鎖
※
「……なんかさー、この服……デカくない? 色もなんか地味だし」
「文句を言うな。服なんて手配する時間なんか無かったんだ……それに、これは殆ど着てないから新品同然なんだ」
「あ、これアンタのお古だったっけ? うわー、センスねぇなー。顔はカッコイイのに、もったいねー!」
「……殴られたくなかったら黙って着ろ」
部屋の中から聞こえてくるやり取りに、思わず笑ってしまう。アーサーには無理を言って、テュランに着せる服を用意して貰っていた。とは言っても、ローランのスケジュールが立て込んでおり中々話が出来ず、許可が降りたのがつい先程だったのだ。
そして、この緊急事態において服を用意するのが意外と難儀で、結局アーサーの私服から何着か譲って貰ったのだ。テュランとアーサーとでは多少の体格差があるが、着られない程では無いらしい。
流石に男性の着替えに手を出すことは憚られた為、サヤは部屋の外で大人しく待っていることにしたのだが。
「つかさ、アンタの身体……大部分が機械じゃん。何でそんなに筋肉質装ってんだよ、腕も肩幅もぶかぶかじゃん」
「……悔しかったらお前も鍛えたらどうだ? 何なら、泣くまでみっちりしごいてやろうか」
「アッハハ、こえー。でも、それ楽しそうかもな」
会話の内容が友人か、兄弟のようだ。こんなことを言えば、きっと二人から怒られてしまうのだろうが。
こんな風に穏やかな時間が、ずっと続けば良いのに。それを終わらせる足音が、ついにサヤの元に訪れてしまった。
「失礼します。サヤ様、アーサー様。もうすぐお時間です」
やって来たのは、背が高い細身の男だった。アルジェント国軍の軍服に、軍帽をきっちりと被っている。今日のように大統領の演説がある日は、軍に属する者は
最も、サヤとアーサーは軍人ではあるものの所属が特殊な為に、今日も普段通りのスーツ姿である。
「アーサー様は、速やかに閣下の護衛任務に移行してください。彼はサヤ様と自分で移送します」
「ああ、わかった」
そう頷いて、アーサーが部屋から出る。前もって打ち合わせしていたことに、何も変更は無いらしい。
「では、俺は先に行くから。サヤ、後のことは任せたぞ」
「ええ、了解」
足早に、次の任務へ向かうアーサーを見送るサヤ。着替えは既に済んだのだろう。部屋を覗いてみれば、少々サイズの大きいカーキ色のモッズコートに不満そうにしているテュランが居た。
「ねー、お姉ちゃん。ヒーローの私服、どうにかした方が良いんじゃないの?」
「うーん、そもそも私達……殆ど私服を着る機会がないから」
それにテュランが不貞腐れる程、彼の着こなしは悪くはないと思うのだが。フードについた埃を取ってやっていると、軍服の男がコツコツと靴音を響かせて部屋に入ってきた。
その手が握るのは、冷たく光る銀色の手錠。
「サヤ様、時間が無いので……失礼します」
「えっ、あ……」
男がテュランの手を取り、手錠を嵌める。特殊な合金で作られたそれは、たとえ人外であろうとも力ずくで壊すことは難しい代物だ。更には腰にも鎖を付けられてしまえば、テュランが顔を
「……なんか、無理矢理ハーネスを付けられた犬の気持ちがわかるな」
「腰の鎖は会場に着き次第外しますが、手錠はこの部屋に戻るまで嵌めたままでと事前に伺っております。サヤ様、間違いはないでしょうか?」
「ええ……それで良いわ」
淡々と己の仕事を進める男を前に、サヤは自分の心が浮ついていたことを思い知らされてしまう。
テュランは、アルジェント国の存亡を揺るがした最大の殺戮者なのだ。
「……少し早いですが、そろそろ参りましょう。私が後ろに付きますので、サヤ様は前を」
言って、男が鎖の先をサヤに差し出す。少々長めに調整されているそれを手首に巻いて、軽く引っ張ってみる。
じゃらり、と。耳障りな音が鼓膜を擦る。
「わかったわ。では、行きましょうか」
放送は、大統領の会見を含めたとしても一時間程。その時間を乗り切れば、テュランをゆっくり休ませてあげることが出来る。
「……ねえ、お姉ちゃん。顔、怖いよ?」
振り返った途端、テュランが呆れ顔で笑った。つられて、サヤもふっと笑みを零してしまう。
「ん……なんか、私の方が緊張してるみたい」
「あはは、何でだよ? 普通、逆だろ」
「ふふっ、そうよね」
大丈夫。何も心配することはない。私は、テュランを信じると決めたのだから。
「それでは、行きましょうか」
テュランが頷くのを見て、サヤは部屋を出る。時刻は丁度、放送が始まった頃だろうか。遅れないようにしなければ。そんな焦りが、鎖を引く手に伝わってしまったのだろうか。
「あ、待ってお姉ちゃ……う、く」
「っ、トラちゃん?」
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