第66話 夜の終わりに
集まっていた学校の友達と別れ、結菜は静かな夜道を麻希と一緒に自転車を押しながら帰宅の道を歩いていく。
勝負で激しくしすぎたせいか、結菜の自転車の調子が少し悪かった。帰ったら点検しようと結菜は思う。
美久やみんながいなくなると、辺りは急に静かになったように感じられた。
結菜は電灯に照らされる夜の景色を伺いながら、黙って隣を歩く麻希に声を掛けた。
「あんなに凄い人がいるなら、もうこの町は大丈夫だね」
闇烏隊とかいう恐い不良少女達のグループに囲まれた時はどうなることかと思ったが、佐々木明美が追い払ってくれた。
あんなに強い勇者がいるならもう大丈夫だと結菜は思うのだが、麻希は別に喜んではいなかった。
麻希が冷静なのはいつものことだが、真面目な無表情に近い顔を結菜に向けてくる。
「あなたはそれでいいの? みんなに認められたあなたのやる事は」
「麻希……」
彼女は少し不満のようだった。その不満は結菜も感じているものだった。
自分だって出来るものなら全ての問題を自分で解決したい。自分を認めてくれた翼や麻希や美久やみんなにも喜んでもらいたい。そう思うのは当然のことだ。
でも……
「人には出来ることがあるから……」
「そうね」
静かな夜道を二人で歩く。麻希は少し考え、夜空を見上げて呟いた。
「でも、本当にこの町のことを思えるのは、この町の人間よ」
それは世界の道を渡り歩いてきた麻希の先生を思ってのことか、この町の素晴らしい地図を作ったという将来の悠真を思っての言葉だろうか。
麻希の言葉は結菜の耳を流れ、夜風に消えていった。
明美が現れてこっぴどくやられるというアクシデントがあったものの、勇者との遊びを終えた闇烏隊のメンバー達は騒がしくアジトに戻ってきた。
「あの小娘、今度会った時は八つ裂きにしてやるよう!」
鋏をぎらつかせながら睨む死堂をメンバーは怒りに触れないように遠巻きにし、友梨はサプライズも面白いもんだと笑って見ていた。
「お帰りなさい、皆さん。随分と楽しいことをしてきてらしたようですね」
みんなで出かけたので誰もいないと思っていたアジトに一人の人影があって、友梨は笑いを収め、死堂はびっくりして鋏を仕舞って姿勢を正した。
テーブルの席から立ち上がったのは花のように綺麗で上品そうな少女だった。粗暴で不良揃いの闇烏隊のメンバー達の中ではとても不似合な育ちの良さと清らかさを感じさせる少女だが、彼女の恐ろしさは闇烏隊のメンバーなら誰もが知っていた。
友梨はリーダーとしてナンバー2を務める彼女に声を掛ける。
「花鳥、来ていたのか」
「ええ、お稽古が終わりましたので。まったく花なんか綺麗に刺して、何が楽しいのか全く分かりませんわ」
「そう言うなよ。家の名が泣くぜ」
お互いに冗談など真面目には受け取らない。
花鳥誘里(はなとり さそり)。彼女の家は華道の名門として知られているが、そのことを彼女自身が誇りに思ったことなど一度も無い。
花鳥はテーブルに置いていた煌めく物を手に取って、死堂に近づいていった。それを喉元に突きつけ、死堂はびっくりして地面にひっくり返ってしまった。
その煌めく物は長く鋭い針だった。刺されたらただでは済まないだろう。花鳥は不敵に見つめる。
「それよりももっと刺して楽しい物がこの世にはあるのでは無いでしょうか」
花鳥の足に踏まれて体を抑えつけられ、綺麗な瞳が危険な視線となって見降ろしてくる。死堂は恐怖で竦みあがって動けなくなってしまった。鋭い針から逃れようと必死で弁解する。
「お戯れを花鳥さん!」
必死の弁解に花鳥は不機嫌そうな笑みを浮かべた。
「戯れも無いでしょう? あのような小娘を相手にあのような失態をして。友梨様に恥を搔かせたという自覚は無いのですか? わたしの教育が足りなかったのでしょうか」
「知っていて!?」
「あのドローンを誰が貸したと思っているのです?」
「は……花鳥さん……です……」
「映像はこちらでも見ていたのですよ。この闇烏隊の恥さらしが!」
「ぐええええ!」
踏む足の力を強められて死堂が醜いうめき声を上げる。メンバー達は可哀想な目で見ているが、友梨の元で闇烏隊をまとめ上げ、教育して鍛え上げてきたナンバー2の花鳥誘里に逆らえる者など誰もいなかった。
リーダーである友梨以外には。
「フン、刺しますか。わたしはあなたを甘やかしすぎたようです」
「お許しを!」
「それぐらいにしておけ。花鳥」
「友梨様?」
言われて足の力を緩める少女。その間に死堂は必死に息を吐いていた。
失敗した者に教育を行うのは教育者の義務だ。チームのためでもある。
疑問に見つめる花鳥に、友梨は何も気にしていないかのように気楽に言った。
「相手が強かったんだ。仕方ねえさ。それよりもここで花の一本でも活けてくれねえか。久しぶりにお前の花を見たい気分だ」
「は……はい。ただいま」
花鳥は不満そうに倒れている死堂を見下ろすが、言われた準備をするために仕方なく踵を返していった。
危険がひとまず去って、メンバー達の間には安堵する空気が広がっていった。
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