決戦5

 サラザが攻撃を惹き付けている間に、デイビッドの刀が、がしゃどくろの骨を捉える。しかし、骨に当たっただけで決定打というには程遠い。


「くそっ! こいつ。硬すぎるぜ……」


 空中で攻撃を受け流し無事地面に着地したデイビッドが、苦虫を噛み潰した様な顔でそう呟く。


「あら~。骨なんだから当たり前でしょ~?」


 サラザがその言葉にツッコミを入れる。


 デイビッドはそれを聞いて、口元に不敵な笑みを浮かべると「そういえばそうだったな!」と刀を構え直し飛び掛かった。


 やはり戦闘経験の差なのだろうか、デイビッドとサラザもいとも簡単に敵の攻撃をかわしながら、隙を見て敵に確実にダメージを与えている。

 他のメンバーもその戦いを見て、敵の攻撃の癖や弱点を見つけようと瞬きするのも忘れて敵の動きに観察している。


(皆頑張ってるのに、私は何もできない……どうしたらいいんだろう……)


 だがそんな中、星だけはそんな悶々とした気持ちで戦闘の行方を見守っていた。


 確実にがしゃどくろにダメージを与え続け、そのHPを減少させていくデイビッドとサラザ。


「はぁ、はぁ、はぁ……やっと、半分か……」

「……ごめんなさい。そろそろ交換してもらえる~?」


 敵のHPを半分程まで削ったところで、エミル達が待ってましたと言わんばかりに敵に襲い掛かった。


 エリエは後ろに下がってきたサラザ達に声を掛ける。


「大丈夫? 痛いところとかない。サラザ……」


 ヒールストーンを握り締め、心配そうに駆け寄ってくるエリエに、サラザは微笑みながら鍛え上げられた上腕二頭筋を盛り上げて見せた。


 心配そうな顔で眉をひそめ、エリエは傷がないかサラザの体を隈無く見るとほっと胸を撫で下ろす。


「――イテテテテッ!」


 その2人のやり取りを横目で見ていたデイビッドが、横から情けない声を上げる。


 エリエはそれを見て呆れたようにため息をつきながらも、デイビッドの方へと歩いていった。


「もう! 男のくせに情けない声上げないの! ほら、回復して上げるからじっとしてなさい!」

「えっ? あ、ああ……すまん」


 デイビッドはまるで狐に摘まれたような顔でエリエを見た。


 しかし、それも無理もない。普段なら間違いなく「男なんだから自分でしなさいよ」と罵ってくるはずなのだが、今回に限っては何故かそういったことはなかったからだ――。


「ほら、終わったわよ。もう気をつけなさいよね!」

「ああ……あ、ありがとう。でも、エリエがこんなに素直だって事は……これは外は大雨だな!」

「……ッ!?」


 冗談交じりにそう言ったデイビッドにエリエはむっとしたのか、笑いながら頭を掻いているデイビッドの尻を思いっきり蹴飛ばした。


 それに驚きデイビッドの体は飛び上がる。


「……いっ! なっ、何すんだよ!?」

「気合を入れてあげたのよ! 男のあんたが頑張らないとダメでしょ! バ~カ!」


 エリエは怒りながら、サラザの方へと足早に戻っていった。


「男って、前衛はエミル以外。全員男じゃないか……」


 そう聞こえないように小さな声で呟くと、サラザがデイビッドの方を見て含みを持たせた笑顔で、にっこりと微笑んだ。


 それを見たデイビッドは背筋に悪寒を感じ、体をブルッと震わせると苦笑いを浮かべている。


 後ろでそんなことを言っているなど露知らず、エミル達は前線で奮戦していた。その甲斐あってか、がしゃどくろのHPを残り数回の攻撃で0にできるほどまでに減らしていた。


「マスター。後はお願いします!」

「――任せておけッ!」


 マスターは勢い良く跳び上がると、がしゃどくろの顔面に数発打ち込んだ。


 ――グギヤアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 がしゃどくろの体が大きく揺らいで断末魔の叫びを上げると、カタカタと歯を震わせている。


 苦しむがしゃどくろに背を向け、地面に着地して直ぐ様振り返った。


「どうだ!?」


 っとがしゃどくろの方を振り返るとその直後。マスターの目に飛び込んできた光景に言葉を失う。そこには、減らし切ったはずのHPが全回復した状態で存在していたのだ。


 確かにHPをゲージギリギリに追い込んで全てを奪い去ったはずだった……だが、現に存在し続けるがしゃどくろに困惑せざるを得ない。


「――まさか……そんな……」

「――そ、そんなバカな!」


 悠々と自分達を見下ろす巨大な骸骨に、その場にいた全員が計り知れない恐怖を感じていた。


『まさか、前の部屋に出たスケルトンの様に頭部か、それに似合う何かを破壊しなければ終わらないのではないのか?』


 だが、そんなことなど事実上不可能に近い。頭部を破壊するにしても、その頭部は低級のスケルトンとは比べ物にならないほど巨大だし、もしそうだとしても。激しく動き回る腕をかわしながら、厚さだけでもコンクリートの壁ほどもある骨を砕くには、的確に頭蓋の一点を攻撃し続けなければならない。


 エミルとマスターはそれを見て、唖然とした様子で立ち尽くす。


 っと、その時――。


「なにをぼーっと突っ立ってんだ2人共! まだ戦闘は終わってないぞ!!」


 後ろから見ていたデイビッドが戦意を喪失している2人に向かって激を飛ばした。


 その声に2人がはっと我に返るとがしゃどくを鋭く睨む、その瞳はまだ諦めてはいない……。


「ふっ……儂とした事がどうかしていた様だな!」 

「本当ですね……デイビッドの言う通り私達はまだ戦闘中でした。リベンジです! 行きますよ。マスター」

「おう! エミルよ。遅れるでないぞ!」

「はい!」


 エミルとマスターはお互いに決意に満ちた表情で頷くと攻撃を再開した。しかし、先程よりも敵の動きは素早くなり、なかなか攻撃をする隙を与えさせてくれない。

 それに伴って、前衛メンバーの疲労も溜まり、動きが鈍くなってくいる。それとは対照的に向こうの攻撃が徐々に制度を増してきていた。


 次第にローテーションと回復の回数も自然と増え、厳しい状況であることは言うまでもない。

 更に追い打ちをかけるように、今までは回避できていた重い攻撃が前衛メンバーに当たり始めてきていたのだ。


 そんな中、デイビッドとサラザのペアが前衛で攻撃をしていた時に事件は起こった……。


「くっそ! 早くくたばりやがれ!!」

「デイビッドちゃん! 奴の口が光ってるわよ!!」

「――なっ!? ぐわあああああああああッ!!」


 率先して胸のウィークポイントを攻撃していたデイビッドは、突如とて噴射されたその炎をまともに受けてしまった。

 デイビッドも警戒はしていたのだが、どうやら最初にエミルに放った時よりも噴射までの時間が短縮されているみたいだった。その為、意識に微かなズレが生じていたのだ――。


 叫び声を上げ火だるまと化し、地面をのたうち回るデイビッドをマスターが急いで回収すると、後衛の3人のところへ戻ってきた。


 エミルは素早くデイビッドの抜けた穴を埋める為に攻撃に加わり、現状維持に務めている。


「ぐっ……ぐああああぁぁぁぁッ!!」


 先程エミルの受けたものとは違い。デイビッドの体を包むこの炎はなかなか消えない。


 その炎も復活して、強化されているということなのだろう。


「……これはまずいな。カレンはリカバリーストーン。エリエはヒールストーンを準備せよ! 急げ!!」

「「は、はい!」」


 2人は急いでマスターの指示通りに行動した。


 戦闘そのものはエミルがデイビッドの抜けた穴に入ったことで、ひとまず安定はしている。

 しかし、敵が全体的に強化されている中。どこまで持ち堪えられるのかが分からない状況であることは言うまでもない。


 目の前で忙しく行われている戦闘に、星は居ても立ってもいられず。


(デイビッドさん……皆も自分にできることをしているのに。私は……私も……私も何かしなきゃ!)


 星が俯きながら剣を握り締めると、決意に満ちた眼差しをがしゃどくろに向け勢い良く走り出した。


「はああああああああッ!!」


 叫び声を上げながらがしゃどくろに向かって走り出す星。


 それを見たエリエは驚いた様子で慌てて走っていく星に叫ぶ。


「なにやってんのダメ! 星、戻ってきなさい!!」


 しかし、その制止も星の耳には届かない。今の星を駆り立てているのは、自分も戦闘に貢献したいという思いだけだ――。


 エリエの制止に聞く耳を持たず。それどころか『スイフト』を使用して更に加速していく彼女の姿を見て、エリエの顔がますます青ざめていく。


 それもそうだろう。星と自分との距離は開く一方、いくらエリエの固有スキルが自身の速度を上げるものであっても、今から全力で追いかけてもがしゃどくろとの距離を考えるとギリギリで届かない。


「何考えてるのよあの子は! 今から追いかけても追いつかない。どうしたら……」


 悪態をつきながらも、必死に考えを絞り出すエリエ。


 その時、その視界に戦っているエミルの姿が飛び込んできた。


 エリエはエミルに向かって、出来る限り大きな声で叫んだ。


「エミル姉! 星を止めてーッ!!」

「……えっ!? 何。どういう事……?」


 彼女の言葉にエミルは慌てて辺りを見渡すと、剣を持ってがしゃどくろに向かっていく星の姿が目に入ってきた。


 突然のことに驚き、動揺したエミルはどうしたらいいのか分からず、その場で星に叫ぶ。


「……ッ!? ちょっと、星ちゃん。何してるの! 危ないからこっちにきたらダメよ!」

「なんですって~!? 星ちゃんがどうしてあんな所に!!」


 向かって来る星に気付いたサラザ。


 エミルとサラザは慌てて星の方へと駆け寄ろうとした直後、がしゃどくろの腕がエミルとサラザに襲い掛かる。


「……くっ! きゃああああああッ!!」


 エミルは咄嗟にその攻撃を剣で受け止めたが、受け止めきれずに弾き飛ばされてしまう。


「エミルは無理そうね……なら私が!」


 飛ばされたエミルを見てサラザが更にスピードを上げると、サラザ後方からがしゃどくろの巨大な腕が向かってきていた。


 物凄い風圧と共にゴーッと轟音響かせ後を追いかけてくるプレッシャーは相当なもの。だが、サラザはその攻撃を見切っていた。


「――来たわね……とうッ!」


 サラザはその腕をかわすように高く跳び上がると、腕もそれに合わせて動いてきた。


 それはサラザも想定していなかったのだろう。咄嗟に体を反転させて持っていたバーベルでガードするが、いくら固有スキルを発動していて筋肉隆々のサラザでも空中で防ぎきれるわけもなく呆気なく飛ばされてしまう。


「うっそ~ん!」


 星は自分の方に向かっていた2人がそんなことになっているなど気が付いていないのか、がしゃどくろしか見えていないのかは分からないが、全く動揺することなく目の前の敵に向かって突進している。


(――あの青い所だ。あそこに攻撃された時だけ敵が苦しそうだった……多分あそこにこの剣を突き刺すことができれば、自然と体力が減っていくはず!)


 星は走りながら、がしゃどくろの心臓の部分にある青い炎を見上げる。


 幸いと言うべきかエミルとサラザが攻撃を受けたことによって敵の注意はそちらに向いていて、星はまだ気付かれていない。

 更に両腕は一時的とはいえ星から離れている。星が一矢報いるには十分な条件が整っていた。


(近くで見ると思ってたより大きい……怖い……怖い。でも……でも……)


 がしゃどくろに近付くにつれて、大きくなるその姿に星は何度も心が挫けそうになりながらも剣を構え直す。


「うわああああああああああああッ!!」


 星はがしゃどくろの近くまで行ったところで恐怖に負けそうになる自分を奮い立たせる為、大きな声を上げる。


 だがその直後、星の出した声によって、星の存在に気が付いたがしゃどくろの両手が左右から星を挟み撃とうと迫って来るのが見えた。 

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