・童話風連作短編
ハクシャクノテンシ
今じゃない時、ここじゃない場所。
朝は明るくて夜は暗くて、水はおいしかった世界のお話し。
そこにハクシャクというバンパイアがいました。
ハクシャクは血を吸えない吸血鬼でした。
「だって鉄っぽい味がするし、ドロドロして気持ち悪いんだもん」
そのうえ趣味はひなたぼっこで、十字架のアクセサリーが大好きでした。
「だって日光は気持ちが良いし、十字架もカッコイイから」
ハクシャクはぜんぜんバンパイアっぽくなかったので、
いじめっ子で有名な魔女、フランケン、オオカミ男のトリオにとって格好の標的でした。
「バンパイアなのに血がすえないってぇ、かっこわるぅ~い」
「このモヤシ野郎!」
「毛深いんだよ!」
毎日のように馬鹿にされ、打たれる事には慣れているハクシャクですが、
オオカミ男の理不尽な一言にはさすがに惨めな気持ちになりました。
毛深くはありませんでした。
心に傷を負ったハクシャクは、
何とか自分の立場を改善する方法はないものか考えます。
「そうだ、バンドとか始めようかな……?」
良い考えが浮かばないまま日が暮れてしまい、そろそろ帰らなければと思った時、
美しい純白の翼を持った可愛らしい天使が視界に入りました。
天使は先端に輪を作った縄を木からぶら下げて、自殺をしようとしていたので、
ハクシャクはあわててそれを止めました。
「キミはいくつだい?」
「2ひゃく6じゅう1さい」
「まだ若いじゃないか」
命を粗末にしようとする年下の少女を放って帰るのは忍びなかったので、
ハクシャクは行きつけのラーメン屋で事情を聞いてみることにしました。
「神様が言ってた、自殺は一番してはダメなコトなんだ」
「だって輪っかのついてない天使なんて、天使じゃないもの」
確かに彼女の頭上には象徴である天使の輪がありません。
変わりにリング状のピアスをジャラジャラとつけています。
ハクシャクには天使の気持ちが少し解るような気がしました。
「ニンニクをたくさん入れた方がおいしいよ」
ハクシャクはラーメンにニンニクをたくさん入れました。
「ボクなんか一つも吸血鬼らしいところがないけど、
キミには天使らしい立派な羽根があるじゃないか」
何気なく言ったその言葉が決め手。
「ほれた」
「え?」
天使はハクシャクに恋をしました。
「きめた、あたしが必ずアナタを立派なドラキュラにしてあげる。
だからその時はあたしの血を吸って、あたしをドラキュラにしてちょうだい」
天使は瞳をキラキラ輝かせて言いました。
「ダメだよ、天使はドラキュラにはなれない。血を吸われたら死んじゃうかもしれないよ。
だから僕は絶対にキミの血は吸わない」
「それでもいい、天使じゃなくなれれば何でもいい」
その日から天使は、ハクシャクの屋敷に押しかけて住みつくことになりました。
その際に彼女は体中に十字架の刺青を入れてきてハクシャクを驚かせたのです。
「十字架、好きなんでしょ?」
その日から天使による『最強ドラキュラ化計画』が開始されました。
「慣れるトコロからはじめようね」
手始めに冷蔵庫の中身はすべてトマトジュースにされてしまいましたが、
ハクシャクは気が弱いのでされるがままです。
テンシの特訓はハクシャクの想像をはるかに超えたスパルタで、
それに比べたら日頃受けていた虐めなんて生温いものです。
ニンニクをキライになる訓練。
ビシッビシッ!
太陽がキライになる訓練。
ジリジリジリ…!
十字架がキライになる訓練。
ドカバキボケキャ!
「ひどいよ!ひどいよっ!」
ハクシャクはボロボロです。
それでも繰り返すうちに慣れていくもので、ハクシャクは順調に弱点を増やしていきました。
数ヶ月の特訓でニンニクと太陽と十字架を完全にきらいになれたころ、
天使が突然屋敷中のトマトジュースを隠してしまいました。
屋敷の外に出ることは天使に固く禁じられています。
長くトマトジュースのみの生活を続けたため、他の物は何もノドを通らなくなっています。
「困ったな……」
ハクシャクは空腹のあまりクラクラと眩暈がしました。
天使の刺青が大嫌いな十字架なのが癇に障ってイライラとしました。
「どうしてこんな意地悪をするの……これも特訓?」
ハクシャクは直接本人を問い質し、天使は答えました。
「そんなワケないでしょ。あたしはね、初めからアンタのことが気に入らなかったのよ。
偉そうにあたしに説教なんかするから」
それはハクシャクにとって衝撃的な言葉でした。
どんなに辛い仕打ちにも耐えてこれたのは、それは自分を思ってくれてのことだと信じていたからなのに。
「アナタが悪いのよ」
打ちひしがれるハクシャクを見下す天使は愉快そうです。
彼の耳元に口を寄せて、嘲笑いながら彼を罵倒しました。
「だって、アナタがぜんぜんドラキュラっぽくないから」
ハクシャクは怒りにまかせて天使の白い首に牙を突き立てたてます。
鋭い牙が深く食い込んだ肌から口の中に血の味が広がります。
フシギなことに大キライだった血の味がとっても美味しく感じられました。
それはとても馴染んだ味。
「アナタはもう血を吸うことができるんだよ……」
彼の頬を撫でた天使の手首に無数の傷を発見して、ハクシャクは真相に気がつきました。
毎日飲み続けたトマトジュースに、彼女は自らの血液を混ぜて出してくれていたことを。
「がんばったね……」
テンシは最後に優しくハクシャクを労うと、ぐったりと動かなくなってしまいました。
ハクシャクは今日も血を吸いに夜の町に降ります。
立派なバンパイアになったハクシャクをもう誰も馬鹿にはしません。
ハクシャクは屋敷に帰ると棺の中のテンシに話しかけます。
「……ただいま」
棺に横たえられた天使の肌は青白くなり、純白の翼は漆黒へと変化していました。
テンシが目を覚ますことは二度とありませんでしたが、
ずっと、ずっと、ずっと、幸せそうな顔をしていましたとさ。
今じゃない時、ここじゃない場所。
朝は明るくて夜は暗くて、水はおいしかった。
そんな世界のフシギなフシギなお話し。
ep1 END
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