華~memento mori~

アルエ・L・クラウス

第1話 RUN!RUN!RUN!

この国では軍がすべてだ。


軍を強化するため、3年前から力を入れて集めだしたのが『ミッシング・ブレイズ』と呼ばれる人物たちだ。この国では「水」「火」「地」「風」といった4種類の力のうち一つを授かって生まれてくる。それらに属さないのが『ミッシング・ブレイズ』と呼ばれる人物だ。彼らは多大な力を秘めているために、物心ついたころから施設へと集められ、力を制御できるようになるまで特訓を受け、軍へと配属されていくようになる。そんな彼らのことを別名『LACK』と呼んだ。



「ぶえぇぇえっくしょーーん」

物心ついた時から、ここにいるわけだが入った時から部屋には誰もいない。

いるのは真っ黒な毛並みの猫が一匹。名前は勝手につけてもかまわないということだったのでジルと名付け、唯一の話し相手になっている。

ここに来てから6年経っているわけだが、施設の外へと出してもらったことはない。来る日も来る日も訓練ばかりで、部屋に戻ってきても部屋の四隅に置かれている監視カメラによって24時間ずっと監視されている状況だ。

外がどういう天気なのか、何が流行っているのかとかはまったく知らされていない。ただ、わかるのは季節だけでコンピューター制御された空調や天井に映し出された空の様子から感じ取れるだけだ。そして、今の季節は冬らしい。


俺の名前はヴァントルード。しかし、ここでは名前で呼ばれることはない。コード名がつけられており、俺は『LACK-00』と呼ばれている。俺以外にここには5人の人物がいるが、たまに訓練で顔を合わす程度で詳しくは知らない。

不自由は何一つないわけだが、退屈ではある。


抜け出そうと考えるやつもいるそうだが、俺もここに来た最初の1年はなんとかして家へと戻ろうと試みた。しかし、監視カメラ及び軍人が各所で配置されており抜け出すことなんて無謀だとすぐに悟った。それからは、素直に訓練に従って過ごしている。ある程度、自分の力を制御できるようになったら指令が出て戦場へと向かうことになる。そこでは前線に立ち、人を殺めた。最初のうちは国民たちから戦場へと戻ってくるときに冷たい視線を浴びて、こそこそと言われた言葉に深く傷ついて精神的にやばかった。その影響なのか、たまに力が暴走して自分自身で制御できなくなることが何度かあった。それを見かねてなのか、軍は俺たちを管理しているF・R・C(Force・Research・Contorol)が開発したミッシング・ブレイズの力を押さえつけるブレスレットを装着させられた。それからは、自分の力が暴走することはなく、落ち着いた日々を過ごしていた。


今日の訓練は終わり、部屋へと戻ってきてソファへと深く腰掛けた。それと同時に深く息をついた。それと同時に天井を仰ぎ見る。視線の先には俺を監視しているカメラが映る。突然、足元にくすぐったい感触がした。そこには唯一の話し相手である黒猫のジルがすり寄っていた。

「んだよ、餌なら用意してあっただろ?普段ならよってこないのに、今日はどうしたんだ?珍しいこともあるもんだ」

そういうと、ジルはじっと俺を見てまるで鼻で笑うかのように息を吐いた。

「おい、今俺のこと軽くバカにしなかったか?なんか、むかつくんですけど」

ソファへと寝ころびながら、近くにあった本に手を伸ばし読もうとした。すると頭上から聞いたことのない声が聞こえてきた。


「あんたが本当にバカなんでしょ?」


その声に驚いて、慌てて体を起こし辺りを見渡す。しかし、声の主は見当たらない。空耳か?疲れてるんだろうと自分に言い聞かせて、再びソファへと横になった。しかし、再び声は聞こえてきた。

「目の前にいるのに気づかないわけ?」

再び体を起こす。しかし、声の主はやっぱり見当たらない。部屋にいるのは俺と猫であるジルだけだ。ん?ジル…いや、まさか、猫がしゃべるなんて聞いたことないし。じっと見つめながら考え込んでいると、ジルはソファへと飛び乗ってきて俺の隣へと座った。そして俺は自分を疑う光景を目の当たりにする。

「自分の目に映っていることが夢だとでも思うわけ?ならば、爪でひっかいてあげようかしら?」

「んなあぁっ!!ジ、ジルがしゃべってる?え?なんで??」

「さぁ?あなたがあまりにも私のことを冷めた目で見るもんだから文句の一つでも言ってやりたいわと思っていたら、しゃべれるようになってたわ」

「なんだよ、その適当な感じ。まぁ、しゃべられないよりはしゃべってくれたほうが俺としては話し相手になるからありがたいけどな」

そうは言ってみたものの、目の前の状況についていけていない自分がそこにはいた。気持ちを落ち着かせるために、再び手にした本に視線を落とした時だった。ジルが突然右から左へと流せない言葉を発したのだった。


「ねぇ、ヴァン。ここから外へと出たくはない?」

何を突然言い出すんだ、この猫は。今まで何度も脱走しようとして捕まっては戻されを繰り返し、それに疲れてあきらめていたというのに。何よりもこの腕にはめられているブレスが制御装置であるのと同時に着脱はF・R・Cの責任者しか着脱することができないものなのだから。それをいきなりしゃべれるようになった摩訶不思議猫に外すなんて高等なことできるわけない。

「このブレスを外すことも、施設から抜け出すことも皆無に近いってことはジルも知っているだろ?突然何を言い出すかと思ったら、冗談なら夢の中だけにしてくれよ…って、やっぱりこれは夢なのか?」

「夢だと思うなら、目の前で今言ったことを実現してあげるわよ。それで夢じゃないと実感するといいわ」

ジルは、俺の足に飛び乗って腕に装着されているブレスへと顔を近づけた。それと同時に軽く息を吹きかけた。すると、しっかりとはめられていたブレスが床へと落ちた。

「なんで今まで外してくれなかったんだよ!!さっさと外してくれたら、こんな退屈な場所すぐにでも抜け出したってぇのに」

「しょうがないじゃない。しゃべれるようになったのだって、こういう事ができるようになったのだって今さっきだもの」

そうだ。なんで急にジルがしゃべれるようになったのかがいまだに不明ではある。このタイミングで一体何がこの摩訶不思議猫に起こったというのか…。

「なんでしゃべれるようになったんだよ」

「たぶんだけど…前世の記憶を思い出したから、かしら?」

「前世の記憶?なんだよ、それ」

すると、ジルは俺の目を真剣なまなざしでしっかりと見つめながら言葉を続けた。

「やるべきことを思い出したってとこかしらね」

「やるべきこと?それって、なんだよ」


「『華』を持つものを捜し、そして殺せ。ヴァンが殺さなければ『華』は死ねない」


突然の言葉に、頭がついていかない。その言葉に対して、どう反応していいのかもわからない。なんで俺が『華』を殺さないといけないんだ?それをなぜジルが俺に伝えたんだ?わからないことばかりで、頭がパンクしてしまいそうだ。

「なんで俺なんだ?ほかのミッシング・ブレイズでもかまわないんじゃないのか?」

その質問にジルははっきりとした答えは返してくれなかった。ただ、俺じゃないとダメだの一点張りだ。このまま、この施設にいたところで俺は訓練と指令の二通りのことしかやることはない。だとしたら、ジルの言葉を信じてここを飛び出すというのもありなのかもしれない。たとえそれが、険しい道だとしてもだ。

迷っている俺にジルは言葉を投げかけた。

「ヴァンが迷うのも仕方がないけれど、貴方はここに留まってていい人じゃないわよ?外で起こっていること、貴方が知らなければならないことはたくさんあるわ」

「知らなければいけないこと、か。確かに俺は無知なのかもしれないな」

俺が知っている空はこんな無機質な空じゃなかった。もっと高くて遠いそんな空だったはずだ。もう一度、あの空をこの目で見たい。そして、俺が知るべきことがなんなのかを確かめたい。


そう、最初は興味半分だった。


そんな軽い気持ちだったんだ。


「わかった。ジルの言葉を信じるというか真意を確かめるためにもここを出るよ」

「ありがとう。ま、それでこそ私の話し相手だわ」

「なんだよそれ。それにブレスも外してもらったからな」

「これでやっと役目を果たせる」

ジルの役目が一体何なのか、気になったけれど今は確かめている暇はない。すぐにでもここを脱出しなければ俺の気持ちは変わってしまうかもしれないからだ。

「さてと、するべきことは一つだな」

「そうね、早速だけどここから逃げ出してもらえると助かるわ」

「簡単に言うなよ、施設の構造は俺が動ける範囲でしかわからないんだから」

施設内では俺は一人では動くことはできない。必ず軍人が2人もしくは4人ついている。動ける範囲も決まっているから、しっかりと把握しているわけではないけれど外へとつながっている道は覚えている。そこまで、ここから普通に歩いて15分程度ってところだ。ブレスは外してもらった。力は存分に発揮できるはずだ。

「それじゃ、行きますか」

腰を上げ、扉の近くへとゆっくりと歩き出す。右手を扉にかざし、気持ちを落ち着ける。閉じていた瞼を開けると同時に扉は外側へと飛んでいった。

それと同時にけたたましく警報音が響き渡る。ものの数分もかからずと軍人たちがこの部屋へと駆けつけてくるだろう。その前に俺はここから走り出さなければならない。

「行くぞ、ジル」

「えぇ」


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