激昂した刃4

 突如現れた漆黒のオーラで形作られたドラゴンの口の中に捕らわれたメルディウスが咆哮を上げ、大斧を構えると同時に振り抜く。


「こんなもん。俺のベルセルクで吹き飛ばしてやるぜ!!」


 すると、口の中で大きな爆発が起こり。その衝撃で攻撃を受けたはずのドラゴンの頭ではなく、攻撃を放ったメルディウス本人のHPが大幅に減少する。


 そのダメージでメルディウスの体が大きくよろめく。膝に手を突き、何とか体制を立て直す。


「――くっ……ダメージは受けたがこれであいつの胸くそ悪いドラゴンの頭も跡形もなく――なんだと!?」


 メルディウスはそう呟くと、自分の目を疑った。


 何故なら、マスターの創り出したそのドラゴンの頭は、メルディウスのベルセルクの攻撃を受けても、何事もなかったかのようにメルディウスを捕らえていたからである。


 本人としては、ダメージ分くらいは破損させられたと思っていたのだろう。その後も諦めず何度も攻撃を繰り返すメルディウス。


 そんな彼の様子を哀れむように見つめながら。


「無駄だ……一度取り込まれたら二度と光りを拝むことはない……それがこの技の力だ――呑み込まれたが最後だ……メルディウス」


 マスターがそう呟いた直後。ドラゴンの口の中で途轍もない爆発発生した。その後、闇属性の稲妻が襲い掛かり、中に閉じ込められたメルディウスが断末魔の叫び声を上げる。


 彼の苦しげな叫び声を聞いて、マスターはまるで自分の身を引き裂かれるような感覚に眉をしかめている。


「――ダークネスファングは、敵を全ての攻撃を封じる闇属性の檻に閉じ込め。一切の攻撃を受けず、その攻撃の全てを撥ね返す……闇属性の雷撃のおまけ付きでな……何もしなくても一定時間が経過すれば、敵に全方向からの闇属性の雷撃を叩き込み、HPがなくなるまで敵を喰らい尽くす。そういう技だ……」


 そう淡々と説明していたマスターの脳裏に、過去の別れ際の悲しげな紅蓮の顔が過った。


 マスターは咄嗟に技を解くと、彼を呑み込んでいたドラゴンの頭が消え、メルディウスは力無くその場に倒れ込んだ。


「この……くそじじい……てめぇの……勝ちだ……残りの俺のHP残量なら……今はそこらに転がってる石ころ1つでも……俺を殺せる……」

「――そうだな。だが、儂ももう動けん……」


 マスターもそう呟き、メルディウスの隣に大の字に倒れた。


 その突然の出来事に、横に倒れているマスターを見て、メルディウスは目を見開いている。すると、突然マスターが大声で笑い出した。


「あはははっ! この技は使用者にも負荷があってな、体力を大きく消耗するのだ。もう指一つ動かせん」

「てめぇー。もう終わりだとか言って俺を騙しやがったな!」


 それを聞いたマスターがまた大きな笑い声を上げる。


 その後、小さく弱々しい声で横に倒れているメルディウスに告げた。


「ははっ、いかんな! 儂も焼きが回ったようだ……終わりと言ったのは本当だ……メルディウス。戻ったら紅蓮に礼を言うといい……」

「……紅蓮だと?」


 メルディウスは驚いたように目を丸くさせている。


 驚いていたメルディウスが今度は訝しげに眉をひそめ、マスターの顔を見つめている。そんな彼に、マスターは言葉を続けた。


「儂は本気で戦っていた。だが、紅蓮が……あの時儂に言った『ただ……皆で一緒にいたい』という言葉がその考えを変えたのだ」

「……なら、どうしてあの時。俺達を置いて行ったんだよ!」


 その言葉にマスターが瞼を閉じて徐ろに口を開く。


「あの時の儂は力を求めて……いや、力に餓えていたのだ。自分の内なる欲求を抑えられなかった……だが、今は力などに興味はない。かわいい愛弟子が戦い以外に儂の生きる目的を与えてくれたのだ……力とは誰かの為に振るってこそ意味がある。それをもう一度儂に教えてくれたのがカレンだ――だから今の儂には、皆で現実世界に戻ることしか考えられん!」

「――それは本心からか? マスターさんよ……」


 メルディウスはそう質問すると、不信感を抱いた瞳をマスターに向けた。


 マスターは大きく息を吐くと、震える指でゆっくりとコマンドを操作してPVPを解除した。その直後、メルディウスの体から黒いオーラが消え互いのHPが全回復した状態に戻る。

 

 自由になった体を動かしながらメルディウスはマスターの方に目を向けると、彼は未だに動けないらしく隣で横たわっていた。


 横を向いたマスターは驚いた顔をしているメルディウスに向かって微笑みかける。


「――メルディウス。儂はまだ動けぬ、殺したければ殺せ……」

「……なんだと?」


 空を見上げたまま静かに瞼を閉じたマスターは、自分の運命を横に倒れているメルディウスに委ねた。


 メルディウスはそのマスターの言葉を聞いて、自分の心が揺らぐのを感じていた。

 彼の心の中で『この男を殺せる? こいつを殺せれば紅蓮がまた笑ってくれるかもしれない……』という思いが、煮え滾るマグマの様に湧き上がってくる。


 生唾を呑み込んだメルディウスが、地面に転がっているベルセルクを拾うと両手で握り締めた。

 今ならマスターは地面に転がったまま動けない。ここで彼を攻撃すれば、自動的にまたPVPが発動する。


 通常のPVPでは最終的にHPは『1』だけ残る。しかし、それはプレイヤーの攻撃でだけである。つまり、地面に転がっている石などの既存のオブジェクトを利用すれば、最低ダメージ『1』のゲーム内ではHPを削り切ることができるのだ――。

 

 しかも、彼は年2回行われる武闘大会で連続優勝記録を持つ男だ。ここで撃破できれば、自分のギルドが更に有名に有名になるかもしれない。

   

 マスターは得物を握り締めるメルディウスの姿を見て、ただただ微笑んでいる。


「――じじい……」

「ああ、それでいい……だが、1つだけ頼みがある。虫のいい話だとは思うが、儂を殺したあかつきには、始まりの街に行ってくれないか? そこに儂の弟子がおる。そやつらを現実の世界に戻してやってくれ……」

「……ふざけるなよ」


 マスターのその言葉を聞いた直後。メルディウスは鼻で笑うと、持っていたベルセルクを大剣の状態に戻して背中に収納した。


「――こんな事で勝ったって、何もうれしかねぇー。それに弟子を助けるとか、そんな事はてめぇーがやりやがれ! 俺には動けねぇー奴を殺すのも。てめぇーの尻拭いをする気のもごめんだ!」

「……メルディウス」

「だからその使命は自分で成し遂げろ! ……それに紅蓮はこんな結末は望んでないだろうからな」


 そう言ってメルディウスは微笑みを浮かべると、倒れているマスターの肩に手を回して強引に立たせる。


 彼のその行動が相当意外だったのだろう。突然肩を貸されたマスターは困惑した顔でメルディウスの顔を見た。


「なにをするつもりだ!?」

「なにって決まってんだろ? 帰るんだよ。紅蓮の元へ……」

「――分かった……すまん……」


 マスターはそれを聞いて小さく頷くと、メルディウスは口元に微かに笑みを浮かべ歩き出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る