第5話 世間って狭い
八月の終わり頃、俺は優奈にとあるイベントに誘われていた。
そう、国内最大級の同人イベント、夏の聖戦である。
しかし、夏コミはコスプレルールが厳格に定められているため、着替えは必ず更衣室で行う事になる。
俺だとはバレなくても、+プレアデス+が実は男である。と言う事自体が今まで俺が作り上げていた+プレアデス+という名のキャラクターが崩壊する大きな爆弾である。
もし優奈とは時間をずらして別行動しても、男子更衣室に出入りする+プレアデス+を彼女を知っている人間に見られてしまえば、そこで試合終了である。
諦める諦めない以前に、詰みだ。
結局、俺は今回は欲しい人気サークルの本がいくつかあるので、今回はコスプレよりも買い回る方を優先したいと言って断った。
それで終わればまだ良かった。
しかし、ネットの中ではもう既に+プレアデス+という女は実際に同人活動をしていて夏コミに受かったという友人や、当日コスプレ参加するというレイヤーの友人達に囲まれていた。
俺と違って+プレアデス+はリア充、いや、ネト充なのだ。
しかし、人とそれだけ関わっていると言う事は、それだけ付き合いも多くなってくる。
要するに夏コミに参加するからには、挨拶周りからは逃げられないのだ。
+プレアデス+の方では法事等で出られないということにして、普段の男の姿で買い回れば良いのではないかとも思った。
だが優司とは以前イベントで見かけて以来、ネットで優司の同人活動用ピクシブアカウントを発見し密かに交流してきており、今回の夏コミも受かったという事なので、そんな弟の晴れ姿を見に行きたくもある。
というのは建前で、本当は普段なに考えているのかわからない弟の、人に言えない秘密を垣間見てしまったかのようなドキドキ感が非常に楽しいからである。
自分が弟の立場だったら確実に死ねるので、決してこの事は口外しないつもりではあるが。
そうして俺は急遽、+プレアデス+の私服を考える事になった。
しかし以前優奈とイベントに行った際には既に半分私服のような状態であったし、今回も何とかなるだろうと俺は考えた。
髪は以前コスプレをした際に使った黒髪ストレートロングのウィッグを流用する。
Tシャツでもいいが、思い切ってノースリーブにしようか。
スカートは……靴は……メイクは……。
考え出すとなぜだかワクワクして止まらなかった。
そんな、コレではまるで女装自体が楽しいみたいじゃないか、そう思ったが、実際楽しかった。
鏡に映った自分が、みるみる違う存在へ変身していく、それはコスプレと通じるものがあるような気がした。
そもそも、変身する対象がアニメや漫画のキャラではないだけでコレはコスプレだ。
そう思うと妙に納得すると共に、考えてみれば今までのコスプレも女装に違いないし、今まで散々楽しんできたのだから今更な気がした。
当日、俺はこれでもかと自分の理想を詰め込んだ、『俺の考えた最高に可愛い女子』の格好をして会場に向かった。
白いフリルのノースリーブにふわっとしたシルエットの膝丈のスカート。踵の低い可愛らしい靴。
肌を自然な白さに見せてくれるクリームをぬったくり、ネットで調べまくって試行錯誤したナチュラルメイクは、実際には整形級に顔が変わっているにもかかわらず、まるで生まれた時からこの顔ですと言わんばかりの仕上がりになっていた。
汗で崩れる事も考慮して、完全ウォータプルーフ仕様でもある。
真っ先に人気サークルを回った後、早速お目当ての観察対象である優司のブースまで、辺りの島を物色しながら歩いていると、見覚えのある顔がすぐに見つかった。
売り場の方を見れば、手荷物を持ってブースを出ようとしていた優司と、販売している本のジャンルとは全く関係ないコスプレをした優奈がいた。
優司が席を外す間、優奈が店番をするということなのだろう。
相変わらず仲が良いなと思いつつ、何でここにいるのかと驚いた風を装って優奈に声をかける。
優司にも新刊を買いに来たと声をかけ、前回買った同人誌の感想を述べる。
+プレアデス+にはまだ二人が兄弟である事を聞かされていなかったのでこの反応で正解のはずだ。
優奈はすぐに俺に気付いたようで興奮気味に私服を褒めてくれた。
優司の方は最初俺が誰だか解らないようだったが、話しかけた内容と優奈の反応を見てすぐに合点が行ったようだった。
それにしても双子なのに本当に似てない姉弟だなと思っていると、
「「あの、コレはただの兄弟ですから!」」
と、突然お互いを指差して言い出した。
うん知ってる。とは内心で思いつつも、
「わあ! そうだったんですか、世間は狭いですね~」
と返しておいた。
厳密に言えば、俺も二人の兄弟なので本当に世間は狭い。
その後なぜか二人とコスプレしてもいないのに記念写真をとる事になり、俺を真ん中にして三人で写真を撮った。
三人で一緒に写真を撮った勢いで、優奈から今度三人で遊びに行こうと誘われ、流れで優司とも+プレアデス+用のスマホの連絡先を交換した。
着実に二人と距離を縮めている。というか現時点で既に、+プレアデス+は兄としての俺よりもこの姉弟と仲が良いのではないだろうかと思われ、なんだか複雑な気持ちになった。
しかし、二人とも家ではこの手のヲタク趣味を微塵も見せていなかったので、多分俺に知られるのは嫌なのだろう。
まあ俺も人の事は全く言えないのだけれど。
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