第5話

翌日。


「ふぁ~あ」


授業が一旦終わり、昼休みに入ると進吾は大きな欠伸をした。

上半身を伏す様に、べったりと机に乗せている。


「眠そうかつ怠そうだな。また夜遅くまでネトゲやってたのか?」


いつも進吾とつるんでいる友達の一人が、呆れた顔で話しかけてきた。

気だるげに手を振り、進吾は否定を返す。


「いや、昨日は11時には寝たさ」

「じゃあ、なんでそんな眠そうなんだよ?」

「ネトゲで負けたのが悔しかったみたいで、寝付けなかった」

「結局ネトゲ絡みじゃんか」


更に呆れたような表情になる男子学生だったが、窓の外で煌々と照る太陽を恨めしそうに見やり、言葉を続けた。


「まぁ、この暑さじゃあ怠くなる気持ちは大いにわかるけどな……」


今は7月初旬。

そろそろ夏休みも近づいてくる時期である。

うだるような熱気が、教室中を支配している。


「クーラーが欲しい。切実に。扇風機が今すぐクーラーに変わってくれたりしないかな……」

「それは本当に思う」


二人は頭上で回る扇風機を呆然と見つめる。

爽やかな風を送るはずの扇風機は、生温い風を眼下の生徒達に吹きつけていた。

そんなもわっとする熱気の中、進吾達に近づいてくる影があった。


「外村くん!!」

「ひっ!」


進吾の机に強く手をつく女子生徒。

それとほぼ同時に、進吾は情けない声をあげて大きく後ずさった。

ガタン、と勢い良く椅子が倒れた音が教室に響き渡り、周りの生徒の視線が一手に集中する。


「今日こそ、今日こそは私達女子と一緒に昼食を食べましょう!」


女子生徒は、進吾に向かって大きな声でそう言った。


「またその案件か……」


倒れた椅子を元に戻しながら、呆れた声で言う進吾の友達。

椅子の音に反応した他の生徒達も、『いつもの”アレ”か』と異口同音に唱え視線を戻した。

男子生徒は、最大限女子生徒から距離を取ろうとしている進吾を庇う様に前に出て言った。


「多分、今日も無理だと思うよ。委員長」


委員長と呼ばれた少女はそう言われてムッとした表情をする。

意思の強そうな瞳を持つその女子は、このクラスの学級委員長である。


「無理かどうかは試してみないと分からないと思います!」


腰に手を当てながら、委員長は力強く話す。

彼女と対照的に怯えきった様子で弱々しく見える進吾は、力なく答える。


「いや、無理無理。無理だって……」

「無理だと思うから、無理なのです。食わず嫌いは大抵の場合、本人が変な先入観を抱いてる為に起こるのであって、いざ味わってみたら普通に食べれたりするものです」

「お、俺のコレは、食わず嫌いとかそういうもんじゃなくてだな……」


そんな会話をしている間にも、徐々に後退していく進吾。

進吾のそうした態度が気に喰わないのか、委員長は眉間に皺を寄せて話す。


「私は、別に意地悪をしようとしている訳ではないのですよ」

「い、いや、人に出来ないことを無理矢理させるのは意地悪を通り越して非道だと俺は思うけどな……」


その時、既に教室の端まで下がっていた進吾の側のドアが開いた。

クラスの女子生徒の集団がぞろぞろと楽しげに会話をしながら入ってくる。

彼女たちの手に持つパンや飲み物から察するに、購買でお昼ご飯を買ってきて戻ってきたところなのだろう。

必然、女子生徒達はドアのすぐ近くに居た進吾の側を通ることになる。そして、彼女らが通りかかる際、進吾と接触しそうになり――


「う、うわぁ!」


ほとんど悲鳴に近い声を上げて、進吾は前方に逃げようとする。

だが、前方には委員長が居たことを思い出し立ち止まり、前方後方共に確認して逃げ場が無いことを知り、身を守るように頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

それを見た委員長はため息をつきながら言う。


「ここまで情けないと呆れてものもいえませんね……」

「委員長」


進吾の友達が委員長に目配せをする。

その目は言外に、「この様子では、無理だろう?」と語っていた。

ぐぬぬ、と悔しそうな表情をする委員長。

そしてその視線の先には、相変わらず震えてしゃがみ込む進吾の姿があった。

彼の友達が言う。


「さっき委員長は食わず嫌いを例えにあげていたが、こいつのコレはアレルギーみたいなもんだ。もうすっかりトラウマになっちまってる。委員長の言うような荒療治をしても拒否反応が出るだけだ。こいつは――」


さて、読者諸氏は凡その見当がついたのではないだろうか。

進吾が委員長や他の女子生徒を避けるその理由。


「こいつは、女子が怖くて仕方がないんだよ」


進吾は、女性恐怖症であった。

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