存在しない筈の吸血鬼
※
アーサーとサヤが犯した、たった一つの勘違い。それこそがテュランの策略の骨幹であり、それが成功した時点で彼の勝ちだった。
「ジェズアルド、だと……それなら、第一上級学校に居たあの吸血鬼は」
「彼はヴェルマーくんと言いまして、階級で表すなら上級貴族の方でした。まだお若い方だったのですが、カインの血筋を色濃く残していた為にそれなりに実力はあったみたいです。まあ、きみがとっておきの切り札を持っていたことと、戦い慣れていなかったことが原因で無様に死んでしまったようですが」
クスクスと、ジェズアルドが嘲笑する。そう、アーサーが殺した吸血鬼は偽物だった。ジェズアルドは目立つ見た目の割に、人間側には大した情報が渡っていないことは予め探ってあった。だから、替え玉を使って『ジェズアルドが死んだ』という状況を作った。
テュラン自身が捕らわれるというのも、計算の内だ。そうすれば、人間の意識は残った人外とヴァニラに向けられることになり、ジェズアルド自身は自由に動けるようにしたのだ。
「計算外だったのは、テュランくんがパニックを起こしてしまったことと、ヴァニラさんが終末作戦をすぐには実行しなかったこと、ですかね」
「アンタが軍服を着て来やがったことも、計算してなかったケドな」
「あれ、そうなんですか。どうです、結構似合うでしょう?」
ジェズアルドがテュランを見て、わざとらしく首を傾げる。助けに来いとは言ったが、やり方などは彼に一任していた。
だから彼が軍人に紛れ込んだことも、ふらついた自分を支える振りをしてコートの下にリボルバーを隠し持たせたこともジェズアルドの独断である。
「まあ、良いです。そういうことなので、テュランくんは落ち着いて、深呼吸でもしていてください。あとは僕が何とかしますので」
「き、吸血鬼が一匹増えたくらいで何が変わるというんだ!? 撃てっ、撃てぇ!!」
ローランが顔面を青くしながら、餓鬼のように喚き立てる。だが、どの人間も引き金を引こうとしなかった。
いや、引けないのだ。
「お前達……!! 私の言うことが聞けないのか!?」
「聞けませんよねぇ? だって、僕が『命令』しているんですもの」
そう言って、ジェズアルドが自分とテュランに銃を向ける人間達をゆっくりと見渡す。視界に並ぶ顔は皆、困惑と驚愕、そして恐怖に歪んでいた。
無理もない。テュランも最初にジェズアルドと出会った時、同じように痛い目に遭ったのだから。
「僕は荒事が苦手なんですよ。なので、大人しくしていてください。何なら、銃も足元に捨てちゃってください」
ジェズアルドが指示した瞬間、向けられていた銃が次々と床へ放られる。誰も彼に逆らおうとしない。
「ど、どうして」
「言葉、とは不思議な能力だと思いませんか?」
困惑するアーサーに、ジェズアルドがにっこりと微笑する。わざわざ説明してやる必要があるのか疑問だが、テュランには口を挟むことはしなかった。
「よく、映画などであるでしょう? 妙な呪文を口にしながら、魔法と呼ばれる不思議な能力を使うような演出。あれ、あながちデタラメではないんですよ。言葉には力があり、それこそが本当に魔法と呼ばれる超常現象なんです」
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