代わり身


 扉の閉まる音が、ドーム状の大きな屋根に反響する。人気の無くなった空間に、男はくすりと微笑した。


「ふふっ、随分面白そうな展開になりましたね。人生……とまだ呼べる代物なのかどうかはわかりませんが。とにかく、長生きはするべきですよ」


 誰に宛てるでもない言葉を紡ぎながら、誰も居なくなった体育館を緩慢な足取りで歩く。ふと、足元に転がる吸血鬼の躯を興味深そうに見下ろす。


「おやおや。人間を丸焦げにしてやると息巻いていたのに、見事に返り討ちに遭っちゃいましたね? それにしても……あのナイフ、久し振りに見ました。うーん、はてさてあれは一体……どれくらいの前のことだったか――」


 その時だった。灰色の砂山から伸びる、指輪を嵌めた手が男の足首を掴んだ。不意の衝撃に男は双眸を見開いて、少しだけずれた眼鏡を押し上げる。


「うわ、驚きました……まだ生きていたんですね? 流石、『カインの血族』君。意外としぶといですね。みたいで、なんて気持ちが悪い」

「グ、ァ……カイ、ン……さま。た……て」

「助けてと言われても……可哀想ですが、真祖カインの血族である吸血鬼があのナイフで刺されてしまえば、どんな小さな切り傷でも修復することはまず不可能です。それに、もしあのナイフで刺された傷でなくても……きみみたいな下品な同胞を助けるなんて、御免です」


 縋る手を難無く振り解くと、男は砂になりかけた頭部へ足を乗せる。哀れな吸血鬼が、自分を見下す男に懇願する。


「たすけ……て……おねが……カイ、ンさ……」

「やれやれ……たとえ『作戦』だとしても、こんな無様な方と間違われるなんて気分が悪いです。それに、何十回も言っていると思うのですが……僕は、カインではありません」


 ぞっとするような、冷たい笑顔。男がそう言って、足の下にある頭を躊躇なく踏み潰す。ぐしゃりとかけていた眼鏡がひしゃげ、辛うじて形を保っていた頭部が呆気なく砂と化した。

 もう吸血鬼は何も喋らない。男は砂山から零れた紅い宝石を摘まみ、つまらなそうに眺める。


「げえ、趣味が悪い。全く、テュランくんも意地悪ですねぇ。……それにしても、そんなに僕はカインと似ているんですかね? あんな臆病者と間違われることも胸糞悪いので、いい加減にして頂きたいのですが」


 不快そうに吐き捨てて、指輪を砂の中に放る。そして、二度と亡骸を振り返ることはせずに、出口に向かって歩く。

 彼の言葉を拾う者は、その場にはもう誰も居なかった。


「まあ、同じ親から生まれたのは事実なので、似ているのも仕方のないことなのですがね」

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