焦燥
「テュランを奪還する為だけの、ヴァニラの虚言である可能性もありますが……それさえも判断出来ないのは不味いですね」
「全ての人間を苦しめる、とまで言っているのですから……やはり、核兵器を狙っているのでしょうか」
サヤからの報告を踏まえ、アーサーが思案する。アルジェントは、軍事帝国の名に相応しい規模の核兵器を保有している。しかし、それは最重要機密であり、サヤやアーサーですらその保管施設の場所を知らされていない。
今この場で知っているのは、ローランだけだ。
「今のところ、施設の近辺で目立った異変は確認されていない。人外達が核を狙っているとは考え難い上、現実味が無いな」
ローランが力無く、首を横に振る。一瞬で大量虐殺が可能な核兵器は、人外にとって理想的な兵器のように思える。しかし、その威力はアルジェントという国を一つ吹き飛ばすだけでは済まない。間違いなく人間、人外の両者が一瞬で業火に焼かれ消し炭になるだろう。
それに、テュランが望む『地獄』とは何かが違うように思える。これまでの言動から察するに、彼が抱く人間への憎しみはアーサーの想像を大きく超えている。凄まじい憎悪が、テュランが持つ天性の才能を際限なく底上げしているのだ。
そんな彼に、人間はどうにか立ち向かわなければいけないだなんて。
「……やはり、テュランに何としても吐かせるしかないのではないか?」
ローランが言う。サヤの表情がぴくりと強張った。そうだ、アーサー達は他でもないテュランの身柄を拘束しているのだ。終末作戦という実態を解き明かすには、最早テュランに直接暴かせるしかない。
「拷問でも、自白剤でも何でも良い。速やかにあいつから詳細を吐かせ、人外が行動を起こす前に鎮圧させる。ヤツらが大人しくしている今が好機だ」
「閣下、しかし――」
「閣下、テュランは我々が考えているよりもずっと狡猾な男です。ただ苦痛による尋問では、吐かせるどころかヤツの思惑へ巧みに誘導される可能性があります。それに、強力な自白剤を使えば大した情報を聞き出す前に死亡してしまうかもしれません」
サヤの言葉を遮るように、アーサーが言った。正直なところ、テュランはこの手で殴り殺したい程に憎い。しかし、サヤの気持ちが痛い程伝わってくるのだ。
それに、テュランを擁護していたジェズアルドは既に亡き者にした。それは、人外側に確かなダメージを与えている筈。
焦る必要は無い。
「愚見を申しますと、テュランを説得するのはどうでしょう?」
「説得だと?」
「はい。これ以上被害を増やさない為には、人外の武装を解除させることが最善かと。そして、それを可能にさせるのはテュランの言葉でしか有り得ません」
「アーサー、お前……冗談を言っている場合ではないのだぞ」
「冗談ではありません。テュランを説得することさえ出来れば、終末作戦の詳細を聞き出すことも可能です。何なら、彼が望むものを与えても良いでしょう」
「アーサー。もしかしてそえはトラ……じゃなくて、テュランを味方にするということ?」
「そうだ、そしてそれが出来るのは……サヤ、きみしか居ない」
幼少期を共に過ごしたサヤになら、テュランは心を開くかもしれない。かなり危ない橋だが、それくらいは覚悟しなければ。
「如何でしょう、閣下」
「お前達の言いたいことはわかった。だが、しかし――」
「失礼します!! 大変です、閣下!」
突如、ローランの声を掻き消す程に、執務室の扉が荒々しく開かれた。白衣を着込んだ、まだ若い男が息も絶え絶えに駆け込んで来る。
僅かに、鉄錆の臭いがアーサーの鼻を掠めた。
「何だ、騒々しい」
「すみません、テュランが……テュランが目を覚ましたのですが……」
アーサーよりも少しだけ年上の男が、ローランを前に恐る恐る言葉を紡ぐ。大統領を前に萎縮しているのか、それとも言葉を選んでいるのか。頼りなさげにもごもごと口を動かすだけ。しかし、アーサーは気がついた。
医療用のゴム手袋を嵌めた手と、白衣の袖が赤く濡れていることに。
「あの、まさか怪我をしたんですか?」
「あ、いえ。これは、テュランが」
「テュランがどうした、まさか襲われたのか!?」
「い、いえ! この血は自分のものではないんです。その、テュランが目を覚ましたかと思ったら急に……尋常ではない程に錯乱した様子だったので、再度鎮痛剤を投与しようとしたらテュランが自分の腕を掻き破り始めて、それで……」
男の報告を最後まで聞かずに、サヤが部屋から飛び出した。アーサーも遅れて、彼女の後を追いかける。その先にはあるのは、テュランが居る地下施設だ。
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