第33話 二人だけの秘密
「なんだそりゃ、すごいな双子の妄想力」
「どうしよう……」
優司と優奈に会った日、せっかくだから今日は泊まって行けと春子さんに引き止められたが、すぐにでも今の状況を誰かに話したかった俺は、その申し出を辞退し、そのまま稲葉の家に押しかけ、今に至る。
「なあ、思ったんだが、無理に双子の誤解を正そうとしなくてもいいんじゃないか?」
「は? どういうことだよ」
稲葉の唐突な提案に俺は首を傾げる。
「朝倉すばるは、バレンタインに将晴に告白してふられた後、俺に告白されて、その後俺と付き合う事にすればいいんだよ」
そうすれば、色々と都合がいいんじゃないか? と、稲葉は言った。
「そうか、そうすれば彼氏持ちって事にできるし、その後ラブラブですみたいな感じにすれば、優司も優奈も諦めてくれるだろうってことか」
「そういうことだ」
俺が稲葉の言わんとしていることに気付き、稲葉も満足そうに頷いた所で、俺達はそれなら当日、どのような筋書きで動くかについて話し合った。
設定はこうだ。
バレンタイン当日、大学の集まりでやって来た俺にすばるが告白する。
俺はその場ですばるの告白を断る。
そしてそれをたまたま目撃した稲葉が勢いですばるに告白し、返事はすぐじゃなくていいと言われ、混乱しつつも稲葉を意識しだしたすばる。
動揺しながらも、すばるは知り合いや親しい友人にチョコレートを配って回る。
そんな中で双子に会って、チョコを渡すついでに稲葉に告白されて戸惑っているけど満更でもない感じでチラッと二人に話す。
「……なあ、これだと押しが弱くないか?」
「他の奴の事好きだったのに、ふられた直後に告白されてそいつと付き合うとか、それじゃ尻軽みたいだろ!」
不服そうに意義を唱える稲葉に、俺は首を横に振った。
「別にいいじゃんそれ位」
「駄目だ。そんなのは朝倉すばるのイメージじゃない」
尚も稲葉は食い下がるが、俺はそれを突っぱねる。
「お前も変なところでこだわるよなぁ」
稲葉は呆れていたが、俺としてはここはどうしても譲れないラインだった。
キャラ設定をブレさせないと言う意味もあるが、単純に、朝倉すばるには、何があっても俺の考える理想の女の子であって欲しかった。
要するに自己満足である。
その日、俺はすばるの家の方に帰った。
めんどくさかったのと女装する理由もなかったので、男の格好のまま。
最近は菓子を作ってツイッターに上げるのが日課となりつつあったので、専らすばるの家の方で寝泊りをしていた。
夜中に菓子を作って試食するのは太りそうなので、最近は夕食時に作って、デザートにしている。
そして今日も中々に美味しそうなチョコレートブラウニーを作り、写真を撮ってツイッターで公開しつつ、思った以上に味がツボで夕食前なのにもそもそと食べる手が止まらなくなっていると、玄関の方で呼び鈴が鳴った。
特に気にせず、そのまま玄関に行き、ドアを開けた先には見知らぬ男が立っていた。
二十代前半位の、ひょろっとした背の高い、顔の整った男だった。
「始めまして、隣の部屋に引っ越してきた
男は柔らかい笑みを浮かべて、挨拶の品を俺に渡してきた。
「ああ、それはご丁寧にどうも」
俺は包みを受け取った。
「これからよろしくお願いしますね」
とニッコリと笑って男は隣の部屋に戻って行った。
俺は部屋に戻ってから、お隣さんならすばるの格好して出て行った方が良かったんじゃないか!?
とも思ったが、今俺が一人暮らししているアパートでも、別段近所の人とは深い付き合いがある訳でもないのでいいかと思い直した。
すばるの部屋は、一番端の角部屋なので、お隣さんは今の人だけだ。
隣の部屋は今まで空き部屋だったので特に近所づきあいなんて考えた事もなかったけれど、せいぜいお隣さんとは廊下で会ったら挨拶する程度だろう。
俺はそんな風に、かなり楽観的に考えていた。
だから翌朝、モデルの仕事で朝からすばるの格好をして家を出る時、たまたまゴミを捨てに行く所だったらしいお隣さんと会っても、挨拶するだけで特に気にも留めなかった。
バレンタイン前日の夜、俺は連日作っていたせいで買い足す必要が出てきた製菓材料をマンション近くのスーパーに買いに行った。
ちょうど冷蔵庫の中身も寂しくなってきていたところだったので、つい色々と買ってしまい、結果、結構な大荷物になってしまった。
コレは家に帰った時には手と腕が痛くなってそうだなと思いながら荷物を袋につめていると、
「随分な大荷物ですね」
と、後ろから声をかけられた。
振り向けば、隣に越してきた篠崎さんが酒の入った小さなレジ袋を片手に立っていた。
「はい、ちょっと買いすぎてしまって……」
なんだか恥ずかしい所を見られてしまった。
「荷物、よかったら僕も持ちますよ」
爽やかな笑顔で篠崎さんが言う。
「いいですよ悪いですし……」
「どうせ家も隣で帰る道も同じなのでお気になさらず」
そこまで言われると、逆に断るほうが失礼な気がして、俺はその言葉に甘える事にした。
「すいません、重い方を持っていただいちゃって……」
「いえ、これ位どうってことないですよ」
当たり前のように重い方の荷物を持ってくれる篠崎さんに、ありがたいやら申し訳ないやら思いながら二人で家路につく。
「それに、並んで歩いて女の人に重い物を持たせるのも格好がつきませんし」
「え?」
突然の篠崎さんの爆弾発言に思わず立ち止まる。
今俺はすっぴんで、服もジーンズにファー付きのダウンコートという出で立ちだ。
女装なんてしていない。
フルメイクしている時ならともかく、今俺のこの姿だけ見たって俺を女とは思わないはずだ。
この状態の俺を女と判断すると言う事はつまり、すばるの姿の俺と今の俺を同一人物とみなしていると言う事だ。
しかもこの様子だと俺を化粧美人だけどすっぴんは男みたいな女、だと思っているのかもしれない。
いや、この場合、俺が女装趣味のある男だとバレるよりは、すっぴんが男みたいな女が着飾って別人レベルになっている、と思われる方がまだ引かれないかもしれない。
それに考えてみたら、近々モデルとして不特定多数の目に付く媒体で顔を出す以上、朝倉すばるが男だとばれると俺だけじゃなくて、美咲さんや今『メルティードール』の仕事に携わっている人達全員に多大な迷惑をかけることになるだろう。
「朝倉さん?」
篠崎さんが不思議そうな顔をして俺の方を振り返る。
「いえ、すいません、すっぴんの方で女の子扱いされたの初めてで……」
こうなったら自棄だ。
普段すばるの時にしか使わない可愛い声を出して、この場はすっぴんは男みたいな化粧美人という設定で乗り切る!
「確かに、化粧をされた状態だと、結構違いますもんね。今も、さっきの会話でやっと同じ人だと確信が持てたくらいで」
ちくしょう! 同一人物だとは思われてなかった! 鎌かけてやがった!
内心早まったと地団駄を踏みながら、苦笑する篠崎さんに家族にもよく詐欺だと言われますと返した。
「なので、この事は内緒でおねがいしますね」
特に共通の知り合いもいないので大丈夫だとは思うが、念のため口止めをしておく。
「ええ、二人だけの秘密です」
篠崎さんは結構あっさり了承してくれた。
それから他愛も無い世間話をしながら家の前につき、荷物を玄関まで運んでもらった。
せっかくなので、家まで荷物を運んでもらったお礼に、昨日作って余っていたチョコブラウニーを篠崎さんに渡した。
最近色々と作っているチョコレート菓子は、できるだけ少ない量で作っているが、それでもレシピの関係で余ってしまう物があり、それらは冷凍・冷蔵され随時俺のおやつとして消費していく予定だったが、誰かに貰ってもらえるのならそれに越した事は無い。
篠崎さんは俺から菓子を受け取ると、
「どうせなら、明日に貰いたい所ですね」
と苦笑して見せた。
確かに、バレンタイン前日だと貰う側としてはちょっと惜しい気もする。
篠崎さんなら黙ってても大量に貰えそうではあるが。
俺? 去年は春子さんと優奈から貰ったよ! ……それだけだ。
「それじゃあ、今夜もどうせ色々作りますし、また明日もチョコレート贈りますね」
笑顔で俺は答えた。
菓子作りにすっかりはまってしまった俺としては、今夜大量にチョコレート菓子を作る事がバレンタインのメイン行事であり、明日は大量に作ったそれを消化するためのおまけみたいな感覚だ。
なので、今更あげる相手が一人増えたところで何も変わらない。
「いいんですか? 期待しちゃいますよ?」
「彼氏いるので義理ですけどね」
「それは残念です」
冗談めかして言う篠原さんに、一応予防線を張っておく。
まあすばるの姿ならともかく、その正体が男にしか見えない、というか、実際に男なのだが、今の俺であるとわかれば、特にそういう気は起きないだろう。
「それではおやすみなさい。すばるさん」
「ええ、おやすみなさい篠崎さん」
「一真でいいですよ」
そんなやり取りをして一真さんとは別れたが、玄関のドアを閉めてた辺りでふと俺は首を傾げる。
俺、いつ下の名前教えたっけ?
表札には朝倉としか書いていない。
……まあ、憶えていないだけで話しているうちにどこかで教えたのだろうと思い直し、俺は玄関の荷物を片付ける作業に移った。
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