チェックポイント

 通路の角ごとに設置されている検問を二度通り抜け、やっとのことでゴールかと思えば物々しい雰囲気の鉄扉が目の前に現れた。


 こぢんまりとした灰青色の鉄扉とその周辺にはいくつもの黒い穴が穿たれていた。


 白塗りの壁はその黒点を中心に亀裂が縦横に走り、扉の穴は周囲の塗料をこそげ落とし、中心から黒・銀・青と色を変化させて花のような彩りを添えていた。


「なんか凄いことになってますね……」


「たまに襲撃されるんだよ、ここは。こういうの見ると血が騒ぐんじゃないか、雪緒ちゃん?」


「前衛芸術の類はよくわからん」


 雪緒は顔をしかめて答えると、桜子はカラカラと笑って扉に近づきリズミカルな調子で拳を叩きつけてノックをした。


 すると中からもノックをする音が聞こえ、桜子は別の調子でノックを返すと、ガチャガチャと金属が打ち合う音が聞こえてきた。


 重々しく扉が開くにつれて密林に棲む小動物のような耳障りな音が響き渡ると、中から現れた何本もの細長い筒が鉄兵達を出迎えた。


「厳重なこって」


 鉄兵がそう軽口を叩くと、銃口のひとつが鉄兵の胸の中心に据えられた。


 スコープやフラッシュライト等のアクセサリーをつけたライフルを構える男女が蛇のようなしなやかさをもって現れ、鉄兵達を照準器に捉えた。


「特別な客よ、粗相はしないでちょうだい」

 

 桜子は鉄兵と銃口の間に割り込むようにして立った。

 

 すると銃口は上に向き、鉄兵達を迎え入れたが、警戒の色は薄まることなく射手達は一行の動きを注意深く観察していた。


 走る視線は凛のレッグホルスターのP239と肩から掛けたウージーに注目した。


 ともに弾倉が装填されていなかったが、警戒の目は緩むことがなかった。


 鋭い目つきで周囲を探る雪緒にも同様に警戒の目は向けられ、射手達は必ず一定の距離を置いて対峙した。


 扉の中へ入ってまず視界に入ってきたものは、高く積み上げられた土嚢と据え付けられた複数の軽機関銃であった。


 ここでも武装した複数の男女が詰めており、侵入者に警戒の視線を注いだ。


 なにげなく腰に手を回す仕草ひとつだけでも、即座に銃口が火を吹きかねない剣呑な雰囲気に包まれていた。


 それは同じ仲間であるはずの桜子が同伴していてもなお、緩まる気配は微塵もなかった。


 桜子は肩幅の広い男と言葉を交わすと、中指と人差し指を素早く二度曲げ、ついてくるようにとの合図を送った。


 それに従い鉄兵達は桜子の後をついていった。





 通り抜けるすべての通路・部屋はどれもが暗く、場所によっては前を歩く仲間の背中が三人と見えない場所もあった。


 必然的に互いの間隔が狭まり、迷わないように見失わないようにと誰もが自分の前を歩く背中だけを見て歩いた。


 加えて桜子が歩くペースはこれまでよりも速く、周囲を見て回るような余裕はなかった。


 トンネルの中のような冷気に身体を冷やされ、蒸し風呂のような熱気に包まれ、自分の声も聞き取れないほどのモーター音に満ちた場所を幾度も通り抜けた。


 階段を降りては昇り、大人の胴回りよりも太いパイプをくぐり抜けては水たまりを踏む。


 ひたすら同じところをグルグルと回っている感覚に囚われる。

 

 しかし桜子についていくほかなく、流石の鉄兵も戸惑っていた。


 常に周囲から発せられる機械の作動音に全てを阻まれ、文句の声をあげようにも、徒労に終わることを予感させられる。


 ゴウンゴウンというドラム缶の中でゴム製の大きな球体が転がりまわるような音によって平衡感覚に不調をきたし、ヨロヨロと歩く鋼太郎や凛の身体を支えてやることもあった。


 機械の低い唸り声は途切れることなく響き渡り、それは自分の身体の中から漏れているのはないかと錯覚する状況に誰もが辟易とした。


 黄や青のランプとメーターがついた微振動する大きな箱型の機械、天井と壁とを問わず縦横無尽に走る銀紙を張り合わせたようなパイプの数々、乳白色の古い電子ジャーのような円筒形の装置、バルブ・メーター・パイプが銀色の箱に連結し複雑に絡み合った脳味噌のような一群、大きな鋼鉄製のマンホール、スパゲッティシンドロームに冒された空冷式エンジンのような機械群の迷路の数々を、桜子しか知らない複雑な経路で辿っていくと、それまでとは異なる蛍光灯の白が扉から漏れるのが見えた。



 桜子は光が漏れるその扉から十五歩ほど離れた場所で立ち止まった。



 周囲は暗く視界がきかず用途不明のパイプと機械群に囲まれているために自分の声も聞こえない中、一行は目視でそれぞれの状態を確認し合った。


 凛がその場にへたりこんでしまうと、すぐさま雪緒は膝をつき、凛の頬に手を添えて具合をチェックした。


 それを見た千登勢がバックパックを降ろそうとすると、鉄兵は周囲をしきりに気にしながらそれを制した。



「桜子よ」



 一言そう名乗り上げると、暗闇から音もなく四人の男達が一行を囲むようにして現れた。


 男達は全身黒ずくめで目出し帽をかぶり、額には暗視装置、サプレッサー付きのサブマシンガンを構えていた。


 男の一人が桜子の顔を確かめると、機械群の森へ音もなく姿を消した。


 鋼太郎は彼等の使う銃を注意深く見ていたが、とにかく餡所であったために判別することは不可能であった。


 蛍光灯の光が漏れる扉を開ける、とそこには大きな木製のデスクで事務仕事をする中年の男と四人の歩哨が詰めていた。


 事務係の男は一行をじろりと睨みつけると、引き出しから赤い縁取りのあるパスケースを五枚取り出した。


「全員カードを出して。支払いに使ういつもの『赤いカード』よ。勝手に『スコア』を引き落としたりしないから安心して」


 鉄兵達は桜子の求めに応じて全員分のカードを手渡すと、それらを受け取った事務係の男は一枚一枚を読み取り機にかざしては軽快にキーボードを叩いた。


 その男はパスケースに『赤いカード』を入れると各自に返し、桜子と小声で話を始めた。


「ここってなんなの?」


 疲れた顔をした凛はたまらず鉄兵に囁いた。


「遊園地のアトラクションみたいなもんさ。暗いとこ狭いとこを通ったりして期待を煽るんだ。これからがお楽しみってやつだ」


 歩哨の一人が鉄兵を睨んだが、本人はどこ吹く風、憚りもせずに話を続けた。


「さあ受付は済んだ、入場許可証も貰った。オネエサンが楽しいとこに案内してくれるぞ」


 その言葉通り桜子が手招きして一行を呼んだ。


「鉄兵、ついてきて。各自パスケースを下げて」


「な?」


 凛が力なく笑うのを見た歩哨は、すまなそうな顔をして道を譲った。


 デスクの奥にある金属製のドアの前に立つ歩哨は、ノブを回してドアを開けると、一行をきつく睨みつけるだけで小声で罵るようなことはしなかった。


 またも桜子の背中を追って大小複数の部屋や通路を通り抜けたものの、打って変わってどこも光に溢れて明るく、工場や電気室のような用途不明の機械群は一度も目にすることなく、それらの代わりに大勢の人々とすれ違った。


 休み時間の校舎、駅の改札口付近、役所の受付前、ホテルのロビー、談話室といった風情の中で行き交う人々の波をかき分けながら鉄兵達は桜子の背中を追った。


 視界に映る人々は男女の割合に差はなかったものの、比較的年配の人間の姿は少なかった。


 ブーツに迷彩服の姿もあれば、Tシャツにジーンズ姿もあり、作業服・スーツ・ジャージ・パンツスーツに白衣など、服装に統一感はなかった。


 全体的に雰囲気は明るく活気にあふれていたものの、憂鬱や無関心といった都市特有の表情も垣間見ることができた。

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