もう一人のドラゴン使い3

 そんな彼女を上から押さえつける様にして、長刀を握る影虎が不敵な笑みを浮かべている。


「ふん『白い閃光』なんて呼ばれていても。所詮はこの程度か……幼い頃から剣術道場に通い日々の鍛錬を怠らなかった俺には、手も足も出ないだろう? しかも、毎日俺は中学の時から、お前を影からいつも見ていて弱点を探っていた。しかしお前はいつも美しく、そして他人に心から慕われていた。今までお前の悪口を、俺は一度も聞いたことがない!」

「……なっ、こんな状況でなに言ってるのよ!」

「――いいから聞け!」


 両手で握ったクレイモアで跳ね返そうと力むエミルに、更に強く長刀を押し付け顔を近付けて話を続けた。


「歴史上での。北条は我等が上杉の宿敵。だが、今のお前に魅せられている俺なら因縁を忘れて北条を受け入れられる! 北条! いや、伊勢 愛海。俺の女になれ!」


 純粋無垢な瞳をエミルに向け、影虎が恥ずかしげもなく堂々と言い放つ。


 突然の告白を聞いてエミルはむっとしながら、彼から逃れようと更に全身に力を込めて上から抑え込まれている刀を押し返す。

 

「だ、誰が……ストーカーなんかと……お断りよ!!」

「――なっ!?」


 地面に突かされていた膝を気合で戻し、エミルは押さえつけていた長刀をクレイモアで一気に押し返すと、彼が怯んだ一瞬を見逃さずに後方に素早く跳んで距離を取った。


 距離を取ったエミルが、不快感を露わにさせた瞳を影虎に向けている。それはもう、気味が悪い。気色悪い。気持ち悪い。不愉快極まりない。そんな感情を一度に向けるような瞳だった。


 そんな彼女の蔑む瞳に影虎は意気消沈しながら、刀を地面に突き立てその場に膝を突く。彼は失恋のショックからか、まるで世界が滅亡する寸前の様な絶望的な表情で、その場に項垂れている。


 もはや完全に戦意を喪失している影虎に、不快感に身震いしていたエミルもその落ち込みようを見て、さすがに申し訳なく思ったのか、ゆっくりと彼の方へと歩み寄り声を掛けた。


「あの……そんなに落ち込まないで。だ、大丈夫よ! きっと貴方にもいい人が現れるわ! が……頑張って!」


 慰めながら微笑を浮かべるエミル。


「……俺の物にならないなら……」


 影虎はそう呟くと、ゆっくりと立ち上がり、地面に突き刺した刀の柄に手を伸ばす。


 エミルは辺りから漂う嫌な予感に、慌てて彼から距離を取ってクレイモアを構えた。その直後、彼女の予想通り影虎が地面に刺さっていた長刀を引き抜いて突如として斬り掛かった。


 攻撃を全力で受け止めると、エミルは不機嫌そうに影虎に尋ねる。


「ちょっと! なんで斬り掛かってくるの!? 私なにか気に障る事――」

「――お前は! 俺の抱いていた数年分の思いを無にした…………万死に値する振る舞いだ!!」


 もう彼の言葉は常軌を逸しているとエミルは感じていた。

 それもそのはずだ。彼は『数年分の思いを……』と言ったが、それは彼の思いであり。エミルにしてみれば『今日初めて彼と言葉を交わした』という印象しかない。


 それもそうだ。彼が自分を気にかけていたことはエミルも良く知っていたが、その理由が『俺の先祖の顔に泥を塗ったのは、お前の先祖だ』では、ぽかんとする以外の対処法が分からない。

 エミルからしてみれば、勝手に逆恨みされ。勝手に後をつけられ。勝手に恋愛感情に発展された挙句の唐突な告白――そしてそれを断ったら、この状況だ。これはもう八つ当たり以外の何物でもない。


 エミルは鋭い眼光を向けてくる影虎への対応を考えていた。


(このまま刺激したらダメ。というか、言葉をかければ刺激する事になるし。でも、このままここで足止めされている訳には……)


 エミルは上空で激しく炎をぶつけ合って戦うリントヴルムを見て、首を振った。今の状況ではリントヴルムを呼べない。


 敵のドラゴンと激しい戦闘をしている最中に呼べば、エミルの呼びかけに反応したリントヴルムは敵のドラゴンに背後を取られ、確実に撃破されてしまう。


 だが、ライトアーマードラゴンでは、向こうの同タイプのドラゴンから逃げられない。しかも、エミルはライトアーマードラゴン以上に速く小回りの効くドラゴンを持っていなかったのだ。


 今度はクレイモアとぶつかり小刻みに震えながら火花を散らす影虎の長刀に視線を移す。


 先程のハルバードより短いものの、この刀も相当に長い。彼は長物の武器を好んで使っている。

 更に落ちてからの武器の切り替えるタイミング。武器の選択を見ていると、プレイヤーとしての実力もかなりの物だ――本人の性格に難はあるものの、武器の選択と太刀筋というその点だけは認めざるを得ない。


 エミルはこれでも『白い閃光』と呼ばれ、武道大会ではマスターが出場しなくなってからとはいえ、幾度も優勝を手にしている自他共に認める一流のプレイヤーだ――だが、目の前で対峙しているこの男は、それを苦戦させるほどの相手であることに疑う余地はない。性格には難があるものの…………。


 それに何より、今は捕らわれている星のことが気掛かりだ。


(このままじゃダメだわ。やっぱり説得しないと、体力も時間も無駄に使うだけ!)


 エミルは体を逸らし、受け止めていた長刀を受け流すと口を開いた。


「私の話を――」

「――うるさーい!!」


 その言葉を遮ると、影虎は直ぐ様エミルへと斬り掛かる。


 大きく振り下ろされた長刀を、体制を崩しながらも咄嗟にクレイモアで受け止めた。


「きゃっ!」


 エミルは小さく悲鳴を上げる。


 不意にきた強撃の重さに耐えかねたエミルの体が地面を転がった。だが、そこはベテランプレイヤー。転がりながらも直ぐに体制を立て直すと、持っていたクレイモアの剣先を影虎に向けて牽制する。

 

 すでに話が通るような相手ではない。だが、そんなことは、今のエミルにも重々分かっている。しかし、ここで無駄に体力を消耗していては、敵基地の攻略などできないのも事実。


 だが、勝負が長引く心配な要因もある。トリックは分からないものの、彼への攻撃は虚しくHPが全回復してしまう。いくらなんでも無限にということはないにしても、長期戦になることは否めない。


 少しでも体力と物資を温存するには、ここは影虎を何としても説得する以外の道はない……。

    

「――お願いだから、ちょっとだけでいいから私の話を聞いてよ!!」


 大きくそう叫んだ瞬間、エミルの頬を涙が伝う。


 もうこれしかない『泣き落とし作戦!』あまり使いたい方法ではないものの、男は女の涙に弱いもの……身を隠そうエミルは父親に実家を出て一人暮らしをねだる時もこの作戦で落としたのだ。まあ、実の父親に使った手なので効果はいかほどか怪しいところではあるが……。


 だが、涙を流すエミルを見て流石の影虎も困惑した表情で武器を持っていた手を下ろし動きを止める。


 エミルはこれがチャンスと、空かさず畳み掛けるように言葉を発した。


「……私はここに小学生の女の子を助けに来たの」

「小学生の女の子……?」


 それを聞いた直後、微かにだが影虎の眉間に、一瞬しわが寄るのが見えた。だが、エミルはその一瞬の彼の表情の変化を見逃さなかった。


「何か知っているの?」


 エミルがそう聞き返すと、影虎は表情を曇らせた。だが、その表情から察するに、彼が何かを知っているのは明らかだった。

 泣き落とし作戦の効果は抜群だった。今までと違って急に話を聞いてくれるようになった影虎にチャンスだと感じたエミルは持っていたクレイモアを地面に落として、影虎に詰め寄って彼を問いただす。


「知ってるのね? 知ってるんでしょ!? あの子は今どこに居るの!? どこに居るのよ!!」


 彼女にしては珍しく、取り乱したエミルに影虎はたじろぎながら口を噤む。


 しばらくの沈黙の後、影虎は無言のまま首を横に振った。


 エミルは『もしかしたら』という希望を裏切られ、その場に崩れ落ちるように両手を地面に突く。

 そんな彼女の様子を見てどうしたらいいか分からず。影虎が途方に暮れていると。その直後、魔法陣が地面に現れ、その檻に閉じ込められた星が姿を現した。


「――星ちゃん!?」


 星の姿を見て、エミルが駆け寄ろうとした瞬間。その檻の前に、狼の覆面を被った男のホログラム映像が映し出される。


「待った……動かないで頂きましょう! もし。それ以上その子に近付く事があれば、その檻ごと彼女はバラバラになることになる」


 覆面の男は右手に持ったスイッチを、エミルと影虎の前に見えるようになって突き出してニヤリと不気味な笑みを浮かべている。


 エミルは足を止め星の檻を見ると、怯える星の足元に爆弾のような黒塗の四角い箱が置かれていた。

 大きさ的にまあそれほどの威力の代物ではないだろうが、狭い檻の中にいる星の体を吹き飛ばすには十分なものなのだろう……。


「……貴方! そんな事をして許されると思っているのッ!?」


 覆面の男に向かって声を荒らげるエミル。


 口元に不敵な笑みを浮かべると、覆面の男が徐ろに口を開いた。


「――なにを言ってるんですか、これはゲームですよ? ゲームの中で人が死ぬなんていうのは日常茶飯事でしょう? それを『そんな事をして許されるか』なんて言葉は滑稽ですね~」

「くッ! 貴方は……」


 悔しそうに唇を噛み締めるエミルが、人を小馬鹿にしたように笑う男を睨む。

 この状況にした張本人のセリフとは思えない男の発言に、エミルは眉を吊り上げ怒りを露わにする。


 覆面の男はその表情を見て、楽しんでいるかのようにほくそ笑んだ。


 その傍若無人な振る舞いに、体を小刻みに震わせていた影虎の怒りが爆発する。


「貴様! 俺を騙したのか!!」

「騙す? なにを言っているんですか、貴方は私に雇われた。そこの女を始末する為に……貴方こそ早くその女を始末したらどうです? 恨んでいるんでしょう? その女の一族を……」

「……貴様ッ!!」


 拳を強く握り締めながら、鋭い眼光を向ける影虎に向かって更に言葉をぶつける。


「貴方の一族の恨みなど、所詮は女の涙くらいで掻き消えるようなものなのですよ! 貴方ができないのなら、私が手伝ってあげましょう!!」

「――なっ! よ、よせッ!!」


 覆面の男はそう叫ぶと、手に持っていたスイッチのボタンを押した。


 エミルは狼の覆面を被っている男の行動に驚き、同時に悲鳴を上げた。 


「いやああああああッ!!」


 咄嗟に檻に向かって走り出した直後、星の居た檻が跡形もなく吹き飛んだ。周囲には残骸が転がり、星の姿は服の一片に至るまで文字通り跡形もなく吹き飛ばされた。

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