激昂した刃3

 咆哮を上げながら武器の柄を強く握り締め、メルディウスは感情に任せるように大きく斧を振り上げた。


「――あの時から……紅蓮の奴は笑わなくなったんだよ!!」


 そう叫んで力いっぱいに振り下ろした直後。けたたましい音と凄まじい威力に地面が裂け、噴石が数万単位で宙を舞う。


 マスターは地面を転がるようにしてなんとかその攻撃をかわすと、素早く体制を立て直した。


 再び拳を構え直し、マスターは次の攻撃に身構える。


「あいつは……優しいからよ。お前に心配かけないようにって振る舞っていたが、それが俺には、痛々しく見えてたまんねぇんだよ……」

「…………」


 急に悲しい表情で告げるメルディウスに、マスターは無言のまま彼を見つめていた。


 メルディウスは斧を大剣に変えると、今まで以上の殺意をマスターに向け、低い声で告げる。


「俺達の――紅蓮の前から何も言わずに消えろ……でないと、俺は今の状況を利用してお前を殺さないといけなくなる……」


 マスターはその殺気を感じ取っているのか、険しい表情で拳をに力を込めている。


 だが、その場から逃げる素振りは一向に見せず。彼の瞳には、まだ並々ならぬ闘志が宿っていた。


「そうか引く気はねぇーようだな……残念だ……」


 メルディウスはそう呟くと、大剣を構え襲い掛かってくる。マスターは物凄い勢いで向かってくるメルディウスを見つめ拳を固めた。


 彼の思いは痛いほど伝わってくるが、今のマスターには引くという選択肢そのものがない。

 この世界に閉じ込められた仲間達を、そしてこの災厄に見舞われたプレイヤー達を、元の世界に返してやらないといけないのだ。その為にも、どうしても彼等の力が必要なのである。

 

(お前達には悪いことをしたと思ってる……だが、今の儂には守りたい者達がおる。皆を無事に連れ帰るまで、こんな場所で負けてやるわけにはいかんのだ!)


 マスターは心の中で決意を固めると、力強くそう叫んだ。


「――ダークネス!!」


 その直後、マスターは闇属性の黒いオーラを帯びた拳でメルディウスを迎え撃つ。


 2人の攻撃が激しくぶつかり合う――その威力は、お互いの攻撃の衝撃で地面が陥没しひび割れるほどだ。


 その凄まじい一撃の後、互いに後ろに跳んで距離を取ると、2人は顔を睨み続けている。


「じじい。お前は俺達の前にのこのこ出てきて、何を考えてやがる!」

「……それはお前が儂に勝てたら教えてやろう!」


 マスターがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


 そのマスターの挑発的な態度に、メルディウスの怒りが爆発する。


「――そうかよ……やっぱりてめぇーは手を抜いてやれるほど甘くはねぇーか!」

「何を言っておる。手を抜くとは、上の相手が下の相手に向けて使う言葉だ! お前は儂に手を抜いてるというのか?」


 マスターが不敵に笑うメルディウスの顔を不機嫌そうに睨んだ。

 彼が不機嫌になるのは最もだ。最初に『本気で来い』と言ったメルディウスが、今まで本気で戦っていると思っていたメルディウスが、まだ本気を出していないと言われれば仕方ないだろう。


 向かい合っていたメルディウスは剣を突き付けると、不敵な笑みを浮かべ。


「それはこいつが……このベルセルクがトレジャーアイテムだからだ! トレジャーアイテムにはそれぞれ固有のスキルがある!」

「ふん。儂のこのグローブも同じだぞ? それだけでは儂には――」


 自信満々に言い放つ彼に、マスターは眉間にしわを寄せて見つめている。


「――分かってねぇなー。お前も知ってんだろ? じじい。武器や防具のアイテムっていうのは使った数――熟練度によって、その能力が上昇する。つまりだ……」


 突き出していた大剣を、メルディウスが今度は天に振り上げる。


「熟練度がMAXになると、装備系のトレジャーアイテムは真の姿を見せる!!」


 その叫び声の後、剣の刀身が見る見るうちに姿を変えていく。


 天高らかに振り上げた武器は虹色に光り輝くと、剣の刃が消える代りに斧の刃の部分が更に巨大に鋭利になっていく。武器が状態変化が終わると、メルディウスの持っている武器は完全な大きな斧の形になっていた。


 刃は柄の部分を飲み込むほどの大きさで、大人一人分ほどまで肥大化していて、斧頭には大きな鬼の顔のような装飾が施されている。

 黄金に輝くその大斧はとても神々しく感じた。いや、武器と言うよりその大斧は黄金で作られた財宝の様にも見える。


 だが、黄金の見た目とは違い。その大きな刃は鋭く光りを反射させ、血を欲しているように見える――まさにベルセルク『狂戦士』という名に相応しい。


 マスターはその武器を見て、驚いたように目を見開いている。


「驚いたか? じじい。これこそ俺のベルセルクの本当の姿だ! 剣は敵を斬り捨て、斧は敵を斬り薙ぎ払う。そしてこれが神をも薙ぎ払う大斧だ! このベルセルクの隠された能力は爆発! そして俺のビッグバンの能力も爆発なんだよ!!」


 咆哮を上げたメルディウスが、その大斧を勢い良く振り抜いたが、マスターはその攻撃を即座にかわす。


 すると、メルディウスの言った通り。ベルセルクの刃が当たった地面が爆発で跡形もなく吹き飛んだ。


「ほう。爆発に自分の固有スキルの能力を食わせおったか……ならば!」


 その一撃を見たマスターは落ち着いた様子で呟く。


(確かにこれならば、自爆せずに能力を使える。奴にとっては、最も相性の良い武器ということか……)


 その攻撃を冷静に分析しているマスター。


 メルディウスの使うベルセルクはとても強力な武器だ――しかも、彼の固有スキル『ビッグバン』の能力まで吸収し、その攻撃力を増している。 


 武器の能力をまじまじと見せつけられた今、マスターに残されている手は一つしかない。すると、今度はマスターが『明鏡止水』と叫んだ。


 直後。マスターの手から黒いオーラが消えると同時に、全身から黄金のオーラが噴き出す。

 それを驚いた様子でメルディウスは、空に向かって立ち上がる金色のオーラをマスターの姿を食い入るように見つめている。


「――なんだよ。そりゃ……そんなスキル。前のあんたは持ってなかったはずだ!」


 敵に知られているスキルを使えば、戦術は容易に破られてしまう。

 しかも、以前共にギルドを組んでいた戦友ならば尚の事だ――マスターのメルディウスの知らないスキルを使用するというのは、現状で最も有効な手だと言えるだろう。


 マスターはサラザの使っていた『ビルドアップ』を『明鏡止水』で呼び出した。この姿ならば、戦闘能力に秀でた彼との戦闘で先を読まれることもない。


 だが、唯一の不安要素は、強力だがまだスキルの経験の浅い固有スキルを発動させるのはかなりのリスクがある。

 マスターの固有スキルは使用時に、回復系のアイテムが一切使えなくなるというデメリットがある。それでもこのスキルを使用したのは、何か彼なりの思惑があるのだろう……。


「ふん。儂は強さを極める者――より良いスキルを見れば、それも儂の強さへと変える!」

「ふふっ……どうせそのスキルだって勝手に奪ったもんなんだろ? まったくしゃくに障るじじいだぜ!」


 彼の発動した固有スキルをはったりと考えたメルディウスは、マスター目掛け大斧を振り抜く。


 先程の一撃でマスターは、ベルセルクの能力をまじまじと見せつけられていた。

 おそらく。ベルセルクの攻撃力は斬撃以上に爆発の方が上回っていることは、容易に想像できた。


(あの刃に触れた物は爆発する。ここはかわす以外に方法はないか……)


 素早くメルディウスの斬撃をかわすと、またベルセルクの刃が当たった場所が轟音とともに粉々に吹き飛んだ。


 マスターは、その凄まじいまでの爆風で飛ばされてしまう。


「――くっ! まったく厄介な能力だ……」


 マスターが自分のHPバーを見てそう呟く。


 何故なら、体に弾け飛んだ地面の破片が当たり、多少なりともダメージを受けていたからだ。

 このスキルはコピーしたスキルを使用できるのが最大の利点だが、それを超える致命的な欠点もある。


 その最大の弱点とは発動時、ヒールストーンなどの回復系のアイテムの使用ができないことと、更にスキルを完全に解除すると、次のスキル発動までに丸一日掛かるという欠点である。


 今まさにマスターが渋い顔をしているのもそれが原因だった。メルディウスの攻撃をかわしてはいるが、破壊した残骸でマスターは細かいダメージを受ける。


 HPを回復する手段のないマスターは、巻き上げる破片を含め、確実に攻撃を避けきらねばならなのだ。


 苦戦するマスターの顔を見て、メルディウスはほくそ笑むと徐ろに口を開いた。


「――どうした? 苦戦してるな……あんたの弱点は知ってるぜ! なんて言ったって、俺の元ギルマスだからなっ!!」

「……なるほどな。勝手知ったるって言うやつか?」


 ベルセルクが爆発で撒き散らした破片でマスターがダメージを受けているのは、無論メルディウスも分かっている。それも計算に入れてやっているのだ。


 だが、なおも涼しい顔をしているマスターが気に食わないのか、メルディウスは感情的になり声を荒らげる。


「いつもいつもいつも! お前はどうしてそうなんだよ! 負けたら死ぬんだぞ!? 怖いとかそういう感情はないのかよ!!」

「ふふっ、怖いか……今、儂が一番怖いのはお前達を失う事だ――それ以外の事などに恐怖などない!」

「なにを今更……なら、どうしてあの時に俺達を捨てた! 償いのつもりなら今すぐこの場で消えやがれ!!」


 メルディウスはそう叫ぶと、鬼の様な形相で大斧を構えて襲い掛かってくる。


 マスターはメルディウスの大斧の刃を素早くかわすと、それに追いかけるようにメルディウスの攻撃が繰り返し襲い掛かる。


 容赦のないベルセルクによる度重なる爆発によって、2人の居る場所の地形が見る見るうちに変わっていく。

 最初に来た時は、両側を断崖絶壁に囲まれた谷だったのが、今では大きな岩が転がる全く別のステージのようになっていた。


 それは2人が、ゲーム内の再生プログラムを超えるほどの戦闘をしているからに他ならない。


「このくそじじい! 吹き飛んだ破片も全てを叩き落としやがって! ダメージ与えられないだろうが! さっさと歳相応にくたばりやがれっ!!」

「ふん! お前の爆発など。そよ風程度にも感じぬわ!!」


 マスターは爆発音の後に爆発で飛び散った破片までも器用に全て手で叩き落とすと、不敵な笑みを浮かべている。


「この野郎! なら、直接このベルセルクで真っ二つに叩き斬るだけだ!!」


 メルディウスがそう叫ぶと、武器の形状が大剣の状態に戻った。


「うおおおおおおおおおおおッ!!」


 咆哮を上げてマスターに大剣で斬り掛かるメルディウス。


 マスターはそれを擦れ擦れでかわすと、メルディウスがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


(なんだ? 何がおかしい……まさか!?)


 はっとしたマスターがメルディウスの顔から剣に目を向けた。


 すると、大剣が斧の姿へと変わっていた。


(――剣が斧に……しまった!)


 その直後。今度はメルディウスのベルセルクが輝き、次の瞬間には大斧の姿へ変わっているのがマスターの視界に映る。


 大斧へと変化したベルセルクを頭上に大きく振り上げ、メルディウスの顔からにやりと不敵な笑みがこぼれていた。


「言っただろ? お前を真っ二つにするってなッ!!」

「……くっ!」

(この間合ではかわせん!!)


 大斧の直撃を受けたマスターが爆発した。

 その凄まじい爆風でメルディウス自身も大きく吹き飛ばされる。


 そうなることを彼は想定していたのだろう。メルディウスは素早く体制を立て直し、マスターの居た場所に目をやった。そこには、爆発によって起こった煙が漂っている。

 さっきの攻撃は確実に直撃させた。爆風に寄って周囲の砂塵が舞い上がったが、直撃を受けた時に発生した煙をメルディウスもしっかりと確認した。


 浮遊する土煙によって視界は遮られている。だが、そう簡単にマスターを仕留められるわけがない……。


「――手応えはあった…………やったか?」


 メルディウスがそう呟くと、じっとその煙の中を窺っていた。

 確実に仕留めたという手応えは感じている。だが、拳帝とまで言われた男だ――いくら直撃したとは言え、そう簡単にやられてくれるとは思えない。


 立ち上った砂塵が次第に晴れていく中にマスターの姿はない。


 それを確認したメルディウスは思わず笑みを浮かべると、握った拳を空に突き上げ叫ぶ。


「よっしゃあああああああああッ!!」


 確実に仕留めたと確信した直後、メルディウスの背後から悪魔の声が聞こえてくる。


「――どこを見ておる!」

「な……に……?」


 メルディウスがその声の方を慌てて振り向くと、そこにはぼろぼろの黒い道着を身につけたマスターの姿があった。

 彼が先程まで全身に纏っていたはずの黄金のオーラは消えていて、代りに両手には黒いオーラが、今までのそれとは比べ物にならないほどに火柱の様に空に向かって伸びていた。


 おそらく。直撃した瞬間に腕のオーラを最大まで放出して、爆発の威力を闇属性のオーラで大幅に減少させたのだろう。


 元々戦闘スキルの存在しないフリーダムでは、『固有スキル』『武器スキル』(トレジャーアイテムに限る)これの組み合わせで他者との間にアドバンテージを作る。そして珍しいのは属性系のスキルである。

 これは火、水、風、土、光、闇の6種類あり。通常攻撃のダメージと共に、属性ダメージも追加するとても珍しいこのスキルを有している者は少ない。


 エミルや星の様にドラゴンなどのモンスターを連れている者は自分が使えなくてもモンスターの攻撃に属性ダメージが含まれている為問題はないが、この様なスキルを持っている者は属性スキル持ちよりも少数である。


「――勝負は最後まで手を抜いてはならん! だが、儂も危なかった……」

「俺のベルセルクの一撃を受けて立っているだと!? いったい何をしやがった。じじい!!」

「ふん。知れた事……防いだに決まっておろう?」

「爆発を防いだだと……?」


 メルディウスはそんなことはありえないと言わんばかりの顔で、マスターを見ていた。

 しかし、その反応も無理はない。あの一撃――あの攻撃でメルディウスは確かにベルセルクがマスターを捉えた手応えはあった。


 だが目の前に、その仕留めたはずのマスターが立っている。

 もはや闘争本能というものか、メルディウスは思考をストップさせ、すぐに我に返り大斧を構えてマスターに向かって再び突進した。

 

「メルディウス――儂をここまで追い込んだお前に敬意を表し。儂の禁じた技を見せてやろう……」


 マスターがそう小さく呟いた直後。両手のオーラがいっそう強まった。


「うおおおおおおおおおおおッ!!」


 メルディウスはそんなことを気にしている余裕がないのか、それとも迷いを振り払う為か、大きく咆哮を上げながらマスター目掛けて一直線に突っ込んでくる。


「……これが儂の禁じ手――沈め、永遠の闇へと……ダークネスファング!!」


 マスターが両手を地面に突き刺すと、メルディウスの周りに黒い炎の様なオーラが円を描くように発生して一気に立ち上がり、彼の行く手を完全に遮る。


「……なにッ!?」


 メルディウスが気付き、空に跳び上がった直後。地面から更に強く噴き出した漆黒のオーラのドラゴンの頭が、跳び上がったメルディウスの体を呑み込んだ。  

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