第32話 前提がおかしい

「という訳で兄さん、ちょっと僕と一緒に階段から転げ落ちよう」

「なんでそうなる!?」

 何がという訳なのか知らないが、突然優司が俺の肩に手を置いて不穏な事を言い出した。


「もしかしたらその衝撃で中身が入れ替わるような奇跡が起きるかも」

「起こらねえよ! 打ち所が悪かったら最悪死ぬよ!」

 淀んだ目をしながら優司は突然ファンタジーなことを言い出した。

 その発想は漫画の読みすぎとしか言いようが無い。


「だって、すばるさんの好みが背の低い人なら、180センチ近い僕なんて望み無いじゃないか!」

 普段大人しい優司が、珍しく大きな声で主張する。

 本人は真剣に悩んでいるのだろうが、身長が低くて悩んでいる俺からすればただの嫌味にしか聞こえない。


「第一、朝倉の好きな相手は俺じゃねえし、見た目が理由で好きになったのかはわからないだろ」

「なんでそう言いきれるの? まさか、お兄ちゃんはすばるさんの好きな人誰か知ってるの!?」

 そもそもの優奈の誤解を解こうと話を戻せば、今度は相手を特定しようとしてくる。


 大学で知り合いの少ない俺に、さっきの条件に会う奴なんて思いつかなかった。

 仮に思いついたとして、そう簡単に協力を頼めるような話でもないが。


「いや、知らないけど……」

「じゃあお兄ちゃんかもしれないじゃない! 大体その歳で、その身長体型の男の人なんてそんなにいないよ!」

「そんなことない! 俺位の身長の奴だって、キャンパスでは結構……見かける、ような気が……する!」

 ただし全員女だったような気もする。


「お兄ちゃんも自信ないんじゃない」

 優奈は何がツボに入ったのか、その後しばらく爆笑していた。

 具体的な相手を出せない以上、知らないとしか言えず、結果、誤解の否定もできずに終わってしまった。

 というか、俺が身長のこと気にしてるって言った途端、やたらと優奈は身長ネタ絡めてくる。

 

「じゃあさ、もしすばるさんがバレンタインに兄さんに告白してきたらどうする?」

「ありえないだろ」

 優奈が落ち着いた所で、今度は優司が尋ねてきた。

 優司が心配する事なんて、万に一つも起こるはずが無い。


 だって俺がすばる本人だ。

 自分で自分に告白する意味がわからない。


「いいから。もしもの話だよ」

「まあ、俺も今付き合ってる相手いるし、普通に断るけど……」

 食い下がってくる優司に、仕方なく俺は答える。

 本当は恋人なんていないけれど、そういう事になっているので、告白されて付き合わない理由としてはコレが一番自然だろう。


「その言葉を聞けて安心したよ。それじゃあそろそろ本題に入ろうか」

「お、おう……」

 優司はもったいぶったようにため息をつくと、神妙な顔をして座りなおした。

 釣られて俺も姿勢を正す。


「たぶんすばるさんはバレンタインに兄さんへ告白するつもりなんだと思う。だから、その後兄さんにふられて傷心のすばるさんを僕達が慰めたいんだ」

「待て、色々つっこみどころが満載なんだが」


 いきなりの優司のぶっ飛んだ発言に、今まで気付かなかったが、どうやら優司も優奈同様、すばるの好きな相手は俺だと思っているらしいことに気付く。


 しかもなぜかすばるがバレンタイン当日、俺に告白するとまで断定してきている。

 なぜそんな考えに至ってしまったのだろうか。


「バレンタイン当日はすばるさんが告白しやすいように、パーティーでは私達がお兄ちゃんとすばるさんの二人きりになる時間を作るわ。そこですばるさんが告白して、お兄ちゃんにふられた後、私達がすばるさんを責任持って家まで送り届ける予定よ!」

「いや、本当に、どうしてそうなった……」


 ざっくりとした作戦を優奈が伝えてくるが、そもそもの前提がおかしくないだろうか。

 そして結局、優司と優奈はバレンタインパーティーには二人で出席する事にしたらしい。

 その点に関してはもう何も言うまい。


「すばるさん、言ってた。好きになって、告白しようとしたらその人は他の人と付き合いだしちゃったって。それでまだ諦め切れなくて、次の恋とか考えられないって」

 さっきまで笑い転げていたのが嘘の様に、真剣な顔で優奈が言った。


 あー、うん、前にそんな感じの事は言った気がする。

 なんだかちょっとニュアンスが違っているような気はするけれど。


「最近、すばるさん、バレンタインに向けてなんていって、やたら色んなチョコレート菓子を作ってるんだ。多分、バレンタイン当日に告白するために、毎日あれこれ作って試行錯誤してるんだ」

 更に優司が切なげな顔でなにやら語りだした。


「でも、すばるさんはきっとお兄ちゃんに告白してもふられるって事はわかってる。わかった上で、自分の思いの全てをぶつけようとしてるのよ」

 加えて優奈もシリアスな雰囲気を纏いながら語りだす。


「そうする事で、すばるさんは自分の気持ちに区切りを付けたいんだと思う。それで吹っ切れて前を向けるっていうなら、僕らはそれを応援したい」

「そしたら、次の恋にも目が向いて、ちゃんと私達の事も見てくれると思うから」


 二人が真っ直ぐな瞳で俺を見る。


 再び俺は絶句した。


 二人の中で、いつの間にか勝手にドラマが出来上がっている。

 というか、お前らすばるの事好きすぎて色々とフィルターかかってんぞ、と喉の辺りまで出かかったのを、何とかこらえる。


 怖い。

 こいつらの朝倉すばる全肯定どころか、好意的に見すぎて妄想と憶測が認識を侵食している現状が、超怖い。


 結局、俺はもっともらしい理由をつけてバレンタインパーティーの開催を取りやめる方向に持って行きたかったのだが、二人の勢いに負けて、当日、少なくともすばるに二人きりで会って話す時間を作る事を約束させられてしまった。

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