援護
両手を広げて、ジェズアルドが断言した。まるで、何かを受け止めようとする仕草に、アーサーの胸中が掻き乱される。
真祖を殺せば、この地獄も終わる。家族を大切な人を奪った、カインを殺せば。
「どうです、試してみては?」
挑発的な笑み。まるで、自分を殺せとでも言うように。義手が軋む程にナイフを握り締め、アーサーはジェズアルドを睨んだ。
「……このナイフで、カインを殺せる。カインを殺せば、この国を救うことが出来る」
それはまるで呪詛のように、アーサーの心に絡み付く。殺せ、カインを殺せ。そんな幻聴まで聞こえてしまいそうな程だった。
……だが、
「ならば、肝心のカインは何処に居るんだ?」
肝心のカインは、一体何処に居るというのか。アーサーの一言にジェズアルドが驚愕し、しかし妙に満足気に笑った。
「……どういう意味ですか?」
「この、アベルの憎悪が籠ったナイフでなら、カインを殺せるかもしれない。それなら、カインは何処に隠れているんだ? 『弟』である貴様なら、知っているんじゃないか?」
「あっはははは! 正解です、正解ですよアーサーくん!」
狂ったように笑う、ジェズアルドと名乗る吸血鬼。最初に見た瞬間からわかっていた。この男は、真祖カインなんかではない。しかし、カインととてもよく似た容姿をしている。
ならば、正体なんかすぐにわかる。
「あーあ、残念。間違えて刺し殺そうとしたものなら、たっぷりと苛めて差し上げよう思っていたのに。カインに間違われることは不愉快ですが、いざお決まりのやり取りが無いとそれはそれで物足りないんですよね」
そう言って、吸血鬼がアーサーの元まで歩み寄る。否、違った。
「では、正解したご褒美に。どうぞ、二人は展望台です。そこのエレベーターに乗れば、直通で行きますよ」
擦れ違い際に、奥に見えるエレベーターに目配せして。ついでに、と言わんばかりにアーサーの両足に視線を落とす。
「それから、その足……途中で転んだりしたら、格好悪いですよ? せめて、最後の瞬間まではちゃんと歩けるように。これは、『命令』です」
その瞬間、冷たく鋭い衝撃が身体の隅々まで駆け抜ける。反射的に距離を取ろうと、床を蹴り後ろへ飛ぶ。
同時に気がつく。足が、軽くなっている。痛みも軽減しており、歩くくらいなら何とかなりそうだ。
「ど、どうして」
「僕の役割は、これで終わりですので。後はお任せします。そのナイフはきみに預けておきますので、大切にしてくださいね?」
それでは。吸血鬼がアーサーに背を向けて、立ち去ろうと歩みを進める。だが、ふと思うことでもあったのか、立ち止まってアーサーを見た。
そして、いつもの嘲笑を顔面に飾る。
「それでは、また。近い内にお会いしましょう。アーサーくん」
断る間も与えられず、今度こそ紅い吸血鬼は去って行った。不穏な言葉を残されて、アーサーは呆然と立ち尽くすしかなく。
いや、立ち止まっている暇はない。
「……サヤ!」
何とか動くようになった両足で駆け、一階で止まっていたエレベーターに飛び乗る。扉が閉まるのを待つのさえもどかしい。
「早く、早く……!」
焦るな、焦っても仕方がない。そう言い聞かせるも、急ぐ心はもう押さえられない。やけにゆっくりと、頭上の数字が増えていくのを見守る。階段の方が早かったかとさえ後悔し始めた時、漸くエレベーターの扉が開いた。
待ち切れず、両手で押し広げるようにして外に出る。
「サヤ!!」
アーサーが叫ぶと同時に、サヤの悲鳴が辺りに響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます