26-5


「……これが答えだ、シーザー・スコットビルッ!!」


 スコットビルは、すぐに腹筋に力を入れ、最大限に硬直させた。この身は何千もの勝利の上に成り立った肉体、銃弾を受けても打ち破られない防御力を誇っている。カウルーン砦でネッド・アークライトが放った捨て身の一撃すら防いでいるのだ、機関銃の弾丸では撃ち砕けない――が、こちらも消耗が激しい、そのままもらい続けたら、内臓を持っていかれるだろう。


「ぬ、ぐぅうううううううッ!!」


 スコットビルは呻きながらも、機関銃から放たれる銃弾に耐え、右の手のひらで棺おけのを打ち、その先端を左へと押し出した。辺りに棺おけから排出される薬莢が飛び散り、ブッカー・フリーマンも姿勢を崩すが――だが、慣性に逆らい、すぐに鎖を引いて得物を引き戻し、今度は棺の横の部分を、スコットビルに押し付けてきた。


「……こいつで、落ちるんだよッ!!」

「力比べだなッ!?」


 再び、脇腹に強い衝撃が走る――どうやら、鋭利な先端の掘削機を取り付けた武装、それが自身の腹を撃った様だった。もう一撃、次を喰らった破られる――だが、その前に、相手がこれ以上トリガーを引けないように打ち倒せばよい。バンカーによって僅かに引き離された体をねじり、右半身を突き出す形で、スコットビルは再び貫手で、相手の胸を刺した。


「ぐっ……!」

「このまま、貫かせて……」

「がぁああああああッ!!」


 褐色肌の男のサングラスが割れ――シーザー・スコットビルは、その時初めて、男の気迫に呑まれてしまい――いや、有り得ないと思ってしまったのだろう、すでに半ば死に体のどこに、これ程の力が残っているのかと――その隙に、もう一度鉄の杭が自身の脇腹を刺し――今度は、貫通こそしなかったものの、幾分か内臓を持っていかれてしまった。


「がっ……ぁあああああああああッ!!」


 こちらも、負けるわけにはいかない、スコットビルは熱くなる腹を圧し、口から血を吹き出しながら、手をさらに押し込んだ。こちらの指も、相手の心臓を貫くには至らなかったが、決定的な一撃を与えたという確信――それに一瞬安堵していると、しかし相手の目は死んでおらず、もう一撃、こちらの腹部に杭が打ちつけられた。


「ぐっ……き、貴様、死ぬ気……」


 シーザー・スコットビルの搾り出すような疑問に、ブッカー・フリーマンはただ、ただ笑って応えた。相手のその表情を見た瞬間、スコットビルの心は大きく揺さぶられ――先ほどの答え、自由の本質を理解した。そして――この男は、自分と同じであると――奇妙な友情を感じると同時に、だからこそ、この男を乗り越えたいと、白の祈士は切に願った。


 スコットビルは右手を引き、相手が杭を噴出する瞬間に合わせて、右拳を杭に横から打ち当てた。今度は杭が腹部を穿つことなく、先端は折れて宙を舞って行った。


「……見事だ! ブッカー・フリーマンッ!!」


 気力を取り戻し、これ程の強者が目の前に現れたことを幸福に思い――最後の一撃が防がれたというのに、なお満足げに笑っているブッカーの腹部、先ほど手を差し入れた場所に、スコットビルは右の蹴りを放った。褐色肌の口と胸部、腹部から、一気に血が噴出し――ブッカーの体は重力に逆らって上へ跳んでいき、しかし直後、スコットビル自身が先に、背中から強く床へと打ち付けられた。


「がっ……ぐぅう!」


 激痛が走る体に鞭を打って、スコットビルは横へと転がった。自分が落ちた場所に、巨大な棺が落下し、その少し後に、ブッカー・フリーマンの体も鉄板の上に衝突した。


「ふっ、ふぅ、はぁ……」


 スコットビルは腹部を押さえながら上半身を起こし、なんとかゆっくりと立ち上がった。


「はぁ、はぁ……」


 轟音の中を戦い抜いた反動からか、自分の呼吸が、イヤに五月蝿く聞こえる――しかし、何とか猛攻は耐え凌いだ。内臓は大分やられているし、左手からも出血が酷い――だが、輝石を入れ替えて能力を発動させれば、止血くらいは可能、代謝を上げて、しばらく休めば、回復できないことも無い。左腕は、ダゲットのように義手にするしかないか――ともかく、まだ終わっていない。上にネイ・S・コグバーンと、恐らく治療を受けて動けるようになっているジェームズ・ホリディ、それに緑の外套のネイティブが残っている――すでに灰になりかけているエーテルライトを、取替えなければならない。

 ふと、スコットビルは周りを見渡した。ギャラルホルンの通信室がある最下部の床の上には、何人もの男達が横たわっている。しかし、ジーン・マクダウェルの強化と輝石の助力のおかげか、みな動けぬようではあるが、息はあった。横たわっているのは、グラント、カウルーンの拳士二人、それにブッカー・フリーマン――その瞬間、スコットビルは辺りをもう一度見回した。ここだけ、何故だかライトが完全に落ちてしまっている――まるで奈落の底のように暗い――見落としただけかもしれない――自分の息が、やはり五月蝿い――そう、一人、一人分、足らないのだ。


「はぁ……はぁ……」


 スコットビルは震える右手で――ダメージからか、それとも緊張からか、しかしエーテルライトを取り替えないわけにはいかない――パイプに手を掛けようとした。

 だが、やはりそれは適わなかった。一発の銃声が響くと、パイプのマウスピースと先端が切り離された。


「……格上相手には、シリンダーを狙う。術者同士の勝負の鉄則です」


 女の声がした方に振り向いた瞬間、もう一発銃声が聞こえ、同時に右肩に激痛が走った。


「くっ……!」

「そして、西部で術者以外でも賞金稼ぎをやれるのは、シリンダーを起動させていない術者なら、他の人間と変わらないから……銃弾は、人間の命を簡単に奪えるからに他ならない」


 男はよろよろと後ずさり、壁に背を預けて座り込み、左の手のひらの残った半分の手の腹で、銃弾に穿たれた右肩を押さえた。弾丸は貫通したらしいが、どうやら相手は敢えて、能力を使わずに、ただ単純に、その引き金を引いたようだった。

 そして、改めて声のした方を仰ぎ見た。その先には、ポワカ・ブラウンに体の左側を支えられ、硝煙の立ち上る拳銃を構えるジェニファー・F・キングスフィールドの姿があった。


「……ポワカ、ありがとう。私は、ケリを付けに行きます」


 女は少し柔らかい声で、傍らの女の子にそう言うと、女は一人で立ち、銃口をこちらへ向けたまま、ゆっくりと歩いてくる。


「……どこまで、計算していたのだね?」

「最初から、最後まで……と、言いたいところですけれど、貴方は私の想像を遥かに超えて暴れてくれました。算段としては、最上部で倒せないなら、お兄様の能力で貴方を落とし、カミーヌ族の戦士達が足止めしている間に、私達が貴方を更に落とし、カウルーンの拳士と合流したところで総攻撃、そしてそこでここまで落とすつもりでした」

「だが、落とすだけでは、あまり意味が無いのではないかね? 私のエーテルライトが健在だったら……」

「だから、私は元々、落ちたフリをする算段だったのです。それで、予めポワカに、途中で離脱したオリクトとヒマラーに護衛を任せ、ここの照明を落としておいてもらい、奇襲で貴方のパイプを破壊する……もちろん、その前に仕留められるのが一番だったわけですけど」


 そこまで言い終わった瞬間、女の足が壮年の目の前まで迫ってきていた。そして銃口を、男の額に強く押し付けてきた。


「……白の祈士、シーザー・スコットビル。貴方には、色々な人が、色々な恨みを持っています……南部の人々、東洋系労働者、そしてネイティブ……貴方がしてきたことを鑑みれば、ここで引き金を引くべきなのかもしれません」


 銃口は相変わらず額に付けられているが、押しつける力は弱まっていく。それは、ジェニファーに余力が無いわけではなく――その証拠に、女は強い眼をしている。


「だけど、私は敢えてそれをしません。理由は二つ。一つは先ほどから言っていますが、貴方にはやらせなければならないことがあるから……単純に、私達にとっても利用価値があるということ」

「……もう一つは?」

「貴方が一番欲していたもの、それは闘争の中で果てたいという願望です。つまり、本当の貴方は死に場所を探していた……だから、私は貴方を殺さない。生きて、全てを償わせてみせる……それは、死ぬよりも余程苦しくて、大変なこと。貴方が一番欲しかった物を奪い、苦痛を与える……これが、幼い日に故郷を追われた私の、貴方に対する復讐です」


 そこまで言い切ってから、女は美しい笑顔を浮かべた。それは、勝利に驕る笑顔でもなければ、敗者を蔑む笑いでもなかった。


「敢えて言いますよ、シーザー・スコットビル。私達の勝ちです」

「そうだな……私の負けだ」


 負け、という言葉を口にした瞬間、男の中に有ったわだかまりが、一瞬にして氷解したように晴れやかな気持ちになった。そしてそこでやっと、ジェニファー・F・キングスフィールドは銃を引き、右手の親指で取っ手を引き、そのまま左腕で銃身を叩く――六個の空薬莢が宙を舞い、そして鉄の床とぶつかり合い、乾いた音が響き渡らせた。

 そう、別に押し付けられた銃に、既に残弾の無いことは分かっていた。だが、男はすでに、負けていたのだ――この大地に生きる、マイノリティの束ねた力によって。そしてそれを束ね上げた、ジェニファー・F・キングスフィールドの夢に負けたのだった。


「あぁ、悔しいなぁ……なんと悔しいことか」


 しかし、同時にこの苦味が心地よい――敗北の味はなんとも久しぶりに、男の心に染み渡っていった。そして同時に、フェイ老子が残した言葉――若い魂が、必ずや新しい時代を切り開いてくれると――男もそれを、なんだか信じたいような気持ちになっていた。

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