第3話 弟が初心
俺、
高校二年生の
一応優奈の方が姉らしいが、二人ともその辺は特に気にせずお互いを名前で呼び合っていて、結構仲も良いらしかった。
優奈の方は人懐っこく初対面の相手でも物怖じせずにはきはき話す子だった。
優司は高校二年生の時点で既に大学一年生の俺よりも背が高く、無口で何を考えているのか良くわからないが、率先して家事を手伝っていたり、自分から挨拶してくれたりする辺り、悪い奴ではないのだと思う。
新しい母である春子さんも、俺の受験追い込み時期に夜食を作ってくれたり、お守りを買ってきてくれたりと気にかけてくれた。
こんな大切な時期に生活が急に変わっちゃってごめんねと春子さんは言っていたけれど、家に帰るとおかえりと声をかけられて、何もしなくても食事が用意されていて、洗濯や掃除もやってくれて、毎日誰かと食事ができるという日々は、決して悪くないものだった。
むしろそれは俺が小さい頃からずっと憧れ続けていた生活でもあった。
大学に受かって一人暮らしを始めるまでの短い間だったけれど、僕はこの人達と一緒に暮らせて良かったと思う。
そうでなければきっと俺は新しい家族がどんな人達なのかも解らないまま、実家に帰るのも気まずく思い、寄り付かなくなっていただろう。
……と、ここまでが俺が一人暮らしを始めるまでの話だ。
それは俺が大学に入って初めての夏休みだった。
大学生の夏休みは九月まである。
それを知った俺は、この夏を存分に遊び尽くそうと心に誓った。
主にコスプレ方面で。
高校の頃に女装コスプレ写真を上げてたちまちネットアイドル状態になった俺は、大学に受かって一人暮らしができるようになった段階で、この夏、イベントデビューをする事に決めていた。
決して広くは無いが、この部屋は俺だけの城であり完全に誰の目も気にする事は無い。
せっかく打ち解けてきた家族と離れて暮らすことは、少し寂しくもあるが、同時に開放感もあった。
作業途中そのままで出かけても、洗面所にコスメが並んでも誰にも見られない! もう隠す必要も無い!
存分に長風呂もできるし、寝る前に堂々とパックもできる!
テレビを見ながら美顔ローラーをコロコロできる!
その頃の俺はイベントに向けて、美容面への関心も強くなっていた。
ネットで賞賛されていると、だんだん直にその言葉が欲しくなってくる。
すごいね、可愛いね、綺麗だね、と言ってもらいたくなる。
だからこそ、そのための努力は怠らない。
そのために大学ではどこのサークルにも属さず、俺は衣装製作や女声のボイストレーニング等コスプレのための努力と、資金作りバイトに日々勤しんでいた。
ついでに、単位を落とさない程度に勉学にも勤しんだ。
おかげで大学でも中学からの友人と、その友人の紹介でできた友人位しか人付き合いは無かったけれど気にしない。
俺は充実した日々を送っていた。
そして比較的ルールがゆるいとある人気ゲームのオンリーイベントで、遂に俺はコスプレデビューを果たした。
ブログに参加すると書いた事もあって、以前から俺のブログを見てくれているという人達とも会った。
誰一人俺が男だとは気付いていない様子に、密かに女らしい所作を研究していた甲斐もあったと内心高笑いをしつつ、人生初の囲み撮影なるものも体験して驚いたりしていた。
撮影もひと段落して、会場のブースを歩いていると、ちょうど俺がコスプレしているキャラがメインで、好みの絵柄の本があったのでそのまま表紙買いしようと俺は顔を上げ声をかけた。
目の前には目を見開いて固まっている優司がいた。
俺も固まった。
その時の俺は、隠す所は隠しているものの、身体にピッタリした服に所々大胆なスリットが入った、チャイナ服みたいな形の服を着ていたうえ、ボディラインをごまかすために胸と尻にはガッツリと詰め物をしていた。
言い逃れのしようもない、完全な女装だった。
ウィッグや化粧も相まって、もしこれでバレたら新しい家族との間に修復不可能な溝ができてしまうことは明らかだった。
絶対に別人で通す。もし、なんか言われても他人の空似で押し通すと俺は一瞬の内に覚悟を決めた。
全力で俺の考える可愛い女子の振る舞いをしながら、本を買った。
優司は恥ずかしそうにもじもじしているだけで、特に俺に何か言ってくる様子は無かった。
ふと同人誌を良く見ると本の端にR-15の表記と本の前に立てられた小さな札に、表紙の女キャラと作中に出てくる少年とのおねしょた本であるという説明が書かれていた。
そこで俺は優司の態度にある仮説を立てた。
自らおねしょた本を製作して販売するほどおねしょた物が好きらしい優司は、そのキャラのコスプレをしたお姉さんにその本が買われて若干気恥ずかしいだけなのではないか。
なんだ、普段寡黙でクールなキャラを気取っていても案外中身は初心なのだなと、新たな弟の一面を見てなんだか面白くなってしまった俺は、せっかくなので他の本も一冊ずつ買っていった。
その後家に帰って優司の本を読んでみると、買ってきた本はキャラは違えど、大体大人なお姉さんに甘やかされつつちょっとエッチな悪戯されて二人だけの秘密ができる、みたいな内容だった。
普段の優司の姿を思い出すともう笑えばいいのか謝ればいいのか解らなかった。
まあでも、俺も昔したことあるなあ、こんな妄想……そう思うと、なんだか次に優司に会った時は少し優しくしてやろうと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます