家出4

 いつの間にか寝てしまっていた星が目を覚ますと、すっかり吐き気も治まり、普段通りに戻っていた。


 ゆっくりと布団から起き上がった星は、エリエの姿を探してテントの外へ出る。すると、エリエの横に昨日見た侍の格好をした怪しい男が隣りに座っていて、エリエと楽しそうに話をしている。


 星は恐る恐る近寄って行くと、エリエに声を掛ける。


「……エリエさん。ありがとうございました。おかげで治ったみたいです」

「それは良かった! でも、あまり無理しないでね?」

「はい。それで……あの、そちらの方は……?」


 星はエリエの耳元で小さな声で尋ねる。


 すると、エリエはにこっと笑いながら、侍の格好をした男を星に紹介した。


「こちらは私が昔所属してたギルドの先輩でデビッドだよ。別名サムライもどきだけどね……」

「誰が侍もどきだ! そして俺の名前はデイビッドだ! っというかフリーダムではガイアと呼んでくれ! 後、サムライはな。男のロマンなんだよ!」


 デイビッドは顔を真っ赤にしながら大声で叫ぶ。


 そんな彼を見て、エリエは少し馬鹿にしたようにくすっと笑うと、小馬鹿にしたように両手の平を上に向けて呆れ顔でため息を漏らす。


「――細かい事を気にすると、女の子にモテないよ~? せ・ん・ぱ・い。ぷぷっ……」


 エリエは怒っている彼にさらに日に油を注ぐ様に発言をして、悪戯な笑みを浮かべている。彼の次の反応を楽しんでいるか、次にどんな行動に出るのか楽しみで子供のように瞳を輝かせるエリエ。


 デイビッドはそんな彼女の様子を見て諦めたのか「もう好きにしてくれ」と大きなため息をつき、呆れ顔で頭を押さえた。

 星はデイビッドの側まで行くと、彼の顔を見上げる。


「星です。あの……よろしくお願いします……」


 星は丁寧に頭を下げると、デイビッドは微笑みながら言った。


「――君が星ちゃんだね。話はエミルから聞いているよ? 君が居なくなって、彼女も凄く心配してたぞ?」

「えっ? そ、そうですか……」


 星はそれを聞いて、急に表情を曇らせた。


 それもそうだろう。この人がエミルを知っているということは、エリエもエミルの知人という可能性が高くなる。そうなると、星は最初からエリエに騙されていたことになる。


 結局、星は初めからエミルの思い通りになっていた。っと、そういうことになるのだ。星の今までのエリエに対する信頼が一気に揺らぐ。


「そういえば、どうしてエリエが星ちゃんと一緒に居るんだ?」

「う~ん。……成り行きで? 丁度、こんな状態だからお金稼ごうと思って、始まりの森にきたらフィールドボスに出会ったんですよ。そしたら、ボーナスで思ってたよりも多く高級霜降り肉が出ちゃって、その場で調理してたらばったりと――」

「――ばったりって……しかも。ここのフィールドボスってモディールバイソンだろ? あれを1人で倒したのか!?」


 エリエが何食わぬ顔で頷くと、デイビッドはエリエの話を聞いて、身を仰け反らせるほどに衝撃を受けている。


 それもそのはずだ。モディールバイソンと言ったら体長が5m近く体重も2トン以上はある。簡単に説明するなら、それはワゴン車と喧嘩するようなものだ。


 普通なら、そのクラスのモンスターと戦闘する時はパーティーを組んで討伐するのがセオリーとなっているのだが。しかし、この少女はその強敵をたった1人で倒したというのだから、彼が驚くのも無理はない。


「別に死ねば教会で復活するんだし、それに私が敵の攻撃に当たらないのはデビッド先輩が一番よく知ってるでしょ?」


 少女は涼しい顔でそう言い放つと、デイビッドはまた大きなため息をついて頭を押さえながら口を開く。


 どうやら、エリエは今のこの情況が運営によるパフォーマンスかなにかだと思っているようで、まったくと言っていいほど危機感を覚えておらず、それどころか楽観的に考えているようだった。


「はぁ~。俺はデビッドじゃなくてデイビッドだ……それに今は、ログアウトできないという話でフリーダム中が大騒ぎになっている。しかも、俺の掴んだ情報によると、死んで教会でいつも通り復活できないらしい……」

「へぇ~。あっ! 大丈夫。きっと死んでみれば分かりますって! 試しにデビッド先輩が死んでみてくださいよ~」

「誰が死ぬか! 誰が!!」


 デイビッドはエリエのその楽観的な提案を全力で否定すると、エリエはつまらなそうに口を尖らせた。


(まさか、昨日の雄叫びは……)


 星はモディールバイソンの話を聞いていて、昨日の夜の雄叫びを思い出す。


 デイビッドが怒りながら小言を言っている姿を見て、怒られている当の本人は「あははは」と指を差して怒っている彼のその顔を笑っている。


 そんな彼女に、星は昨日のことを聞いてみることにした。


「あの……昨日の夜に雄叫びを聞いたんですけど、それってもしかして……」

「雄叫び? 星。それはどんな鳴き声だった?」


 エリエはまだぶつぶつと小言を言っているデイビッドを無視して、星の方を振り返って尋ねた。


「えっと……ブロオオオって感じの鳴き声でした……」

「ああ、それはモディールバイソンだね。でも、もう食べちゃったし……大丈夫だよ!」

「ええっ!?」


 それを聞いた星は慌てて自分のお腹を押さえると、不安そうな表情で眉をひそめる。


 エリエは悪戯な笑みを浮かべると、星の耳元で「もしかすると明日辺り。星のお腹を破って出てくるかもよ~」と小さな声で脅かす。


 星はそれを聞いて急に青ざめさせ、怯えたようお腹に手を当てて「ごめんなさい」と何度も念仏のように唱えながらその場に蹲る。


『やばっ……ちょっと脅かし過ぎたかも……』と思ったエリエは慌てて、涙目で真剣に謝る星に「冗談だよ。そんな事ないから大丈夫!」と言ってその頭を撫でた。


「本当ですか?」


 星は涙で潤んだ瞳をエリエに向けると「うん。大丈夫!」とエリエはにっこりと微笑んで見せる。


 そこに突然、神妙な面持ちでデイビッドが声を掛けてきた。


「――星ちゃん。エミルが会って話がしたいって言うんだけど……どうする?」


 デイビッドのその言葉に、星はまるで人形の様に固まってしまう。

 星の頭の中ではエミルに会って何を話せばいいか、どう謝れば許してもらえるのか、そして何よりも会って本当に話ができるのか?などというマイナスな考えだけが堂々巡りしていた。

 

 そんな星のことなどお構いなしに、隣に立っていたエリエが徐ろに口を開く。


「ああ、星は今日。エミル姉の所に行く気でいたからって伝えといてよ!」

「そうか、分かった。ならエミルにはそう伝えておく」

「えっ!? あっ……あの……」

「うん! お願いね~!」


 デイビッドは頷くと、メッセージを送ろうとコマンドを開いてメッセージを書き込んでいる。だが、星はその一瞬の隙きを見逃さなかった。


(今ならまだ間に合う!)


 そう思った星は、慌ててデイビッドの手を掴んだ。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 星が声を上げてその腕を引っ張ると、デイビッドは申し訳なさそうに口を開いた。


「いや、待って上げたいのはやまやまなんだけど……今ので、送信ボタンを押しちゃったから……」

「……え?」


 見逃さなかったものの、間に合ってたが運がなかったようで……。


 その言葉を聞いて星の頭が一瞬で真っ白になる。


「そ、そんなぁ……」


 星は力なくその場に座り込んだ。『もう後には引き返せない』という事実だけが、星に重くのしかかってくる。


 結局その場の雰囲気に流される形で、エミルの所に向かうことになってしまった。


「大丈夫。私がついてるし!」

「は、はい……」 


 星はエリエに「大丈夫だよ」と励まされながら、とぼとぼとエミルの城へと向かって歩く。


 それからしばらく経って、エミルの城が見えると星の足はまるで鉛が付いているかのように重くなり、それ以上歩くことができなくなってしまう。

 顔を青ざめさせたまま重い足取りで歩いていた足が止まったのを見て、星を心配してかエリエが星の顔を覗き込む。


「星。大丈夫? 顔色も悪いし。少し休憩する?」

「はい……」


 星が頷いて近くの草の上に座ると、大きくため息をついた。


 成り行きでエミルの城の近くまでくることになったが、星はそれでも、未だに心の整理がつかないでいた。

 その時、デイビッドがメッセージ画面を開いているのが見えた。おそらく、エミルに連絡を入れているのだろう。


「はぁ……エリエさん。やっぱり私エミルさんに会うのは……無理かもしれません」

「どうして? ここまで来たんだし頑張ろうよ! もう目の前なんだよ?」

「そうですけど……」


 暗い表情で俯いたままの星に、エリエが優しい声で言った。


「確かに怖いかもしれない。私も星の気持ちは分かるよ? でも、逃げたってその時は楽になるだけで、後で絶対後悔する……」

「――後悔……ですか?」


 星はエリエの言ったその意味が分からずに首を傾げている。


 だが、エリエのその表情には謎の説得力がある。彼女も以前どこかでそういう経験があるのだろう。


「うん。嫌な事から逃げてもね。必ず後で自分に返ってくるようにって神様が決めてるんだよ? だから、嫌な事にも逃げずに立ち向かわないと……それに星は一人じゃない。私もいるでしょ?」

「……エリエさんも?」

「うん!」


 星は不安そうな顔でエリエを見つめると、彼女は自信満々に首を縦に振った。


(一人じゃない……それに謝って帰ってくるだけなんだから、頑張らないと!)


 エリエの『一人じゃない』その言葉に勇気づけられ、心の中で決意を新たに立ち上がり、再び城に向かって歩き出した。

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