ダークブレット日本支部崩壊

 エリエ達が去ってからしばらくして、ダークブレットの幹部の男の居る部屋にある人物が現れた。

 城の部屋に残された男の前に現れたのは、白銀の鎧に白いマントをなびかせて、右手に『ダーインスレイヴ』を手にしたディーノだった。


 呆然とした様子で椅子に腰掛けている男の瞳が、突如現れた彼を捉える。


 入り口にいるディーノは口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと歩いてきた。


「なにかあったようだね。俺のステータスが全部1になったんだけど……」

「……知るか。それより、どうしてお前がここにいる……」


 静かな闘志を燃やして、睨みながらディーノを見据える男。


 男のその質問に、ディーノが不敵な笑みを浮かべる。


 手にしている剣先を突き付けて男に言い放つ。


「とりあえず。その武器と、今までプレイヤーから奪った武器を返してもらおうかな」

「フンッ! 誰がお前に渡すか……」

「もう君の仲間は、殆どが俺の仲間に捕らわれている。強がっても無駄だよ」


 そう告げるディーノを男は更に鋭く睨みつけた。


 静まり返った部屋で、互いに睨み合った2人の間に緊張が走る。その直後、男は隣に立て掛けていた『イザナギの剣』を手にゆっくりと立ち上がった。


 互いに得物を構えた次の瞬間、同時に地面を蹴って走り出す。

 肉薄し鋭い眼光を飛ばす2人が、ほぼ同時に振り抜いた得物が激しくぶつかり合い、互いの刃が火花を散らす。


「お前はこの『イザナギの剣』の能力を知っているはずだ。それでも俺とやろうって言うのか?」


 彼の持っていた『イザナギの剣』の刃が赤く輝き、含みを持たせたように男が告げた。


 その言葉にディーノは口元に不敵な笑みを浮かべ言い返す。


「ああ、その刃で切られれば本来なら残るHPを『0』にできる『天の裁き』だろ? その能力と対するために、この『ダーインスレイヴ』を手に入れたんだからね」

「ほう。なら、その武器も俺のHPを『0』にできるのか?」

「フッ……それはどうかな!」


 ディーノは剣を振り抜くとガンッ!と音を立てて互いの武器が離れ、後ろに跳んで距離を取った。


 激しい睨み合いが続くものの、互いに決して相手の得物の届く距離に踏み込もうとはしない。

 それはそうだろう。星の固有スキルによって、残りのHPは互いに『1』だ――どちらかの刃が触れた時点で、この戦いの勝敗が決するというシビアな戦いになっているのだ。


 ダークブレットのリーダーの方が得物が長い分一見有利に思えるが、事はそれほど単純でもない。

 確かにHP残量がMAXの状況ならば、得物が長い方が圧倒的に有利だ。これが格闘ゲームなどの部類ならば、動ける範囲も決まっていて相手も自分も武器の変更はないのだが。


 だが、このゲームは戦闘中に武器の変更も可能。ここまで言えば分かるかもしれないが、接近時に手に持った武器を相手に向かって投げる。なんていう攻撃方法もあるのだ――普通の戦闘なら遠距離武器でない物でそんな行為をすれば、最低ダメージ値の『1』しか通らない仕様の為、通用しないが『1』を削り合うこの戦闘の中ではとてつもない脅威である。


 互いに隙ができるとすれば攻撃に転じた場合のみ。それは、お互いに理解しているはずだ――。


 その後も同時に動き出した時のみ数回にわたり打ち合ったものの、互いの刃が相手を捉えのことはない。

 一撃当たったら終わりというギリギリの緊張感の為か、神経を研ぎ澄ませているからか、互いに然程動いていないはずなのだが荒い息を繰り返している。


 その時、ディーノが男に向かって叫ぶ。


「どうしてだ! 君はどうしてダークブレットに入った! そんな事で彼女が喜ぶと――」

「――黙れ!!」


 その言葉を遮る様に叫ぶと、男が得物を構え突っ込んで来る。


 ディーノは直ぐ様、持っていた剣で男の攻撃を弾くと、後方に走り去った彼の方を向いて再び叫ぶ。


「君は俺と約束したはずだ! 彼女が死んだあの時から!」

「うるさい! お前は俺と違う! お前には才能があった。落ちこぼれた俺とは違うんだよ!!」

「そうか……なら、俺が君を殺す!!」


 ディーノは殺意を持って剣を目の前に構え直すと、地面を蹴って飛び掛かる。


 その直後、男の持っている薙刀のような武器の刃が白く輝いた。すると、ディーノが光りを遮る為に咄嗟に目を押さえる。

 しかし、その時にはすでに遅かった。開いた目はすでに光りがなく、完全に視覚を奪われているのは明らかだった……。


「くッ……」

「これでお前の目を潰した! この勝負もらった!!」


 男は地面を蹴って素早く移動すると、ディーノの目の前で『イザナギの剣』を振り上げ先程の白から不気味に赤く輝き出す。


 それは刃に触れれば終わり最後、この世界からも現実の世界からも退場することになる『天の裁き』の光りだった。だが、別の武器スキルを使用する場合は、前に掛けていたスキルを解除しなければならない。

 その瞬間。ディーノが持っていた剣を、まるで見えているかのようにその体目掛けて振り抜く。


 男は突然動き出したディーノに驚き、目を丸く見開いている。


「ど、どうしてだ……まだ視界が戻るまで、僅かではあるがタイムラグがあるはずだ……」

「……君は頭が悪いね。その視界を潰す武器スキルは直視しなければ効果はない。っということはだ……片目を瞑っていれば2回までは、そのスキルに対応できるということさ」


 ディーノは不敵な笑みを浮かべそう言い放つと、男に片目を瞑って見せた。

 そう。あの瞬間に目を押さえたのは光を遮る為ではなく、ディーノが片目しか開けていなかったことを隠す為だったのだ。

 

 男はそれを見て呆然としていると、その体がキラキラと光りに変わり出す。

 キラキラとした光の粒が男の体を徐々に離れ天へと昇っていく、感慨深げに光りへと変わる自分の手の平を見つめ男が徐ろに口を開いた。


「――俺もここまでだな……この武器はお前の物だ……」

「…………」


 無言のまま男を見つめるディーノに、彼はアイテムから『イザナギの剣』を渡した。


 その後、感慨深げにゆっくりと天を見上げながら呟く。


「俺とお前は、同じ夢を見ていたはずなのにな……どこで間違えたのか、俺は悪党の親玉……お前は夢を叶えて、今はその先を見ている。従兄弟同士でえらい違いだな……」


 徐々に消えていく男を、唇を噛み締めながら見つめるディーノ。


 男はそんなディーノの方を見て優しくと微笑みを浮かべた。


「……俺のようになるなよ……健二」

「ああ、お前も向こうに行ったら、彼女に……雛によろしく言っててくれ……」

「……分かった。お前は俺達の分も頑張ってくれよ!」

「ああ」


 最後に男の手を強く握ると、彼は光となって姿を消した。


 彼が居なくなったにも関わらず、彼のいた場所から感傷に浸る様に瞼を閉じて、その場にひざまずいたままのディーノが震える声で小さく呟く。


「…………バカ野郎」


 彼の瞳には、微かにだが涙が浮かんでいた。  



 戦闘を終えて、城の前で待機していたメルディウスのもとに、黒い騎兵隊を引き連れたバロンがやってくるのが見えた。


 メルディウスはその姿を無事な姿を見て安堵のため息を漏らす。


「はぁー。どうやら、あっちも片付いたようだな」

「おーい」


 その隣に居た小虎が、笑顔で彼等の方へと駆けていった。


 そこには黒い馬に跨ったバロンの背中に乗ったフィリスが満面の笑みで手を振り返した。


「お姉さん。大丈夫だった?」

「もちろん! お兄ちゃんも一緒だし。と言うか、特になにもなさすぎて退屈してたくらいかな?」

「はぁー、全く。お前達は緊張感ってものがなくて困るくらいだ」


 笑顔で話している2人に、バロンが大きくため息をついて額を押さえている。

 馬から降りたバロンは、楽しそうに話している2人をその場に残し、バロンが困った顔をしているメルディウスの元に歩いてきた。


 メルディウスはそんなバロンを横目でちらっと見ると、すぐに視線を前に戻した。

 お互いに視線を合わせることもなく前を向いて、しばらく無言のまま並んで立っていると、バロンが徐ろに口を開く。


「――敵を制圧したのはいいが、こいつらどうする?」

「さて、どうするかな。とりあえず抵抗する様子もないし。このままでいいんじゃねぇーか?」

「そうだな」


 短い会話を終えた2人は、前を向いたまま同時に大きなため息を吐く。


 その目の前には、多くの敵の兵士達の列が隣の者と肩と肩がぶつかりそうなほどに、まさに寿司詰め状態と言った感じにどこまでも続いていた。すると、城の中から白いマントをはためかせた白銀の鎧の男が現れた。 


 悠々と歩いてきた彼のその手には『イザナギの剣』が握られている。

 ダークブレットのメンバー達の視線がその男に集まる中、彼はそれを高らかに掲げると大声で彼等に向かって叫んだ。


「お前達の大将はこの俺が倒した! 人から盗んだ武器を全て俺に渡せ。そうすれば、命までは取らない事を約束しよう! そして、この後は俺がお前達を仕切るようにお前らのボスに言われた! 従わぬ者はこの剣で斬り伏せる!!」 


 それを聞いた者達からは、ため息と怒号が飛び交う。しかし、その反応も最もだろう。リーダーを倒されて急に『俺に従え』と言われたところで、到底歓迎のできる話ではない。しかも、今までプレイヤー達から奪ってきた武具を寄こせと言うのだ。


 彼等からしてみれば、たとえそれが他人の物を奪ったとしても、苦労して手に入れた戦利品だ――それをどこの誰とも知らない者に、無条件に奪われるのを容認できるはずがない。


 飛び交う怒号の中、鋭い視線で辺りを威圧した彼が、手に持っていた『イザナギの剣の柄を地面に数回打ち付ける。すると、今まで声を上げていたダークブレットのメンバーが嘘の様に静まり返った。


 だが、どんなに否定しようが自分達の大将の持っていた武器を、目の前の男が持っているのは事実。

 その事実がある以上。誰も大将が敗れたということを、完全に否定することはできない。


 それを証明するように、その場に居たダークブレットの人間は誰一人として異を唱える者はいなかった。

 いや、異を唱えられないと言った方が正しいかもしれない。何故なら、ディーノの手に握られている武器には、それだけの力が秘められていたことはここにいる誰もが知っている事実なのだから……。


 それからは思っていた以上に早く収拾がついた。

 誰よりも安堵したのはメルディウスとバロンだ。いくら大人しくなっているとはいえ、敵は強奪や殺人などを平気で行うギルドのメンバー達――恐怖だけで抑えつけるのには限界がある。


 更に千人以上の兵を相手に戦闘をするのは、いくらバロンの黒い兵士達が倍のニ千以上いるとはいえ、長期戦になるのは間違いなかっただろう。

 向こうは本拠点からの出撃だが、メルディウス達は数日間昼夜問わずの強行策を取ってきていた為、正直これ以上は戦闘する気力がなくなっていた。


 疲労が体に蓄積するのと同時に、判断力も大きく鈍ってくるし。何より、このゲーム内に閉じ込められ死亡することも許されない極限状態では、1つの判断ミスも命取りになりかねない。


 モンスター相手ならまだしも。それだけ、思考を持って動くプレイヤー達は脅威に成りうるということである。


 城門の前で「このディーノに従え!」と声高に叫ぶディーノにメルディウスが小声で話し掛けた。


「――お前、デュランだろ? いつまで偽名名乗ってるつもりだよ」

「……ん? ああ、意外とこの名前が気に入っててね。しばらくはこれでいこうと思う」


 偽名を名乗ることを全く罪とも思っていない彼の発言に、あっけらかんとしなていたメルディウスが我に返りそっぽを向く。


「ああ、そうかよ。もう勝手にしろ! そんな真っ白な格好してても、お前の腹の中は真っ黒だもんな!!」

「あはははっ! 上手いこと言うね!」

  

 メルディウスは笑みを浮かべているデュランに向かって嫌味を口にすると、彼は声を出して笑った。 

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