アジトへの潜入

 デイビッドを敵の真っ只中に残し、エリエ達は敵の本拠点を強襲するために夜空を進んでいた。辺りには敵の姿もなく、星と雲が流れていくだけで実に平和なものだ――。


 だが、カレンに続きデイビッドまでも失ったのは、戦力的には痛手と言えるだろう。すると、ふとエリエの頭に残してきたデイビッドの姿が浮かぶ。


「……デイビッド。大丈夫かな?」

「大丈夫よ~。デイビッドちゃんは強いもの」


 独り言のように呟いていたエリエに、サラザが優しく声を掛けてきた。


「わっ! サラザ!?」


 驚いてビクッと体を震わせたエリエはサラザの顔をまじまじと見つめる。


 サラザは微笑みを浮かべながら、エリエの隣に腰を下ろす。だが、無言で表情を曇らせたまま、ただ前だけを見つめているエリエにサラザは心配そうな顔をしている。


 これから敵の本拠点に突入するという時に迷いがあっては、今後の作戦に差し支えが出るかもしれない。


 そう考えたサラザは、隣で俯き加減に膝を抱えているエリエに優しく声を掛けた。


「エリー。デイビッドちゃんの事が心配なの?」

「……うん」

「戻りましょうか?」


 そう提案して来たサラザに、すぐエリエは首を横に振って答えた。


 サラザはその彼女の反応に少し驚いていた。

 エリエの性格上、考えるよりも先に行動に出すタイプだ。こう言えば、間違いなくエリエのことだから「すぐに戻りましょ!」と言うはずだと勝手に思い込んでいた。


 あまりのことに驚き、次に言おうとしていた言葉を忘れてしまっていたサラザに、エリエが迷いを断ち切るように首を振って告げる。


「……ううん。そんな事してらんない。早く星を助けなきゃ! その為にデイビッドもカレンも残ってくれたんだし!」

「そう、その意気よ~」


 そのエリエの力強い声に、サラザはほっと胸を撫で下ろす。


 すでに2人失い、残るはオカマイスターとエリエのみだ――戦力は大きく欠いたが、未だにオカマイスターは健在。ボディービルダーで構成されたオカマイスターがいれば、城に入ってからの肉弾戦が優位に行えるのに変わりない。


 何故なら彼等はヒューマンよりも攻撃力、防御力共に秀でたボディービルダーて言う種族なのだから……。


 雲を切り裂くように進んで行くレイニールの目に洋風の城が見えてきた。

 その城は四方を崖に囲まれ、周りをツタの絡まった石造りの外壁に覆われていて、最上部は天を突き抜けるようにして不気味にそびえ立っている。


 暗がりの中。城のあちこちに空いている小さな小窓から内部の光が漏れて、それがなんとも恐怖心を掻き立てていると言えた。


 RPGで例えるなら、最終ボス面の魔王の城と言ったところだろう。


「……遂に来たわね~」

「うん」


 2人は徐ろに立ち上がると、決意に満ちた表情でその城を見つめていた。


 その時、辺りにレイニールの声が響く。


「これ以上は見張りに見つかるかもしれん。皆、我輩は敵の城の直上から接近する! しっかり掴まっておれ!」


 そう告げたレイニールはしばらくして、羽を激しくはためかせると、急激に上昇を開始する。雲を突き破り更に上へ上へと昇ると、今度は月を背に平行に移動を始めた。


 レイニールの金色の体は月を背にすれば、これ以上ないほどの迷彩になる。

 月明かりを背に受け、レイニールの黄金の鱗がキラキラと光りを反射している。その姿は星龍という名に恥じないだろう。


 レイニールは城に近付く毎に徐々に加速し、最後直上に来てからは、辛抱堪らずといった感じで、城に向かって降りて行く。


 急降下するレイニールの背中にしがみつくエリエ達の瞳に、微かに慌てふためく敵の見張りの姿が見えた。


 っと次の瞬間レイニールは叫ぶとそのままの勢いで城内部へと突撃する。


「――あるじいいいいいいいいッ!!」


 ――ドカーンッ!!


 大きな爆発音と共に地響きが起こり、城の外壁を粉々に破壊する。

 システムでもモンスター扱いになっているレイニールのような独立した存在が、建物を破壊することを予期していない。


 だが、それは当たり前だろう。プレイヤーは個々に意思を持ち立ち回るが、NPCとモンスターに限っては設定した動きしか取らない――単にレイニールのような存在がイレギュラー過ぎるだけなのだ。


 強引に城内部に侵入したレイニールはすぐに小さくなる。

 なんとか無事に着地したものの、辺りには土煙が上がり敵味方構わず視界を遮っていた。


 メンバー達はその煙に堪らず咳き込みながらも、必死に目を凝らす。すると、辺りに多くの敵が押し寄せてくる。見えたと言うよりは、駆けて来る足音を感じ取ったと言ったところだろうが。


 辺りの土煙が収まるのと同時に、したり顔で笑みをこぼすエリエの青い瞳が輝き即座にレイニールに叫ぶ。


「――計画通り。レイニール! 人間モードよ!」

「我輩に命令するなこのバカタレ! それに人間モードでもないのじゃ! 変な名前を付けるな!」 


 文句を言いながらも、レイニールは小さなドラゴンから小学校低学年のくらいの女の子へと姿に変わり、手を腰に当て仁王立ちしている。

 しかし、誇らしげにしていたその体はいつも通りの一糸纏わぬ姿なのだが、それでもレイニールは恥ずかしげもなく「はっはっはっ」と大声で笑っていた。


 これだけ見てると、ドラゴンの時の威厳もクソもなく、風呂上がりに城内を走り回った挙句高笑いを上げるただ馬鹿な子供にしか見えない……。


 エリエはアイテムの中からフリルの付いた派手派手な、まるで魔法少女の様な衣装を取り出すと、レイニールに向かって投げた。


「ほら、ぼさっとしない! さっさと服着て。突撃するよ!」

「……ふん。分かっておるわ」


 レイニールは飛んできた服を掴むと、口を尖らせながら不機嫌そうに服の袖に腕を通す。


 そんな2人を尻目に、オカマイスター達は生き生きした表情で指を鳴らしていた。


「さて、武器が使用できなくても……種族がボディービルダーの私達は最強よ~」

「おうよ! 私の拳が悪を倒せと熱く燃えてるぜ~!!」

「わたーしの、マジック修行で培った孔雀流体術を見せてやるザマス」

「あたいは一応ボディービルダーなだけで、それほど強くないんだけどね~」


 オカマイスターは拳を鳴らして強者が弱者を蹂躙する様な余裕と狂気に満ち溢れた表情を浮かべ、それぞれ敵に向かって突撃を掛けた。


 敵は突如として襲いかかってきた○の中に釜と書かれたタンクトップを着た屈強な男なのか女なのか分からない集団に襲われ、次々と為す術なく殴り倒されていく。


 思わず敵に同情してしまいそうになる光景が辺りに広がっていた。

 もちろん。そんな敵に同情することなく、オカマイスターは雄叫びを上げながら手当たり次第に敵を殴り倒して狭い通路を強引に突き進む。


 騒ぎを聞きつけてやってくるものの、まるで鬼の様に暴れ回る屈強なオカマイスター達に出て来たはいいが、その姿を見るや逃げ出す者もいるくらいだ。


 そんな時、その間をすり抜けてレイニールとエリエの元に、革鎧を着た痩せ型の男が襲い掛かる。


「あの化け物は無理だが、お前達なら!」

「わっわっ! こっち来んなっ!」


 突然襲い掛かってきた男に、エリエが慌てふためく。


 男は両手を大きく広げ、逃がさないと言わんばかりの勢いでエリエに飛び掛かる。


「このアマー!!」

「――うっ!」

(このままじゃ、やられる!!)


 エリエは咄嗟に両手を頭の上で重ね、その場にうずくまった。その直後、レイニールがエリエと男との間に割って入り、その男の頭を右手で思い切り叩いた。


 すると、けたたましい音と絶叫を上げ、男は地面を突き抜けて落ちていった。


「ふん。やはり人間は弱いのじゃ!」


 勝ち誇ったように腰に手を当ててそう呟くレイニール。


 エリエは最初は状況が読み込めずにポカンとしていたが、すぐに平静を取り戻してニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


 そのまま立ち上がり、レイニールの隣まで歩いてきたエリエが得意げに腰に手を当てる。


「思い知ったか! 私達を狙うからこうなるのよ! はっはっはっ!」

「その通りなのじゃ! はっはっはっはっ!」


 2人は並んで地面にポッカリと開いた穴に向かって、胸を張って高笑いしている。


 基本的にレイニールのステータスはどんな状態でも、元のドラゴンと同等なのだ。レイニールにとって変身とは形が変わるというだけで、それ以上でもそれ以下でもない。


 例えるならば、水蒸気にも氷にもなれる水という存在が、レイニールにも当てはまるというところだろう。


 エリエは気分を良くしたのか直ぐ様、すぐ近くの敵を指差しレイニールに向かって命令した。


「ゆけ! レイニール! ウルトラパンチ!!」

「うむ! ウルトラパーンチ!!」


 レイニールは小さいドラゴンの姿に戻ると、翼をパタパタとはためかせ、器用に体を回転しながら戦っているオカマイスターズの間をすり抜けて目の前に居た重鎧の敵に右腕を突き出した。


「ぐわあああああッ!!」


 重鎧の男は鎧を粉々にされ勢い良く吹き飛ばされると、周りを巻き込んで城の壁ごと外へと放り出された。


 それを満足気に見ていたレイニールはふと我に返り、急いで戻ってくると人間モードに代わり、不機嫌そうにエリエに向かって声を荒らげた。


「――だから我輩に命令するなと何度言えば分かるのじゃ!!」

「いいじゃん! あと服、服! 服を着なさい!」


 エリエは不機嫌そうに膨れっ面をしているレイニールに、地面に落ちていた服を手渡す。


 レイニールは渋々その服を着直すと、口を尖らせながら叫んだ。 


「良くないのじゃ! それにウルトラパンチってなんじゃ! 我輩はどこぞのボールで飼われているモンスターではないわ! それに言っておくが、我輩は主にしか従わぬ! どうしてお前なんぞに……」


 ブツブツと文句を呟いていると、レイニールの不満を聞いていたエリエが急に声を荒らげる。


「うるさーい! 私は星のお姉さんなんだから、あんたも私に従えばいいの! 分かった!?」

「分かるか、バカタレ!!」

「分かりなさいよ!!」


 エリエとレイニールは向い合って睨み合いながら、激しい視線をぶつけている。そんな2人を尻目に、レイニールの起こしたごたごたで敵の兵士が数多く集まってきた。


 目の前の敵の頭を鷲掴みにして壁に叩きつけていたサラザが、その光景を見て顔を青ざめさせる。


「ちょっと~。冗談じゃないわよ~!」

「これってあたい達やばくない? やばいわよね~」


 相撲取りのような巨漢のカルビが地面に横たわる敵の上に腰を下ろしたまま言った。


 その横で戦っていたガーベラが、慌てて喧嘩しているエリエとレイニールの元へ駆けて行くと。


「こりゃ、やばい! ほら、2人とも喧嘩してないで行くよ!」

「ちょっと~。放してよ~」

「そうじゃ! 我輩の話はまだ終わってないのじゃ!」


 ガーベラが2人の体を強引に担ぎ上げると、両脇に抱えて走り出した。


 レイニールとエリエは、まるで荷物の様に軽々と運ばれ、不服そうに叫んでいる。未だにやり足りないと言いたげに激しい視線を飛ばし合う2人。


 ガーベラは戦っている仲間達に向かって叫んだ。


「私が2人を連れて行くから、敵を頼んだ!」

「OK~。一気に駆け抜けるわよ~。ガーベラ、2人を落っことさないでね!」

「わたーしの力を見せてやるザマス!」


 サラザと孔雀マツザカは交戦している敵を殴り倒すと、ガーベラの前へと出た。


 2人は襲い掛かる敵を次々に薙ぎ倒すと、あてもなく城の廊下を走り抜ける。

 そしてやっと本来の目的に気が付いたエリエとレイニールが、その間、ガーベラに抱きかかえられながら声を大にして星の名前を叫んだ。


「星! 助けに来たよ!!」

「あるじ~。どこに居るのじゃ~!」


 しかし、その声は虚しく廊下に響くだけで返事は返ってこなかった――。

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