もう一人のドラゴン使い4

 もの凄い爆風の後。辺りに土煙が上がり地面には爆発によってできた大きな窪みと、鉄屑の残骸だけが無残に残されている。


「……そ、そんな……星ちゃん……」


 エミルはまるで魂が抜けた様にその場にペタリと座り込むと、まだもくもくと煙を上げている星を捕らえた檻のあった場所を呆然と見つめていた。

 彼女の頭の中には星との出会った日のことや、これまでの出来事がまるで走馬灯のように駆け巡っていた。意気消沈した様子で項垂れながら嗚咽を堪えてその場に泣き崩れるエミル。


 その様子を見て、まるでショーでも楽しんでいるかの様に大声で笑う覆面の男に、拳を強く握り締めていた影虎が声を上げる。


「……よくも、よくも俺と北条の戦いに水を差してくれたな! 貴様! 絶対に後悔させてやる!!」

「ほう。ならどうします? 私を倒しますか? 倒せますかね。今の貴方に……」

「ああっ! やってやる! やってやるさ!! ファーブニル!!」


 影虎はリントヴルムとの戦闘を止め、事態が収まるのを上空から見下ろす黒竜に命令する。


 ――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 その直後、ファーブニルが大きく咆哮を上げ。口が赤く発光し、複数の炎の球が発射された。


 一直線にホログラムでしかない覆面の男に向かって飛んでいく。


「これが決別の一撃!!」

「……ふふっ。ええその通り。決別の一撃ですよ……そして貴方は、深く後悔することになる……」


 余裕そうに両手を広げながらそう呟く覆面の男。


 すると、突如として狼の覆面を被った男は消え、入れ替わるように先程粉々に吹き飛んだはずの星が姿を表す。


「――ッ!? もう止められない!!」


 影虎が気付いた時にはすでに、もう炎の球が発射された後。彼にはもう止めるすべはない……。


 一瞬ホログラムかと思ったが、それにしてはりんかくも表情もはっきりしている。しかし、どちらにしてももう止められない。一直線に、星目掛けて飛んで行く火の玉に、星は意識を失ったまま地面に倒れていた。


 っとその直後、その間に割り込むようにエミルが飛び込んできた。


「――星ちゃん!!」


 次の瞬間。地面に複数の火の玉が激突して爆音と共に煙が立ち上がり、物凄い爆風が辺りを吹き荒れた。

 立ち込める煙が立ち消えると、力無く地面に横たわっているエミルの姿が、影虎の目に飛び込んできた。


 けれどもそこに星の姿はない。爆風で吹き飛んだのか、それともホログラムだったのか……それを確認する方法は今となってはない。

 起き上がろうと全身に力を入れたエミルが、力無くもう一度地面に伏した。それと同じくして、上空を飛んでいたリントヴルムが光と化して消える。


 おそらく。ドラゴンはプレイヤーが一定のダメージを上回ると、切れるシステムになっているのだろう。


 影虎は唖然としながらその光景を見て、立ち尽くしている。まさか自分のドラゴンの放った一撃がエミルとその知人の女の子に引導を渡すことになるとは夢にも思っていなかった……。


 そんな影虎の背後に、再び狼の覆面の男が現れた。


「ハハッ! たかがゲームで。たかが娘一人にそこまでするとは……ハッハッハッハッ! 馬鹿ですねぇ~。貴方もそう思うでしょ? 上杉さん」

「…………」

「どうです? 貴方もスカッとしましたか? 憎い女が自分の攻撃を受け、ボロ雑巾のように地面に横たわっている様は。滑稽でしょ~?」

「……貴様アアアアッ!!」


 影虎は持っていた長刀の先で地面を引っ掻きながら身を翻し、その切先を覆面の男に向けて振り抜く。その直後、狼の覆面の男は顔だけを残して姿が消えた。 


 消えた胴体の部分を影虎の長刀が風を切って虚しく通り過ぎる。


 空中に狼の覆面が浮かんだ状態で、吐き捨てるように彼は言った。


「ふふっ、今のは前座。まだまだショーはこれからですよ。精々お楽しみ下さい。憎しみに溺れたアバターと言う名の人形劇をね……」

「待て!!」


 消えていく覆面の顔を目掛けて、影虎が再び長刀を振り抜く。だが、そこはホログラム……振り抜いた刃は無慈悲にその間を通過した。


 狼の覆面の男が消えると、辺りは静寂に包まれた。

 そこにあるのは自責の念と、恨めしくも愛おしい女性が焦げたシルバーの鎧を身にまとって倒れている姿だ――。


 唯一の救いが、これがPVP扱いになっていたことくらいだろう。

 少なくても彼女を殺さずに済んだ――少しほっとしなながら、小さくため息をついた彼の背後から、憤る女性の氷よりも冷たい声が響く。


「……あんた。そこで……なにしてるん?」


 その狂気に満ちた低い声色に、影虎の背筋が凍り付く。振り返ったその先には、怒りで顔を引き攣らせているイシェルの姿があった。

 普段はにこやかにしている彼女の顔が、今までに見たことがないほど怒りに震えていた。


 イシェルはコマンドを操作すると巫女服へと変わり、次に空中に出てきた神楽鈴を手にした。

 その怒りで震える手に握られた神楽鈴は、チリンチリンと彼女の怒りを表すように小刻みに音を立てている。


「……ゆるさへん、絶対にゆるさへん! うちのエミルにこんな…………そん頭かち割ってやるさかい。そこを動くなやッ!!」


 普段の柔らかい喋り方は影を潜め、荒々しいほどに殺気に満ちた声色に変わっていた。

 それもそうだろう。エミルとイシェルはリアルの世界でも親友なのだ。その親友が目の前で煤にまみれ、ボロボロになった鎧を身に纏い横たわっている変わり果てた姿を見れば激昂するのも当然のことだろう。


 ここでやっとあの覆面の男が言っていたショーとはこのことかと確信し、影虎はそんな彼女に慌てて弁解する。


「ちょっと待ってくれ! これにはわけがあるんだ!」

「……ほぉ~。言うてみ?」

「お、おう」


 目を細め冷たく告げるイシェル。


 影虎は緊張気味に事の次第を説明した。その内容を聞くと、イシェルはにっこりと微笑みを浮かべ影虎の元へと歩み寄る。


 ほっとしたように息を吐くと、影虎も彼女に微笑み返した。

 目の前まで来たイシェルは指をクイクイっと動かして影虎を屈ませると、イシェルは肩に手を置くと耳元でそっとささやくように告げる。


「うそはあかんよ……うそは……」

「――ッ!?」


 背筋が凍るような微笑みを浮かべ、イシェルが全く躊躇することなく神楽鈴を振る。その直後、影虎の足の感覚が消えて体が地面に倒れる。


 影虎は体を走るように急に襲ってきた激痛に叫び声を上げる。


「ぐあああああああああッ!!」


 よく見ると、両足の膝から下がごっそりなくなっていた。


 激痛から地面を掻きむしりながら、冷たく見下ろしているイシェルを睨む。


「……ど、どういう、ことだ……」

「……どういうこと? この状況では、目撃者はおらへん――っとなれば……」


 イシェルは不敵な笑みを浮かべた。


 影虎は震える手で、腰に差した長刀に手を掛ける。その刹那、一陣の風と共に右腕が宙を舞う。


 イシェルの鈴の音を聞いた時点で、彼女の固有スキル『ソニックウェーブ』が発動している。音速の速さで打ち出される衝撃波の刃に、人の反応速度で対応できるわけがない。彼女の逆鱗に触れ、彼女の手に神楽鈴が握られている時点で、すでに勝敗は決していたのだ――。


「ぎああああああああああああああッ!!」


 けたたましい叫び声を上げた影虎は、完全に地面に顔を付ける。


 イシェルは影虎を見下ろしながら徐ろに口を開く。


「――それ以上はあかんよ。あまり切り刻んでまうと、戻ってまう……おとなしくしててな~」

「……何故だ? 何故……お前はあの星って子を、助けたいんじゃないのかッ!?」


 四肢を切り落とされ、地面に頬を付けたままイシェルを睨み大声で叫ぶ影虎。


 しばらく、2人の間に沈黙が流れ。彼女は口元に不気味な笑みを浮かべると、そんな影虎の言葉をイシェルは鼻で笑って、冷たい目で言い放つ。


「ふっ、あんな小便臭い小娘なんて知らん……うちはただ、エミルがしたい言うたから手を貸しただけやよ?」

「なっ!?」


 驚きを隠せないという表情の影虎に、イシェルが今までとは明らかに違う冷たい声音で淡々と言葉を続ける。


「……ええか? 信じる者は騙される言うんよ? うちは元より、あんたの言う事を一切信じてへん。それにうちはあの星って子が好かんくてな~。ずっと邪魔に思とったんよ……あん子。うちのエミルにちょっかい出してきた泥棒猫やし。子供だからって、なんでも許されるわけちゃうやろ? 今回の事も、エリエちゃんが言ってた事が正しければ、あん子の自業自得やし……エミルもここまで来て助けられんかったら、諦めつくやろ? それだけや」


 澄ました顔で平然と言い放つイシェルに、影虎の眼の色が変わる。


 それは相手を軽蔑する様な瞳だった。


「……お前は仲間をなんとも思わないのか?」

「は? 思わんよ。まあ、元より仲間とも思ってへんからな~。うちはエミルが居ればそれでええんよ」


 イシェルの言葉を聞いて、決意を秘めた瞳で天を仰ぐと、影虎は「そうか……」と空に向かって叫ぶ。


「ファーブニル!!」


 上空で主人の命令を待っていた黒竜が地上のイシェル目掛けて、口を大きく開けたファーブニルが炎の球を放つ。


 イシェルは慌てる様子一つ見せず、冷静にそれを横目で見ると、徐ろに指を動かし、装備を神楽鈴から赤い弓へと持ち替えた。


 ゆっくりと弓の弦を引き絞ると、上空を浮かぶ黒竜に狙いを定める。


 不敵な笑みを浮かべた彼女が、地面に伏している影虎に向かって口を開く。


「――どうしてうちが『日本一の弓取り』と言われとるんか教えてあげるわ~。それはなぁ~」


 そこまで言うと彼女は口を噤み、その白く細い指を弦をから放して向かってくる炎の球へと矢を射る。

 矢は赤く輝くと炎の鳥の様にゆらゆらと光りをばら撒きながら、炎の球諸共、一直線に黒竜に突き刺さった。その直後、黒竜の体が赤く光りに包まれ。辺りはまるで昼間の様に照らし出された。


 しばらくしてその光りが収まると、イシェルは微笑みながら影虎に視線を戻す。


「この弓は『アルテミス』サービス1年を記念して、経った5日間だけ試験的に登場した。塔クラスダンジョン――その最上階50階層に辿り着き、女神アルテミスを倒した者だけが貰える装備。そう……うちがエミルとのデートで行った記念品なんよ~」


 説明を終えると、彼女は今までとは別人の様に顔を真っ赤に染めながら両手で頬を押さえ、くねくねと体を左右に大きく揺らしている。


 エミルが気を失っているのをいい事に、好き勝手言っているイシェルを哀れみにも似た目で影虎が見つめる。


 彼が『こいつ。もうどうしようもないな……』と、そう心の中で思っていると、イシェルは影虎の方を向き直す。


 親友の話をする時とは違う、まるで虫ケラでも見る様な冷たい瞳を影虎に向けた。その冷徹な瞳に、影虎は何とも言えない恐怖を感じ、無意識のうちに全身に鳥肌が立つ。


 この震えは恐怖とかそんな生易しいものではなく、生物が本来持っている防衛本能がそうさせるのだ――。


「この事は他言無用やよ? 今回は体をバラバラに引き裂くだけで勘弁したる……」

「ちょっと待て! 体をバラバラにって――」


 その言葉を遮り。影虎の顔を覗き込んで、イシェルはにっこりと微笑んだ。


 そんな慌てふためく影虎の頭を、イシェルが優しくポンポンと叩く。

 今の影虎は手足を切り落とされ【OVER KILL】の状態。文字通りの手も足も出なく為す術もない。


「大丈夫や。これはゲームやよ? バラバラになれば『体は』復活できるで。……死ぬほど痛いやろけど……」

「ちょっ! ちょっと待て!」

「ほな、後の事は飛ばされてから考えてな~。ええ場所に着地できればええな~」


 満面の笑みでイシェルが影虎に向かってそう言い放つ。


 直後。イシェルは武器を再び神楽鈴に持ち変え、チリンチリンと不気味に鳴らす。


 すると、突風が吹き荒れ影虎の体は粉々に吹き飛んだ。イシェルは突風とともに、遠くの空へと消えてゆく影虎を「さいなら~」と手を振りながら見送る。 


 まさかそんな出来事が繰り広げられていたなど知る由もなく、今まで気を失っていたエミルが目を覚ます。


 エミルは頭を押さえながら、思い出したように辺りを見渡す。


「――星ちゃんは!? 星ちゃんはどこ!?」


 必死に星の姿を探すエミル。


 イシェルは一瞬だけニヤリと不気味な笑みを浮かべたが、すぐに心配そうな表情を作り。そんな彼女の方へと駆け寄っていくと、取り乱すエミルの両肩を掴んだ。

 

「どないしたん? 落ち着かな傷に触るよ。エミル……」

「……あら? イシェ……?」


 エミルの顔を涙で瞳を潤ませながら不安そうに見つめるイシェルの姿に、状況が全く飲み込めないエミルは首を傾げている。

 それもそうだろう。本来ならイシェルはディーノと共に敵城城門前の敵と対峙しているはずなのだ。


 だが、そんなイシェルの姿を見てほっとしている自分も居ることに、エミルは少々困惑していた。

 そんなエミルが思い出したようにイシェルの肩を掴むと、飛び掛かりそうな勢いで尋ねた。


「星ちゃんは!? イシェ。星ちゃんは居なかった!?」

「ちょっ! 落ち着かなあかんって!」


 イシェルはボロボロの体のエミルを支えながら、取り乱す彼女に叫んだ。

 鬼気迫る彼女の様子に、イシェルがあたふたしていると、エミルはイシェルの肩を掴みながら再び気を失う。


 PVPは挑んできた影虎が撃破されたことで終了している。それに伴いエミルの『1』だったHPも、今は全回復していた。

 しかし、HPと体力は同じではなく。PVPで受けた負傷、疲労はそのまま蓄積されたまま残されてしまう。


 その中でも厄介なのは精神的なダメージの方だ――これはゲームシステムが危険値まで達したと判断されると、プレイヤーの精神保護の為に一時的に意識を喪失させる。本来はゲームから意識を強制排出されるのだが、この状況ではそういうわけにもいかない。その為にもう一つの防衛処置がこの『気絶』というシステムなのだ。


 エミルが目を覚まし、すぐに倒れたのはそれだけ彼女の肉体的、精神的なダメージが蓄積量を超えたことによる一時的な処置なのだ――。


 イシェルはその必死の彼女の様子を見て、困惑を隠しきれずにいた。


「……なんでなん? なんでそこまで、あの星って子にこだわるん? エミル」


 イシェルは気を失ったエミルの体を抱きしめると、不意に思っていたことを口に出す。その直後、イシェルの脳裏にエミルの妹の岬の顔が浮かんだ。


 イシェルはリアルでもエミルと交流があり、亡くなった岬のことも良く知っているこの世界では数少ない人物でもある。

 その岬が亡くなった時も、エミルはまるで抜け殻の様になったのを思い出し、首を左右に激しく振った。


「――うちは大きな勘違いをしとったかもしれへん。あん子を失ういうんは……エミルを失ういうことやんか!」


 この救出作戦の本質に気付いたイシェルは、決意に満ちた瞳で城の方を向く。

 今も不気味にそびえ立つ魔王の城の様な外観の敵拠点を見据え、イシェルは鋭い視線を飛ばす。


 気を失っているエミルを地面に寝かせると、イシェルは彼女に微笑んだ。


「エミル。待っとってな~。うちがきっと星ちゃんを取り戻して来るかんな~」


 イシェルはそう言い残すと、険しい表情のまま城へ向かって走り出した。



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