第40話 決戦の朝
厳しかった修業にもだんだんと慣れてきた。
日は瞬く間に過ぎていき、戦いの日がやってきた。
結菜は朝から気合いを入れていた。
「よし!」
「気合十分って感じね」
先生と両親とのやり取りによって、結菜の家でお世話になっている麻希が、冷静な顔に優しい笑みを浮かべて話しかけてきた。
「麻希はあの自転車があるから平気よね」
結菜が言っているのは麻希の自転車のことだった。あれは未来の技術で作られていて、様々な無茶な行動やバイクと渡り合うことも可能としていた。
あれがあればよほどのことが無い限り、負けることはないだろう。
麻希はため息をつくように返事をした。
「あれは使わないわ。というより使えないわ」
「どうして?」
結菜は驚いて訊いた。そんな話は初耳だった。
「前に未来に帰った時、未来の技術は過去に持ち込むなと先生に言われたのよ。今のわたしの自転車はあなた達と同じ、ただの普通の自転車よ」
結菜は全く気が付かなかった。ぱっと自転車を見ただけだと全く区別が付かなかった。
「それに生徒会長が、通学用の普通の自転車を使うこととルールを決めたでしょう。不正な改造はルール違反で失格になるわ」
「そう……なるんだ……」
あの時は使い慣れた自転車で互角の条件でラッキーと思ったものだが、こちらの足を縛る効果もあったらしい。
ともあれもう試合当日だ。今打てる手で決戦に臨むしかない。
「それであの上村苺に勝てるの?」
翼が学校の将来を期待されるほど速いと断言していたほどの相手。
あの翼にそう言わせるほどなのだから、かなりの強敵なのだろう。
場合によっては1レース目から一気に離される可能性がある。
「それはやってみないと分からないけど……わたしは負けるつもりはないわ」
そう発言する麻希の瞳は静かだったが、確かな闘志が燃えていた。
勝負のスタートポイントは、勇者のための勝負ということで結菜の学校の校庭に決まっていた。
渚が運営の総責任者を務めるので準備のためにも都合がよかった。
この校庭からバニシングウェイと呼ばれる道に出て行くことになる。
結菜と麻希が自転車に乗って学校へとやって来ると、そこは体育祭のような活気にあふれていた。
結菜の学校の人達も、お嬢様学校の人達も、一般の人達まで朝早くから集まっていて、大きな賑わいを見せている。
時間にはまだ早いが、来る途中にも応援の声を掛けられていた。
結菜と麻希が校門の中へと入っていくと、美久はもう校庭で待っていた。
委員長は朝から元気いっぱいだった。
「結菜様! マッキー! いよいよですね! 頑張りましょう!」
「うん」
「ええ」
「自転車はあっちで預けてください。運営の人がチェックするそうです」
「分かった」
結菜と麻希は係の人に自転車を預け、美久のところに戻ってきた。
「まだ来ていないようね」
麻希は誰かの姿を探していた。
「翼さんですか?」
「西島さんよ」
「そういえば見えませんね」
勝負までの日、結局西島の姿を見ることはなかった。
結菜と美久は勇者の修行のことに気がいっていて、すっかりそのことを失念していた。
「マッキーは西島さんの姿を見たことがあるんですか?」
「無いわ」
「西島さんならもうすぐ来るって連絡があったわよ」
声を掛けてきたのは渚だった。結菜は訊いてみた。
「どんな人なんですか?」
「どうと言われても、スポーツが得意な普通の女の子よ」
「そうですか」
確かに人の特徴なんてそう簡単に説明出来ることじゃないかもしれない。
その時、校庭に集まっていた人達の歓声が湧いた。
「翼様―!」
「キャー!」
お嬢様学校の生徒達の華やいだ声を聞いただけで、誰が来たのかが分かった。
王者の風格を漂わせ、見慣れた制服と自転車で翼達がやってきた。
先頭を翼が走り、背後に叶恵と姫子と苺を従えている。
誰もが道を開け、その走行の妨害はしなかった。
結菜達の前までやってきて翼は自転車を止めて降りた。ついてきていた叶恵と姫子と苺もその動きに従った。
係の人達が早速やってくる。
「翼様、自転車をお預かりします」
「よろしくお願いしますわ」
係の人達に運ばれていく自転車を見送って、翼はにこやかな笑顔で結菜に話しかけてきた。
「いよいよですわね。伝説の勇者の力、期待していますわよ」
「望むところよ!」
と結菜の顔の後ろから言ったのは渚だった。何も言ってなかった結菜は慌てて振り返った。
「ちょっと渚さん!」
親友のその態度に、翼は笑いを見せた。
「フフ、それぐらいの気迫でいなければ勝てないと、渚さんは言ってるんですのよ」
「そういうこと。あなた達には翼に一泡吹かせるような走りを期待しているわ」
その発言に美久が一番に気合いを入れた。
「分かりました! やりましょう、結菜様!」
「おおー!」
結菜は腕を振り上げる。
もう破れかぶれのような気持ちだった。
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