ログアウト不可

 それから1時間近く2人は剣を交えていたが、途中でエミルが熱が入ってしまい。

 結局は星の方が「参った」というはめになってしまった為、ご褒美を期待していた星にとっては残念な結果になってしまった。


 地面に座り込んで肩で息をしている星に、エミルが声を掛ける。


「さて、それじゃ。そろそろ街に戻りましょうか」

「うぅ……お菓子……」


 今にも泣きそうな表情のまま、星は剣をぎゅっと握り締めがっくりと肩を落としている。


 そんな星を見かねて、エミルは背中側から覆い被さるように星の肩に腕を回すと、そっと耳元でささやいた。


「――大丈夫。星ちゃんの頑張りは伝わったから。約束通り、ご褒美に何かごちそうしてあげるわ!」

「……ッ!?」


 星の頭を撫でながら「本当ですか!?」と、嬉しそうに振り向く星に、エミルは小さく笑みを返す。


 2人は手を繋いで街へと帰ると、何だか街中が騒がしいことに気付く。

 不思議に思ったエミルは、近くにいた剣士とエルフの剣士の男達の話に耳を澄ました。


 すると……。


「おい! どうなってるんだ? ログアウトを押してもエラーが出るだけで落ちれないぞ!?」

「これってやばいんじゃないのか? このままログアウトできなかったら、俺達どうなるんだよ!?」

「いや、まさか……そんな事はないだろう。すぐに運営の方から連絡メールが来るさ!」

「もしこなかったらどうなるんだ? 俺達」

「お前。縁起でもないこと言うんじゃねぇよ!」


 その会話の内容から、事の重大性と緊迫した現状が伝わって来る。


 何かの冗談という気持ちが大きかったが、徐々に不安の方が大きくなってきて……。


(ログアウトできない? そんなバカな……)


 エミルはそう思いながらも、一度自分のコマンドを開きログアウトを試みた。しかし、彼等の言っていた通り、目の前に【ERR】と表示されるだけで何も起こる様子がない。

 

 動揺を隠しながら隣にいる星を見ると、星は不思議そうにエミルの顔を見上げて首を傾げている。


「……星ちゃん。ちょっといい?」

「えっ? どうしたんですか? 顔色があまり良くないですけど……」

「そう? ちょっと疲れちゃったのかもしれない……かな? それより。コマンドを開いて、一番下にあるログアウトっていうところを押してみてもらえるかしら」

「――ログアウトですか?」


 星はコマンドを開くと左下のログアウトと表示されているところを押した。

 すると、星の目の前にも【ERR】と表示されるだけで、自分が間違ってるのかと思い何度か押したが特に何も起こらない。謎の項目を何回か押した後、星は不思議そうに首を傾げた。


 それもそのはずだ。今日がゲーム初日の星にとって、ログアウトがどういう意味なのかさえ彼女には理解できていなかったのだ。


「押しましたけどERRって出ますよ?」

「そう。やっぱり……」


 エミルは顎の下に手を当て、深刻な顔で考え始めて黙り込んでしまう。

 それを見た星もタダ事ではない雰囲気を感じ取ったのか、あえて何があったのか聞き返そうとはせずに、ただただエミルを見つめていた。


 そうこうしている間にも、時間は刻々と過ぎていき。気が付くと、すでにリアル時間の夜10時半を回っていた。

 さすがにこの時間になると、本能的に小学生の星はうとうとし始める。


「あの、エミルさん。私そろそろ寝ないといけないので、このゲームを止めたいんですけど……」

「えっ!? あ、うん。そ、そうね……でも、もう少し待っててもらえるかな?」

「えっ? あ、はい……」


 エミルは眠い目を擦る星の方を振り向きぎこちなく笑うと、再び深刻な顔で考え込んだ。


 その時、2人に運営からのメッセージボックスにメールが届く。


 星はそれを開ける方法をしらないので、エミルがそのメッセージに目を通す。


 その内容は……。


『本日11時より。今回のログアウトできない問題について、緊急の会見を開きます。皆様、近くの街の大型モニター前に集合して下さい。』


 っというものだった。


 各街には、広場の時計台に大きなモニターが備わっている。

 普段はオリンピックの中継やワールドカップなど、運営によるスポーツ観戦イベントや年末のミレニアムイベントなどでしか使われない。


 それ以外では、企業の広告などが淡々と流れるつまらないものでしかない。


「さすがにログアウトできないのは重大な不具合だものね。運営も会見を開くしかないんでしょう。とりあえず、モニター前に行きましょうか!」

「……は、はい?」


 エミルはそう言って、全く状況を読み込めていない様子の星の手を引くと、街の中心にあるモニターが埋め込まれている時計台へと向かって歩き出した。


 2人がしばらく街の中を歩いていると、道のあちらこちらで聞こえる「ログアウトできない」という悲痛な声が、星の耳に嫌というほど入ってくる。


「あの。さっきから、街のあちこちで言ってるログアウトっていったい……」


 星は足を止めると、エミルの顔を不思議そうな顔で見げながら尋ねた。


 その星の問いに、エミルは険しい表情で言いにくそうに口を開いた。


「えっと……ね。ゲームを起動するのをログインって言うんだけど、その反対にゲームを止める事をログアウトって言うの……」

「……えっ? それじゃ、ログアウトできないって事は……」

「そうなの。星ちゃんももう分かってると思うけど、ゲームを止める事ができないって事なのよ……」


 星はそれを聞いて、事の重大さをやっと理解できたのか瞳に涙を浮かべると、まるで捨てられた子猫のような瞳でエミルの顔を見上げる。


「だ、大丈夫! さっき運営からのメールを見たら何か対策されるって書いてあったし。すぐに現実世界に戻れるから、泣かないで……ねっ?」

「……は、はい」


 星は必死に涙を堪えると、不安そうな表情でエミルの腕を掴む。


 だが、星が不安になるのも無理はない。ゲームを起動した初日に、こんな大事件に巻き込まれたのだ。


 しかも周りには、自分よりも年上の人達が泣き喚いたり怒号を上げたりしている中で、不安にならない方がおかしい。

 しかし、不思議と星は何とかなりそうな気もしていた。それは横にいるエミルの存在が大きかったのかもしれない。


 今まで家では、母親もフルタイムで働き、帰りが遅くなることがほとんどで、学校では理不尽なアダ名を付けられて罵られ、煙たがられる日々を送っていた。

 大人は助けに入るどころか『見て見ぬふりをする。』というのが普通で、そういうものだという認識が彼女の中で固まりつつあった。


 しかし、この世界では1人ではない。例え、いつかはこの世界でも1人になるかもしれない……。


 でも、今は隣にエミルという頼りになる大人がいる。それが今の彼女にとって、とても心強く感じでいた。


 星達がモニターのある時計台に着いた頃には、もう多くのプレイヤー達が集まっていて、運営からの放送を今か今かと待っていた。


 2人は時計台から少し離れた場所に置かれた木製のベンチに腰を下ろし、その時がくるのをずっと待った。


「くそっ! ログアウトしたら絶対に運営を訴えてやる!」

「もう。早く自分のベッドで寝たいのに……」

「あーあ、このゲームのせいで学校に行かなくて良くなると思って楽しみにしてたのに、もう終わりかよ……」


 など周りからは様々な声が上がっている。


 そんな時、時計台の鐘が鳴り響き11時を知らせる。


 っと同時に、目の前の巨大モニターに【Freedom】っと大きく映し出され、このゲームのPVが流れる。

 それが終わると、画面が急に切り替わり黒マント姿の人物が写し出された。


 その瞬間周りのプレイヤー達から「ふざけんじゃねぇー」などと怒号が飛び交う。


 だが、そんな声が上がるのも当然だ。その画面の人物の顔には白い犬?狼?らしき覆面を被っていたからだ。


「こんばんは、皆様。私達の厚意を気に入って頂けたかな?」


 男の口から出たのは謝罪の言葉ではなく、人を馬鹿にするような『厚意』などという言葉だった。


 もちろん。それを聞いていた周りの反応も激しくなるのは当たり前のことで――。


「ふざけんじゃねぇー!!」

「変な覆面取って謝罪しろ! 謝罪!!」

「上の人間に代われよ! 犬!!」


 暴言が激しく飛び交う中、誰かがダンベルを勢い良く画面に向かって投げつけた。

 真っ直ぐに飛んでいったダンベルは、画面の直ぐ下の時計台の外壁に突き刺さって止まる。


 それが見えているのか見えていないのかは分からないが、モニターの覆面の男が言葉を返す。


「ほお。私の最高のもてなしはお気に召さないようだ。だが、おかしな話だ――君達はゲームという幻想の世界を思う存分堪能しているはずなのに。どうして、それに怒りという感情が生まれるのか、私には理解できない。まあ、分かりたくもないがね……君達はこのVR世界に染まり過ぎて現実とゲームを混同している節がある。それが原因で昨今では、ネットでの犯罪の横行、イジメや、殺人。全てゲームが悪いとは言わないが。しかし、ネットがそれらに深く関わってきているのは事実――君達のようにゲームに依存する脆く弱い存在は、もう、我々人類には必要ない存在なのだよ……」


 その男の話を聞いて、周りは静まり返った。


 それもそのはずだ。その男の言動は常軌を逸してるものだったからだ――その言葉はまさに、身勝手としか言いようのない理不尽なものだった。


 困惑している者達を置き去りにするように、男が再び話し始める。


「それに君達が何を叫ぼうが、このゲームは今から、我々『シルバーウルフ』の管理下に置かれる。それは即ち、君達の命は我が手の中にあると言っても過言ではない。もし、私がここで即刻このゲームのデータを破壊すれば、今現在データとして存在する君達は完全に消える。つまり【Delete】だ――魂は肉体に宿って意味を成すが、もしここで魂を消してしまうという事は、それすなわち……君達の現実での死を意味するわけだ。そしてもう一つ。私達は重要な事実を君達に伝えなければならない。我々『シルバーウルフ』は今日、全世界にゲームとネット世界の排斥を要求する!」


 広場に集まった皆が生唾を呑み込んだ。


 モニターの向こうの彼の言葉の全てが無茶苦茶だった……しかも、男の話はあくまでも推測に過ぎない。


 言っても『たかがゲームに魂を取り込まれる?』そんなことあるはずがないし、あっていいはずもない。だが、ここに居る誰もが分かっていながらも、それを否定することができなかった。


 ログアウトできない今の状況からして、画面の中の男が全て嘘を言っているようには決して思えなかったからだ。 

 それは何者かが意図的にシステムを操作しているということで、それが彼が言うシルバーウルフという組織ならば納得が付くからに他ならない。


 少しの沈黙の後、男はまた言葉を続ける。


「しかし、一方的にゲーム内に閉じ込めるだけで、脱出する手段が無いというのも不公平だろう。それは私の美学にも反している――なので、君達にチャンスを上げよう。このゲームのフィールドのどこかに存在する隠しダンジョン【現世界元の洞窟】がある。そこの最深部にある【現世の扉】を潜れば現実世界へと戻れる。しかし、参加パーティーのメンバーのみだ。せいぜい足掻いて見せてくれたまえ……それでは、健闘を祈る。ゲーマーの諸君……」


 その言葉を最後にモニターは真っ黒になり、辺りは静まり返っていた。


 状況が整理できないのか、その場に居たプレイヤーは何が起きたのか分からず、皆途方に暮れるしかなかった。

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