決戦6

「……ッ!?」

(……私を挟むつもりなの!? どうしよう……どうしたら良いの……?)


 星は自分に左右から迫ってくる巨大な手を見て、どうすればいいかと思考を巡らせる。


 一瞬だけ瞳を閉じたその時、心の奥で何かの声が聞こえた。


 その声には心当たりがある。そう。カレンと戦ったあの時の声だった――。


『迷うな! ギリギリまで惹きつけて全力で飛ぶのだ!!』


 星はその声に従うように頷くと足を止めることなく、左右から向かってくる手を交互に見ながらギリギリまで惹き付ける。


 ここまでくると、不思議と先程まであった恐怖心は薄れ、逆にやらなければいけない。自分ならできるっという何の根拠もない自信が星の心を満たしていった。


(もう少し……もう少し……今だ!)


 星はぎりぎりまで左右からくる両手を惹き付けると、挟まれる直前で素早く地面を蹴って跳び上がった。


 その直後、背中からバチンッ!と大きな音が鳴り響き、その風圧で星の体が一気に加速した。だが、その途中。がしゃどくろの胸にあるのは炎だけだということに気が付く。


(……火しかない!? でも、ここまで来たらやるしかない……剣さん。お願い……力を貸して!)


 星は目を閉じ心の中でそう呟くと、目を開き敵の胸に揺らめく炎を目掛けて剣を構えて突っ込んでいく。


「――お願い! 刺さってええええええええッ!!」


 星の思いを込めた一撃が、がしゃどくろの胸の炎に突き刺さる。

 それと同時に、がしゃどくろは苦しげに口を開き天を仰ぐと、激しく暴れ出した。必死に剣の柄を握って、がしゃどくろの体から振り落とされないようにと耐える。


 っとその時、がしゃどくろの顔が胸にしがみついている星を捉えた。

 しがみついている星を、がしゃどくろの闇に吸い込まれそうな空洞の目が真っ直ぐに見下ろす。


 それを見て、背筋に悪寒が走り凍りつく。


 星の視界にはがしゃどくろが腕を大きく振り上げる姿が映り、顔から全身からスーッと血の気が引いていくのが分かった。


 がしゃどくろの振り下ろされた瞬間……。


「……あっ」


 諦めた様な間の抜けた声の直後。がしゃどくろの巨大な手が星の体を直撃し、一瞬のうちに星は石畳の地面に全身を強く打ち付けられた。


 本当に一瞬の間の出来事だったのだが、星には体に当たった骨の感触と落ちるまでの感覚がとても長く鮮明に思えた。


「――ぐっ……かはっ!」


 大きなクレーターと化した地面に倒れ込んだまま、星はぴくりとも動かなくなる。


 だが、データの塊であるがしゃどくろには、星が子供だからと言って手加減してくれることはあり得ない。

 直ぐ様。追い打ちを掛けるように、がしゃどくろの口が青く光った。それを見て、エリエが青ざめた顔で悲鳴にも似た声で叫んだ。


「星! 早く逃げてぇー!!」

「…………」


 しかし、部屋の中央に無言のまま横たわっている星は、全く動く気配がない。


 それもそのはず。星は完全に気を失っていたのだ。だが、がしゃどくろの口がみるみるうちに青い炎で満たされていく、その様子から発射まで左程長い時間は残されていないだろう。


 エリエは「どうしよう」と何度も口に出し慌てふためいているしかなかった。すると、その横を何かが高速で通り過ぎていく。

 その直ぐ後、無常にも星に向かって炎が噴射され、一瞬で星が横たわっていた場所は炎に包まれた。


 エリエは崩れるようにその場に座り込んむと、呆然とその場所を見つめている。


「あ……そ、そんな……」


 放心状態のエリエの脳裏には、星との今までの出来事が走馬灯のように駆け巡っていた。


 しかしその直後、横からカレンの声が聞こえてきた。


「――師匠!! 師匠しっかりして下さい! 師匠!!」


 エリエがその悲痛な叫び声の方へ目を向けると、星を抱き抱えながら息を荒らくしているマスターの姿が目に飛び込んできた。


 彼の着ていた道着はところどころ焦げ付いていて背中の布はすでに焼け落ち、その隙間から赤くなった皮膚が見えていた。

 その様子から本当にぎりぎりのタイミングだったことが窺い知れる。


 エリエは涙ぐみながらも2人に駆け寄ると、急ぎヒールストーンで2人を回復した。


「はぁ、はぁ……なんとか、間に合った。ほら、娘は無事に連れ帰ったのだ。そんな、情けない顔をするな……エリエ」

「うぅ……は、はい。ありがとう、マスター。……星、良かった……良かったよぉ……」

 

 エリエはマスターから星を受け取ると、抱きしめながら涙を流している。


 そんな彼女を見て、マスターは表情を苦痛に歪ませながらも、優しい笑みを浮かべる。

 その時、星を抱きしめているエリエを見つめていたカレンが、あることに気が付いて首を傾げた。


「そういえば、星ちゃんの剣はどこにいった? 持ってないみたいだけど……」

「それなら、あそこだ……」


 マスターがその質問に答えるように、がしゃどくろの方を指差した。


 カレンがその方向に目を向けると、そこには星の剣が胸の炎に突き刺さったまま、悶え苦しんでいるがしゃどくろの姿があった。


「――あれって……星がやったの……?」


 徐々にHPが減っていくがしゃどくろを指差して、エリエは半信半疑のまま呟く。


 そこに自分も傷を負ったエミルとサラザも、星のことを気にして戻ってくる。

 駆け寄ってくるエミルは、エリエに抱きかかえられている気を失ったままの星の頬を、手の平でそっと撫でると「良く頑張ったわね。偉いわ」と微笑んだ。


 星の働きのおかげでメンバー全員は、苦しみからでたらめに動くがしゃどくろから距離を取り、がしゃどくろのHPが『0』になるまで見守っているだけで良かった。

 その後もがしゃどくろのHPは徐々に減り、残りは最後の青いゲージまでなくなった次の瞬間。がしゃどくろの全身から突如として赤黒い炎が立ち上がる。


 星の決死の思いで胸の炎に刺した剣は吹き飛ばされ、胸に輝いていた炎も消える。一度は『0』になったはずのHPゲージが復活し、そのゲージの色は赤黒く周りに炎のようなエフェクトが付いている。


「な、なに……あれ……」


 突然の出来事に、エリエの顔が絶望の色に染まった。


 ――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 咆哮を上げたがしゃどくろが地面に手を掛け断崖絶壁の下に隠されていた足をゆっくりと引き抜く。

 その叫び声に地面は揺れ、上半身だけだったがしゃどくろの巨大な下半身が姿を表し、ゆっくりと立ち上がる。


 天を突き抜けるほどに伸びた手足は、もはやその全長は図り切れない程。

 唯一のウィークポイントだった胸の炎も消えてしまった今、自分達の数十倍の相手に勝機を全く感じられない。


 頭はエミル達から見て、やっと顎が確認できるというほどに巨大なそれはすでに倒すとかという次元のものではなかった……。


 エミルはもう一度周りを見渡す。前衛の要のマスターも手傷を負っている上に、デイビッドはとてもじゃないが戦える状態ではない。状況は最悪だった。


(デイビッドもマスターもこれ以上の戦闘は無理……しかもこの状況で敵が動き回るとしたら……)

「まずいわ……サラザさん!」


 エミルは次に起こりうる可能性を察知し、顔を青ざめながらサラザに向かって叫んだ。その直後、サラザの体はすでに動いていた。


 ベテランプレイヤーの一人であるサラザは、頭が命令するよりも早く体が先に動いたというところだろう。


「分かってるわ! 私が時間を稼ぐんでしょ~?」


 サラザは即座にがしゃどくろの前に陣取り、その巨大な骨の塊と化したがしゃどくろを睨んだ。

 確かにこの場で最も攻撃力の高い種族『ボディービルダー』のサラザが、蘇った新生がしゃどくろのヘイトを稼ぐのには適任だった。


 頭上を見上げ咆哮を上げ続けるがしゃどくろは、まだこちらに攻撃してくる意思はなさそうだ。


 っということは、今しか先制攻撃のチャンスはない。後手に回ればそれこそ勝ち目はないのだから……。

 

「行くわよ~。できるだけ時間は稼ぐけど手早く頼むわね~!」


 サラザはそういうとバーベルを振り回し、がしゃどくろに向かって突っ込んでいく。


 エミルは「お願いします!」と言うと、素早くコマンドを操作してアイテムの中からドラゴンを呼び出す巻物を数個取り出した。


「……出てきて! ソードアーマードラゴン! ストーンドラゴン! ライトアーマードラゴン!」


 エミルが同時に3つの笛を吹くと、3体のドラゴン達が現れた。その中の2体は見たことがある為分かるが、もう1体は初めて見るドラゴンだ。


 その姿は大きな翼を持った青いドラゴンで、銀色の鎧を身にまとったその姿は武器になるようなものなど、無駄な物が一切付いておらず、手綱と鞍が装着されているだけだ。

 また、他のドラゴンよりも小さく引き締まったその体は、速度と旋回性に特化していることが窺い知れる。


「エリエは皆をストーンドラゴンの後ろに!」

「うん。分かった! エミル姉も気をつけてね!」


 エミルはソードアーマードラゴンの背中から剣を受け取ると、エリエにそう指示してライトアーマードラゴンの背に跨った。


(この戦いだけは私の全てを使って必ず勝つ! このままじゃ、せっかくあなたの作ってくれたこの好機――無駄になってしまうものね……でも、安心して星ちゃん。このチャンスは絶対にものにしてみせる! そしたらあなたをいっぱい褒めてあげられるから!)


 エミルはそう心の中で呟き、気を失っている星に視線を向けると優しく微笑む。

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