第一幕 おまけ 迷宮探索に適した銃は?

 緑色の幌が目印のカフェバーからだいぶ離れると開いている店は少なり、あたり一面シャッター通りのような殺風景さに塗り込められていた。


 どの店も今日が定休日というわけではなく、物理的に開けることができないという。

 

 迷宮内で見つけることができる『店舗の鍵』を入手しなければそれらの店舗には入ることができず、どうも不思議な力で守られてるらしく、シャッターなどを叩き壊そうとしてもびくともしないそうだ。


 ほとんどの迷宮探索者は『店舗の鍵』を『スコア』と交換してしまう。


 『無能力者』と呼ばれる迷宮で戦う能力のないものは何かしらの労働に従事していた。

 

 それは物を運んだり、物を売買したり、料理を提供したりといったありふれたものだ。、

 

 独立して商売をしたい人間は後を絶たない。

 

 それはどこかの店舗預かりの身では、多額の賃借料を徴収されて実入りが少なるからだ。

 

 とはいえ鍵を買い取る場合と賃借料を払い続ける場合とではどちらが有利なのか、商人にとっての永遠のジレンマだった。





 寒々しいシャッター通りは声がよく通った。


 そのような中を一行はゆったりと歩く道すがら、鉄兵はこれまでの経緯を桜子に説明した。


「へえ、それはすごい。本当に当たりが出るとはね」


 桜子は淡々と言ったが、眉の動きなどから驚いていることは確かであった。


「そうして僕は万に一つを得て、半端者になったわけなんです」


「鋼太郎君よぉ、自暴自棄はイカンな」


「いえ、なんかこう、吹っ切れたというか、なるようにしかならないんだと思ったら気分がスッキリしました。結局ポーカーなんかと一緒なんです。自分で捨てたカードは戻らない、新たに手に入れたカードで勝負するしかないんだって」


「変に強がらずに頼っても構わないんだぜ。『魔術師』と『盗賊』、どっちかのワンペアで終わるかツーペアで終わるかは最後まではわからない……。だけど安心しな、迷宮は初心者にも上級者にも優しくない」


「まあ何にしても、自販機のルーレットは電飾が光って回るだけの単なるお遊びかと思ってたわ。それでふたつを飲むとやっぱり効果は二倍にはならず効果は薄まるというわけか……それはそれはご愁傷様。それで話は戻るけどM14キャンセルの理由は?」


「――そうだな、理由はふたつ。ひとつは薄まっているとはいえ『盗賊』が目を出すかもしれない。スナイパーライフルは論外だとしても、迷宮では長物より小回りのきく方が何かと便利だ。しばらくは低層を回るからサブマシンガンを使っていこうと思う」


 そこで鉄兵は一旦言葉を切り、一息ついてから話を続けた。


「もうひとつは弾薬を共通のものにしたい。リンコが持ってるウージーが9ミリ弾だから同じ口径のものを用意して欲しい。弾種が増えると管理が面倒だし、相互で弾薬のやり取りができた方が何かと便利だし経済的だ」


「カービンはどう? 人気があるからとにかくすぐに在庫が切れるけど、内金入れるなら確保しておいてあげる。一本だけならなんとか用意できると思うわ、どうする?」


 雪緒と千登勢があれこれ喋る中、耳をそばだてて前を歩く桜子達の会話を聞いていた凛の顔がパッと明るくなった。


「生憎と懐に余裕がない、色々と買うものがあるからな。当面の間はプライマリにサブマシンガン、セカンダリに拳銃で両方とも9ミリ弾を使用する構成でいこうと思う。それに鋼太郎君みたいなのがカービンライフルをぶらぶら下げてたらゴミ野郎共が襲ってくるかもしれん。それは是非とも避けたい」


 それを聞いた凛の顔は曇り、そして鋼太郎の背中を睨みつけた。


「不足分の火力は雪緒ちゃんと俺でなんとかするつもりだ。それと手榴弾もあれば十分だろ。いくつ用意できる?」


「あー、手榴弾は昨日大量に買い付けたのがいて在庫がほぼないのよ。半ダース用意できるかどうかってとこね。鋼太郎くん、後学のためにために聞いて、いい? 『戦士』に『僧侶』にと職を問わず、ちょっとした訓練で誰でも気軽に装備ができて高い殺傷能力得られる銃火器は非常に人気があるの。しかも相手との距離を置くことができるのが強み。だから持ち運びに便利なサブマシンガンは在庫が常に薄い。威力の高いカービンライフルは更に薄い。手軽に扱える手榴弾も人気商品。そこで、本当に欲しいと思う銃はなに? ネットや映画で見た格好良い銃でも何でもいいから言ってみて。銃種・装弾数・取り回し・使用弾種それも大切な要素だけど、私は外観が特に重要だと思うわ。格好良いスナイパーライフルだったら選び放題だけど、どうする? FALなんかどう?」


「えっと……」


 顔はにこやかながらも猛然と売り込みをかける桜子のプッシュに、たじたじの鋼太郎は助け舟を出してもらえないかと鉄兵の方をちらと見た。


 鉄兵は大きなため息をついた。


「姐さんそこまでだ。彼にはまずとにかく『ここ』に馴染んでもらうことが先決だ。趣味に走るのは後々でも問題ないだろ。今日、ここにきたばかりなんだから」


「そうだったわね。もうおふざけはなし、約束するわ」


「あのう、長物というかスナイパーライフルはなぜ駄目なんですか?」


「うわ、食いついてきた! 鉄兵、説明してあげて」


 桜子はすぐに質問を鉄兵へと振った。


「物売りなら物売りらしく客の質問に答えてやれよ」


「いま手許に売り物がない」


 桜子は両手を上げて、手に何も持っていないことをアピールした。


「へいへい。まったくトートバッグの中身はなんだってんだよ。あー、俺達は迷宮探索あるいはダンジョンアタック、まあ何でもいいが、壁・床・天井の四方を仕切られた構造物の中を徘徊するんだ。そりゃ一撃は強力かもしれんが、そういった限定された空間の中でスナイパーライフルなんてものを持っていっても役に立たないんだ。全く活躍できないというわけじゃないんだが、敢えてそいつを選ぶ理由にはならない」


「うーん、それだったらアサルトライフルだって有効射程距離は三百メートルぐらいあるそうですから――」


「問題は射程距離じゃないんだ。スナイパーライフルはロングレンジから一方的に攻撃できて、パンチ一発が非常に強力だけど、ジャブとしての牽制は期待できない。化け物相手にどれだけ心理的効果があるのかも不明だからな。ときどき奴等は集団で襲ってくる、そんなとき一発づつお上品に撃ってる余裕はない。たとえ小口径であってもだ、一発でも多く叩き込める方がだんぜん有利なことが多い」


 一息ついた鉄兵の説明に桜子がつけ加える。


「予備の弾薬の他に色々と荷物を担いで、しかも長くて重い銃を持って迷宮内をねり歩くのはかなりの重労働と聞くわ。想像するだけでもイヤになるわね。凛ちゃんや鋼太郎くんみたいな華奢な体つきのカワイイ子には特に」


「解ってるなら長物売りつけようとすんなよ」


「商売人の義務ってやつよ。客の取る選択の幅を狭めるのは罪だからね。エアガンみたいな偽物でも持ち慣れた形の方がいいわよね?」


「え? ええ、そうです……ね」


 鋼太郎は言いよどんだ。

 

 このままズルズルと桜子のペースに飲み込まれていまいそうな気がしたからだ。


「7.62mmNATO弾のパワーならほとんどの化け物に対応できるから問題ないわ。そうよね?」


 鉄兵は苦い顔をした。


「確かに威力は全く問題ない。威力で弾数をカバー出来るかもしれないが、戦闘継続能力は下がっちまうんじゃないか? 口径がデカイからかさばる上に重い弾薬を苦労して運ばなければならない、体力は削られるし必然的に持てる数は少ないしであんまいいことはないな。だから――」


「だからもしアサルトライフルを持つなら威力は落ちても5.56mmNATO弾にしたいのよ。同じ重さでも7.62mm弾よりも沢山の数を持てるからいざというときに差が出るからね。弾幕をはってる間に仲間を逃したり、敵の行動を邪魔したりと弾数が多いほうが色々と有用ってこと」


「そう、だから銃を持つとなると弾の威力・携行数・重量・価格ってのが常につきまとう。どれを取っても必ずいずれかに影響が出る。鋼太郎くん、君ならどれを取る? これから銃を手に取る者として何を重要視すべきだと思う?」


 鋼太郎は顎を上げて天井をしばし眺めていた。


「最終的には『そのときの状況合わせる』しかないんじゃないでしょうか。手持ちの現金がいくらとか、使っている銃の口径が何だとか、そのときに入手しやすい弾薬に合わせるとか。状況に合せて銃をチョイス出来ればいいんでしょうけど現実はそうはいかない。だから高望みで点数の高い役を狙わずに、まずは手持ちの札で堅実にやっていく――って感じでどうでしょうか?」


 鉄兵は満足気な表情で頷きそっと親指を立て、桜子は悪くないといった表情で見つめていた。

 

 二人の顔を交互に見やる鋼太郎の不安げな顔は徐々にほころび、笑顔を形作っていった。


「残念! 正解は『個人の趣味』が正解よ」


 鉄兵はずっこけた。


「いやいやいや、それは違うだろ姐さん。常に状況に合せて取捨選択し可能性を模索する、それこそが、生きようという意思の発露が、死中に活を見出す道標となって厳しい迷宮探索を生き抜くことができるんだろうが!」


「なにクサイこと言ってんのよ、拳まで握りしめちゃって。鋼太郎くん、中途半端でも『魔術師』ならプライドを持ちなさい。状況に合わせる? 鉄兵みたいに女をとっかえひっかえするようなヤリ方はナンセンスよ。武士の魂が刀なら『魔術師』の魂は『銃』よ。射程距離・口径・長さ・重さ・取り回し・外観・耐久性といろんな要素があるけれども、あなたの嗜好や感性が導き選択した銃こそが至高。あなたの放った銃弾一発が場を支配するような行動を心がけなさい。世の中甘くはないわ。常に代替・選択があると思わないことよ、いい?」


 真剣な表情で言い切った桜子の言葉に固まる二人であったが、どことなく無茶なことを言っているようでも、なぜか鋼太郎の胸を打つ言葉の数々であった。


「なに立ち止まってんのよ?」

 

「いや、一瞬それもまた真理と思ってしまった自分が悲しくて」


「鋼太郎くんはどう思う?」


「なんかこう、痺れました……」

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