。このゲーム内でシステムにアクセス出来るのはオリジナルリングを持つイヴのみのはず……ならば、イヴさえこちらに取り戻せれば、まだ手は残っている……ふふふっ、はっはっはっ!!」


 その不気味な笑い声を聞いて、イシェルはなんとも言えない恐怖を抱いた。なんというか、人の持つ動物的な本能が危険信号を送っている。


 こっそりとその場から離脱したイシェルは一目散に城の外に出ると、外壁にもたれ掛かり、顎の下に手を当て思考を回す。それはまるで、立った状態の『考える人』の銅像の様に微動だにすることなく……。


「――あのイヴって言うのは誰のことやろか……少なからず、そのイヴがゲーム内からシステムにアクセスできる唯一の人物なのは分かった……」


 イシェルは小さく呟くと、悪戯な笑みを浮かべる。

 企み顔のイシェルだったがその心理はとても単純なもの……それはその人物を特定すれば、エミルに褒められると思ったからだ。


 見つけてしまえば、エミルは現実世界に戻れると喜ぶはず。そうなれば、自分も現実世界に戻って憎っくき恋敵の星に気兼ねなく彼女を独り占めできる。


 そう考えただけで、イシェルの口元から自然と笑みが溢れる。

 するとその直後、突如としてゴゴゴッ!と城が音を立てて崩壊を始めた。イシェルは慌ててその場を離れると、一目散にエミルの元へと戻った。


 エミルの元に戻ると、そこには笑顔でイシェルを待つエミルの姿があった。イシェルは驚くように目を丸くさせながら駆け寄るとエミルに抱きつく。

 

「エミル!! もう体は大丈夫なん!?」

「ええ、もうすっかり。それにね! 今エリーから連絡が入って、星ちゃんを無事に救出したらしいの!」

「へ、へぇ~。そうなん……それは良かったわ~」


 興奮気味に前屈みで微笑むエミルに、イシェルはぎこちなく微笑み返す。

 それもそのはずだ。本当なら自分が星を救出して、エミルへのポイント稼ぎをしようと考えていたのだが……まあ、城が崩れ始めた時には、星の事などどうでもよく。すでに逃げることしか頭になかったのだが……。


 そうこうしていると、2人の前にエリエとライラが姿を現した。


 今まで笑顔を見せて安堵した様子のエミルが、ライラを見た途端に顔色が突如として険しいものへと変わった。


 明らかに顔を引き攣らせているエミルが突き刺すような鋭い視線を向け、徐にライラを指差す。


 一瞬でピリピリとした雰囲気がエミルとライラの間に流れる。


「なんであんたがここに居るの!?」

「うふっ、私がどこに居ても私の勝手じゃない? そういうところろは、昔から全く成長していないのね。でも、エミルのそういうところも可愛いけど♪」


 ライラは悪戯な微笑みを浮かべながら、威嚇しているエミルに言葉を返す。


 だが、彼女のその言葉にエミルが声を荒らげた。


「お姉様には関係ない! もう私を子供扱いしないで!」

「あら、まだ私を『お姉様』と呼んでくれるのね、エミル。嬉しいわ」

「……あっ!?」


 咄嗟に口を押さえ、慌てて言い直す。


「違うわ! ライラ!!」


 顔を真っ赤にさせながら羞恥心をごまかすように、ビシッ!とライラのことを指差すエミル。


 その慌て様を楽しんでいるかのように、ライラは終始笑みを浮かべた。


「ふふっ、そう強がる貴女も素敵よ。エミル♪」

「くっ……」 

 

 彼女に弄ばれ悔しそうに唇を噛み締めるエミルを見て、今度はイシェルが口を開いた。


「なるほどな~。あんたが”うちの”エミルを世話してくれてたん? おおきにな~。けど、”うちの”エミルに、あんま馴れ馴れしくされるんは困るな~」


 イシェルは『うちの』という部分を強調しながら笑顔を浮かべているものの、その体は明らかに怒りで震えていた。

 ゆっくりとライラの元へ近寄っていくと、イシェルに2人は互いに向かい合うと、にっこりと微笑み合う。


 互いに笑顔なのだが、彼女達の間にはバチバチと火花を散らしているのがはっきりと見えた。


 無言のまま笑顔で向かい合う2人。そこで先制攻撃を仕掛けたのはイシェルだった。

 

「はじめまして~。エミルはあんたのような『年増』の事は一度も話したことなかったから、知らんかったわ~。これからも仲良うしてな~」

「ふ~ん。年増なんて……いい度胸ね。でも、知ってた? 年を取ったほうが女は味が出るのよ?」

「知っとるよ。ええダシが出そうやもんな~」

「ふふっ、嫉妬しちゃって可愛いわね~。エミルと一緒に食べちゃいたいくらいだわ~」


 イシェルのその言葉に全く動じることなく言葉を返す。


 何よりも凄いのはどちらも笑顔を作ったまま、一切その笑顔を崩さないことだ。

 しかし、最後のライラのその予想外の返答に、さすがのイシェルも少し驚いた表情を見せ、戸惑いながらも口を開いた。


「なんであれ。うちのエミルは渡さへん!!」

「それでいいわよ~。エミルと一緒に愛してあげるから♪」

「それもあかん!!」

「あら、どうして?」

 

 首を傾げるライラに、イシェルが困惑した表情で尋ねた。


「逆にどうして2人ならOKやと思ったん?」


 その質問に余裕な笑みを浮かべくすくすと笑うと、イシェルの耳元でそっとささやく様に告げた。


「――そんなの。2人とも可愛いからに決まってるじゃない。……2人とも私色に染め上げてあげるわ……」

「……なっ!?」


 それを聞いたイシェルは顔を真っ赤に染め思わず数歩後退る。その後、睨みつけるようにして「そんなん不潔や!」と大声で叫んだ。

 

 ライラはそんなイシェルを見て微笑むと、不思議そうに首を傾げる。すると、ライラの姿が消え。次の瞬間には、彼女はイシェルの顔の前に現れていた。


「ふふっ、まだまだ純情なのね……大丈夫。お姉さんが色々教えてあ・げ・る♪」


 悪戯な笑みを浮かべながらそう告げると、ライラはイシェルの頬にくちづけをする。その直後、イシェルが咄嗟に右手を思い切り振り抜く。


 だが、その手が当たるよりも早くライラは姿を消して振り抜いた右手が空を切った。ふざけたライラの行動の数々に、イシェルも憤りを隠しきれない様子で歯を噛み締める。

  

 イシェルは頬を着物の袖で拭うと、殺意に満ちた瞳を再び前の場所に現れたライラへと向ける。


「……なんのつもり? うちの肌に触れてええんはエミルだけや……」

「なにって、可愛いものを手元に置いておきたいと思うのは、すごく自然なことだと思うけど……?」

「エミルは誰にも渡さへん!!」

   

 真剣な瞳にライラは少し考えると、不敵な笑みを浮かべ。


「そこまでエミルが好きなら、本人に聞いてみましょうか?」

「ええよ。うちのエミルなら、絶対あんたの言う事なんてきかんし……」

「決定ね!」


 2人はそう言って頷くと、同時にエミルを見た。


 エミルは突然熱い視線を向ける2人にたじろぐと、思わず視線を逸らす。

 そんな彼女に詰め寄ると、2人が同時に尋ねる。2人の凄まじい威圧感に、エミルは数歩後退ると。


「私とこの娘。どっちの方がいいかしら!!」

「うちとこの女。どっちの方がええの!!」


 飛びつきそうな勢いで聞いてくる2人に、エミルは苦笑いをしながらイシェルのことを指差した。


 イシェルは嬉しそうに笑うと、エミルの腕に手を回してライラを見下すように言った。


「ほ~ら、エミルはうちの方がええようやね。昔の女が今更でしゃばることが間違っとるんよ……おばはん」


 したり顔でそう言い放つイシェルに、ライラは怒りを含んだ瞳をエミルに向ける。


 ライラは何かを思い出したように笑みを浮かべ、エミルの耳元でそっと告げる。


「……そう。貴女がそう言うなら、あの星って子は私がもらうわね……」

「――ッ!?」


 その言葉を聞いて目を丸くさせるエミルに、追い打ちを掛けるようにライラが言葉を続ける。


「今なら、あの子は容易に落ちるだろうし。それに、純粋無垢な女の子にお姉様と呼ばせて、自分好みに染めるなんて考えただけで興奮するわ……」

「くっ! あんたのそういうところが一番嫌い。いつも人の心をもてあそぶだけもてあそんで……」


 エミルは鋭い目付きでライラを睨む。


 そんなエミルの視線を受け、くすっと笑みを浮かべたライラが言った。


「――別に嫌いでもいいわ。私が満足すればそれでいいの……どうする? このまま、その生意気な小娘を選んであの子を見捨てるか……それとも。私の玩具として私に服従するか……二つに一つよ?」


 極端な二択を迫られた直後。エミルの脳裏には、檻の中で爆発させられた星のホログラムが吹き飛ぶシーンを思い出し仕方なく彼女の申し出に頷く。

 

「……分かったわ」

「なら……分かってるわよね? エミル♪」

「ええ……お姉様」


 エミルは俯き加減にそう呟くと、自分の腕に抱き付いているイシェルの手を振り解きその体を突き飛ばした。

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