家出3

「さてと、もう遅いし寝ましょうか。ちょっとテントを出すから、星は危ないから少し離れててもらえる?」

「は、はい」


 エリエはコマンドを操作したかと思うと、彼女は現れた座布団程の大きさの青い布の塊を抱え、辺りをうろうろと動き回っている。


「うん。ここが良さそうね!」


 エリエはそう独り言の様に呟くと、草の生えていない地面がくっきりと出ている場所に持っていた布の塊を置いた。


 すると、次の瞬間その布の塊は大きくなり2人の目の前には立派なテントが現れる。


「よし。もう中に布団とかも敷いてあるから、すぐに寝られるよ!」

「そうなんですか!?」


 星が驚いた様子でエリエに尋ねると、エリエは「うん。もうばっちりだよ!」と自信満々に胸を叩く。


 星は半信半疑でテントの中を覗いてみると、彼女の言う通り布団が敷かれていて、目覚まし時計やぬいぐるみなどの小物も数多く置かれていた。


 上半身だけをテントの入り口に突っ込んで中を覗いていたのだが、突然そのお尻を押され中に押し込まれた。


「――きゃっ!?」


 小さな悲鳴を上げると、星の体は布団の上に投げ出され。驚いた様子でテントの入り口を見ると、そこには笑みを浮かべているエリエの姿があった。


 突然背中を押され怒ったのか頬を微かに膨らませて、星は不満そうにエリエに告げる。


「なっ、なにするんですか!」

「えっ? 何っていつまでも中に入らないんだもん。もう眠いし……明日やることも決まったし。ゆっくり休んでおかないとね!」


 エリエはにやりと悪戯な笑みを浮かべると、近くにあったうさぎのぬいぐるみを掴み「それ!」と星に向かって投げた。


 星はそれを胸でがっしりと受け止めると、どうして急にぬいぐるみを投げられたのか分からず、動揺した様子でエリエとうさぎとを交互に見てきょとんとしている。


「あ、あの……これ……」

「ああ、なにもないと寝れないでしょ? 私、ぬいぐるみないと眠れなくて」


 そう言って当の本人も、テントの端に置いてあったくまのぬいぐるみにダイブした。


 それから2人は布団に寝転がりながらテントの天井を見上げているとエリエが、お腹を押さえながらぼそっと呟く。


「うぅ~。なんだか、お腹空いてきた……」

「……えっ!?」


 その言葉に星は驚き思わず体を起こした。


 それもそのはずだ。先程まで串に刺さった肉を30本近く頬張り。さらには、食後のデザートと称し30cmもあるチュロスまで平らげたこの少女は、まだ食べ足りないと言うのだ。

 

 それを見た星は、驚きを隠せない表情で「まだ食べるんですか!?」と彼女に尋ねた。

 すると、不思議そうな顔をして呆気なく「だって横になるとお腹空かない?」とエリエは反論しつつ、飛び起きてコマンド画面を開いて何か探し始めた。


 星は半分呆れたように溜め息を吐くと、横になり手に持っていたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてゆっくりと瞼を閉じた。

 そんな星の体を揺り起こすと、エリエが声を掛けてきた。


「ねぇ~。もう食べないの? 今度のも美味しいよ~」

「うぅぅ……もう、お腹いっぱいで食べられませんよ。寝かせてください……」


 星にそう言われ、エリエは子供のように頬を膨らましてふてくされながら呟く。


「つれないなぁ~。いいもん1人で食べるから! 後で欲しいって言っても、あげないんだからね!」


 星が目を閉じていると、横からむしゃむしゃと口を動かす音が聞こえてきて、それが気になってなかなか寝付けない。


(うぅ……眠れない。何を食べてるかも気になるし……)


 そう思い彼女の方に目をやると、円柱型の茶色い何かを口一杯に頬張っている。

 口に入れているということは、食べ物であることは間違いないのだが、暗くてそれが何なのかまでははっきりと確認することはできない。


 星は気になり思わずそれが何なのか聞いてしまった。


「――なんですか? その食べ物……」

「うあう……こえ……こへあねぇ~」

「…………食べてからでいいです」


 まるでリスの様に頬を膨らませて喋っているエリエに、星は呆れ顔でそう告げると彼女は口を手で押さえながら頷く。


 ようやく口の中の物を食べ終わり。エリエは嬉しそうに、満面の笑顔を浮かべながら話し始める。

 余程、星が自分のお菓子に興味を持ってくれたことが嬉しかったのだろう。彼女はにこにこしながら、食べていたお菓子を星に自慢げに見せた。


「これはカヌレ。フランスのお菓子よ。味は……そうだなぁー。食べた方が分かるかな? はい。あーん」


 エリエはマフィンの様なお菓子を手に持つと、にっこりと笑みを浮かべながら星の方に突き出している。


 手でそれを受け取ろうとしたら、お菓子を持っていた手を引っ込められた為、恥ずかしさから頬を軽く赤らめながら仕方なく口を開く。

 星が口を開けると同時に、エリエは「えい!」と星の口の中にカヌレを思いきり押し込んだ。


「……あ~んんッ!?」


 星は突然お菓子を口の中に押し込まれ、驚き目を丸くさせている。


 それもそのはずだ。お菓子とはいえ、突然まるまる一個を無理やり口の中に押し込まれれば誰だって驚く。


 とりあえず。このままだと息ができずに窒息の恐れがあると、身の危険を感じた星は懸命にもごもごと口を動かし、どうにか口の中のそれを飲み込んだ。


「はぁ……はぁ……はぁ~。こ、殺す気ですかッ!?」


 星は涙目になりながら、怒りに満ちた表情で笑っている彼女の顔を睨む。 


 しかし、彼女は全く悪びれた様子もなく、にこにこと微笑みながら「おいしかった?」と星に尋ねてくる。


「――飲み込むのに必死で、美味しいかなんてわかりません!!」


 星はそんな彼女にに大きな声で言い返すと、エリエは驚きながら目を丸くして「必死に食べるくらいおいしかったんだね。もっとたくさんあるから、たんと召し上がれ」と、嬉しそうににっこりと微笑んでいる。

 どうやら、星の意思は彼女には伝わっていないらしい……。


 エリエは半強制的に星にカヌレを手渡すと、自分もまたもぐもぐと食べ始めた。星も、もう一度パクっと噛み付くと、今度はしっかり味わうように口を動かした。

 その味は、外はカリカリで中はもっちりとした生地で甘く。でも、どこか苦味もある深い味わい。


 ――しいて例えるならば、プリンを濃くしたような味だった。


 数えきれない程のカヌレを食べたエリエは満足したのか、そのまますぐに寝入ってしまった。


 星もさすがに疲れたのか、うさぎのぬいぐるみを抱きながら枕に頭を沈めた。


 普段何も持たないで寝る時よりも、ぬいぐるみを抱いている方が不思議と安心感がある。

 しばらく経って、そのまま星もすやすやと寝息を立てた。



 その翌日。星が目を覚ますと、隣に寝ていたはずのエリエが居ないことに気が付く。

 彼女を探し星がテントの外に出ると、焚き火の上に鍋を乗せて何かを調理しているエリエの姿を見つけて声を掛けた。


「エリエさん。早いですね……」

「あ、星。おはよう! ちょっと待っててね朝食作るから、そうだ。向こうに行ったところに川があるから、そこで顔洗ってきな~」

「はい」


 エリエは遠くの方を指を差して、再び鍋の中を見つめている。


(きっとお菓子作りが上手いから、お料理も得意なんだろうなぁ~)


 星は朝食を期待してうきうきしながら、エリエの言う通りに川へと向かって歩き出した。


 川で顔を洗ってエリエのところに戻った時には、もう朝食の用意ができていた。


「はい。どうぞ!」

「うわ~。おいしそうですね!」


 星は目の前に出された朝食に目をキラキラと輝かせている。


 そこにはオムレツに、いちごジャムをたっぷり塗られたトースト、それとコーンポタージュスープが御膳に置かれていた。


 星は手を合わせ「いただきます」と嬉しそうにオムレツを口に運んだその瞬間。星の動きが止まる。


(……甘い。凄く甘い……)


 そのオムレツは星が想像していたよりも数倍は甘かった。これではまるでデザートだ……。


 手を止めた星が横に座っているエリエに目をやると、彼女はそれを美味しそうにぱくぱくと食べ進めている。


 星は自分がおかしいのかと首を傾げ、今度はスープをスプーンですくい口に運んでみる。

 しかし、結果は同じで想像以上に甘い……っというか。それはまるで、砂糖を溶かしてそのまま飲んでいるかのような錯覚を覚えるほどだった。


「……あの。このスープ少し甘すぎませんか?」


 星が勇気を出してエリエに尋ねると、彼女は「そう? 調度いいよ?」と言いながら、また美味しそうに食べ始める。


 その返答を聞いて「あ、そうですか」と諦めたように呟くと、スープの入った器を見つめる。だが、せっかく彼女が作ってくれたものだ。残すのも悪いと思い仕方なく、甘いスープを少しずつ口に運んだ。


「うぅ~。きもちわるい……」


 星は聞こえないように小さく呟いた。

 何度も心が折れそうになりながら、やっとの思いで朝食を終えた星は、テントの中でぐったりとしている。


 朝から甘い物を食べて気持ちが悪くなったのか、顔色が非常に悪い。

 そんな星を心配してか、エリエが水を持ってテントの中へ入ってきた。


「大丈夫? 凄く顔色が悪いけど……」

「ありがとうございます。ちょっと、気分が優れなくて……でも、少し休めばよくなると思うんですけど……」


 星はそういうと体を起こしてエリエが持ってきた水を飲んで、また横になる。


「気持悪いって言っても。私、回復系のアイテムとか持ってないし……あ、そうだ!」


 そういうと、エリエはコマンドの中から茶色い紙袋を取り出す。それを見た星は、またお菓子でも取り出すのではないかと心配になる。 


 エリエは「ちょっと待ってて」と言い残し、その紙袋を持って鍋の方へと駆けていく。数分後。エリエが水筒を持って戻ってきた。


「効くかは分からないけど、これを飲んでみて」


 手に持っていた水筒の中から、エミルは茶色いお茶のようなものをティーカップに注ぎ入れて星に手渡した。


 星はカップに鼻を近づけ匂いを嗅いでみると、カップの中の液体からはほのかにレモンのような香りが漂う。


「……これは?」

「レモンティーだよ。気持ちが悪い時には、こういうのが効果あるってある人から聞いた事があるんだ~。まあ、ゲームだからどうかは分からないけど、気休め程度にはなるんじゃないかな?」

「へぇ~」


 星はそれを聞いて、安心した様にカップに口を付けて飲んでみる。


 レモンの香りと酸味で口の中がさっぱりする。心なしか胃のむかつきも抑えられた気がする。


「エリエさん。ありがとうございます。少し気分が楽になった気がします……」


 少し顔色が良くなった星の様子に、エリエもにっこりと微笑みを浮かべ。


「そう。なら良かった! でも、あまり飲み過ぎると逆効果だからね。ゲームの中で食べた物は先に入った物から遅い順で3種類の味が大中小って変化するの。お水を飲めばリセットするんだけどね! まあ、一度気持ち悪くなると水を飲んだくらいじゃ効果はないけど……今は効果があったくらいで止めておいた方がいいよ?」

「はい!」


 星は返事をすると「もう少し横になっていた方がいいよ」というエリエの言葉に甘え少し横になった。


 このゲームでは味覚は敏感に調整されている。それは様々な物をゲーム内で楽しめるという観光要素も強めに押しているからだ。

 その中でも【ゲーム内の味覚再現システム】と呼ばれる味覚を再現するシステムは、精巧に作り込まれていることでも有名だ。


 人は本来。情報の殆どを視覚に頼っている為、見た目と味が少しでも異なると違和感を感じてしまう。


 例えるならば、見た目はステーキなのに味が明らかに豆腐だった場合。最初からステーキを食べようと思っていた者は必ず不満を感じるだろう。

 しかし、何の情報もなく目隠しをしてそれ食べさせられれば、全く不満を感じることはない。


 それが、視覚情報と味覚の関係性だ――その誤認識を少しでも少なくしようと、開発当初から試行錯誤を進め。やっとの思いで【FREEDOM】の運営はこの味覚再現システムを構築させた。

 だが、勿論。人が作り出したシステムである以上、自然に生み出された人と同様とまではいかない。

 その結果が今の星の症状とも言っていい。


 再現されたシステムは個々を忠実に再現したことで、複数の食べ物を一緒に摂取することを想定していなかった。

 それが食べ合わせというかたちで、皮肉にも互いの味を主張しすぎて違和感を増幅させてしまうのだ。


 慣れれば、水でリセットして次の食べ物を食べるということが習慣化するが、星はまとめていっぺんに様々な食べ物を口にしたため、脳が不快感を露わにしたということだ――。

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