20-2


 まず、左手のハンドキャノンの引き金を引く――なんだか武器が二つになったほうがやる気が出そうだから、そんなくだらない理由で二挺拳銃にしたのだが、やるからには気合を入れなければいけない、反動こそ大きいもののなんとか相手の胸に弾丸を命中させた。とはいえ、放っておいても弾丸が体外に押し出されて終わりだ。


「そこっ!!」


 すかさず大型の弾丸が撃ち込んだ場所に、もう片方の拳銃から撃ちだされた弾丸を当て込む。弾丸が弾丸に押し込まれ、水晶の表皮が砕けて割れた。

 暴走体が呻きながらも、こちらに接近してくる。先の尖った繊維の鞭が繰り出されるが、石と大地の壁を出し、それを防ぐ――しかし悪手だったらしい、サイドを自分の壁で防がれて、正面からの本命を横にかわすことが出来なくなってしまう。


(……蹴ったら痛そうやけど!)


 四の五の言っていられない、接近してくる相手に対して、むしろ自分から間合いを詰める。相手も意表をつかれたのか、僅かに反応が遅れて振りぬかれた拳は、避けるのは容易――紙一重でかわし、まずは右足から、ついで相手を蹴った足を軸に左足でも蹴り飛ばし、そのまま蹴った反動でジェニーは後ろへ飛んだ。


「おぉおおおおお!」


 空中で逆さまになりながらも、両手の銃の引き金を引き続ける。着地の寸前で翻り、スリットから右足が丸々出るくらいの勢いで伸脚して着地した。追撃してくる暴走体を、着地と同時に生成した大地の壁で止めている間に、ジェニファーは両手を交差した瞬間にレバーを操作し、両方の銃身を互いに叩きあい、銃倉から一気に薬莢を吐き出させた。

 折角格好良く排莢したのだが、リロードしている時間があるか――目の前の石の壁は、哀しいかな、すぐに壊されてしまう。


「ちょ、せこいやん! リロードくらいさせて……うほぉ!?」


 相手の蹴りを避ける際、うほぉ、とか我ながら変な声をあげてしまった。コイツは、乙女に対する優しさというものが無いのか。いや、ネイとポワカには優しいし、先ほどクーにも手をあげなかった。割かし自分を制御できるようになっているくせに、コイツは自分にだけは本当に容赦が無い。というか、そもそもネッドは自分を女としてみていないのではないか――そう考えると、なんだか段々むかっ腹が立ってきた。

 だが、むかついた所で相手の攻撃が止まってくれるわけでもない、ともかく一旦形成を立て直さなければならない。再び石の槍で相手をけん制して、怯んだところを一目散、ジェニファーは相手に背を向けて石畳を爆走し始めた。

 もちろん、ただ逃げているわけではない。踏んだ石畳を壁として隆起させ、相手の足止めをする意味合いもかねている。別に相手は壁を迂回すればいいだけなのだが、理性が消えていて馬鹿なのだろう――いや、いつも馬鹿なのだが――わざわざ壁と格闘しながら、こちらへ向かってきてくれているため、時間稼ぎとしては十分になった。

 走りながらリロードを終えたが、そろそろ足のほうの輝石の消費も怪しい。しかし、兄から渡されているエーテルシリンダーもまだ懐に忍ばせてある。切れたら、それを使えばよいだけだ。


「さぁ、続行やぞ!! ネッド・アークライトォオオオ!!」


 女扱いされていない怒りをぶつけるべく、ジェニファー・F・キングスフォールドはヒモの怪人に雄雄しく立ち向かう。しかし、やはりなんとか自分でも捌き切れる位の攻撃速度にはなっている――もちろん、向こうの体力はほぼ無尽蔵、ソリッドボックスで見せたように、一気に輝石を吸収したりはしないものの、逆を言えばまだまだが周りにあるのだ。こちらは人の身で、体力にだって、弾丸にだって限界はある。先ほどと同様に、ハンドキャノンを当てた場所に、もう一発打ち込む戦法で的確に相手にダメージは与えられている。しかし、ハンドキャノンの実包は後二発――すでにリロードした弾は現在の交戦時に撃ちつくし、ガンベルトに残っているのが二発である。ポワカも最初は六発装填できるように規格していたようなのだが、如何せん弾丸が大きすぎて、グリップを片手で持てる規格にすると五発までが限界ということで――先に実包だけ渡されていたので、十二発の弾丸を、予めベルトに仕込んでいたので、二発あまる形になったのであった。


 ともかく、もう一度距離を離して、再装填しなければ――もう一度石の壁を作った瞬間に、ブーツに仕込んでいるシリンダーの輝石が切れたのを感じた。すぐに愛用の拳銃の底からシリンダーを取り出し、兄から預けられたエーテルシリンダーを乱暴にぶち込み、擦り上げ――なんとか能力を切らさずに立ち回り続ける。

 しかし、状況は悪い。走りながら弾を詰めなおしているものの、こちらは息も切れている。戦うのはいつだって命がけで、別に今日だけが特別なわけではないが、長期戦になればなるほど、攻撃をかわすための集中力だって落ちてくる。恐らく、弾丸を撃ちつくす時が、こちらの集中も切れる時――そこまでで終わってくれなければ、自分の命運もここまでということになるのだろう。


(それでも……それでも、負けたくない、こいつには……)


 ネッド・アークライトと自分は、どこか似ているとジェニファーは思っている。戦うことに天賦の才があるわけでもないし、互いにどこか捻くれていて、その上二人とも諦めも悪い。似ているからこそ負けたくない――言ってしまえば、ただの意地だ。

 しかし、彼は以前に似ていないと言ったっけ――そう、彼は下を見ていて、自分は上を見ていると。確かに彼にとって一番大切なのはあの子であり、自分にとって一番大切なのは夢である。だが、その夢だって、一度裏切りそうになって――。


(……これが最後のチャンス)


 自分の夢に、自分の格好悪さをあざ笑われないための――思えば、夢というのは厄介なヤツだ。あたかも自分の生きる意義かのような顔をして、自分の一挙一動を監視している。綺麗な夢を見ていたいなら、常に高潔でなければならないかのような――もちろん、この世界を生きるのには甘いことだけでは駄目で、汚いことだって随分とやってきたのも確かだが――。


(……アレ? 私、いつから、正しく夢を追いかけたいって、思ったんや……?)


 弾丸を詰め終わり、振り返り際に一発、長年の相棒の方の引き金を引いた。当然、最初と同じく相手の鎧にはじき返されしまった。

 こんな時だと言うのに――先ほど集中力が切れそうだと思っていたのに――いや、これは最後の灯火か――異様に神経が研ぎ澄まされてきている。というより、なんだか思考が早いと言うほうが的確か、ネッドの攻撃を避けながらも、先ほどの思考の続きが、どんどん紡がれていく。


(……もちろん故郷を取り戻して、奴隷制や民族浄化を止めたくて……でも、こんなに直向に夢を意識するようになったんは、いつからだっけ……?)


 元々は、ともかくお金を集めることに躍起になっていたはずだ。そう、故郷を追われて十年の間に、いつからか目標と手段が入れ替わっていて――もう一度、きちんと前を向こうと思ったきっかけは――。


 左手の大口径の引き金を引くのと同時に、彼の赤い眼と目があった。その眼の奥に、鉄橋で少女と戦った日の光景が写っていた。


(あぁ、そうか、お前と、ネイさんがきっかけやったっけ……)


 そう思えば、今の自分があるのは二人のおかげだ。逆を言えば、今自分を苦しめているのは――精神的にも物理的にもだが――ネッドとネイ、二人が原因ということになる。もし出会ってさえ居なければ、自分は迷わず大洋を渡っていただろう。

 だが、冷静になれば今の自分の方が、かつての自分と比べるとおかしいのかもしれない。いくら目標のためとはいえ、現実は非情なものではないか。仮にネッドが許されざる者の力を得たとしても、原理主義者どもに適うかどうかも分からない。手段を選ぶのは余裕のある者のやり方だ。自分は今、こんなにも余裕が無いではないか。


 いや、そもそも自分が夢を持つこと自体が間違いなのかもしれない。今まで相手がお尋ね者と言えども、権謀術数とは名ばかりの汚い手の限りを尽くして、相手をひっ捕らえ――背後から敵を殴るような真似だって平然としてきた。故郷を救おうと思ったのに、故郷の多くの人を死なせた。差別の無い世の中を作りたいとか綺麗ごとを言いながらも、自分は結局何もなせていないではないか――。


(それでも……それでも……それでも……っ!?)


 先の尖ったの繊維の槍が、無数に襲い掛かってくる。予想外の攻撃で、なんとか、衣服や表皮を抉られながらも致命傷をかわしたものの、その後に続くを避けるだけの余力が、すでにジェニーに残っていなかった。

 なんとか石の壁を作り出し、腕を交差させて、壁を破ってきた相手の一撃をガードする。一旦壁に遮断されたので、なんとか耐え切れるまでに威力を削ぐことができたが、それでも前に置いた左腕が嫌な音をたて――そのまま振りぬかれた勢いで、ジェニファーの体は吹き飛ばされ、後ろにあった壁にしたたかに背中を打ちつけてしまう。


 背中から伝わる衝撃が体の内部に伝わり、思わず小さく呻いてしまい――左の腕は袖から血が流れ出し、やはり動かそうにも動かせそうにない。当然、ハンドキャノンも防御した瞬間に落としてしまった。

 もう、相手にダメージを与えられる武器も無い。逃げ出そうにも、今のダメージでは早く走れもしない――それでも、相手はお構いなし、レディをいたわる気の無い我が友は、ゆっくりとジェニーのほうへ向かって歩いてきている。


(……惨めやな。私が止めるなんて息巻いて、それで、こんな風にやられてるんだから……)


 結局、自分には何も変えられなかったという事だ。いっそここで死ねば、ネッドと同じように死んでやり直せるか――いや、それはきっと正解ではないだろう。彼が今こんな状態になっているのは、凄まじい覚悟があってのこと。それを安易な気持ちで、同じようにあの世から戻ってこようなどともおこがましいし、そんな気持ちではきっと、彼が言っていたような魂の荒野を抜け出ることは不可能だろう。

 それに、なんだか根本が違う気がする――ジェニファーは右手に力を入れてみた。まだ動く――一緒に戦うために、ブッカーに選んでもらった中折れ式の回転拳銃、それがまだ右手にある。最後の最後まで抗う覚悟――それが必要なのではないか。


(私は……!)


 あの化け物と戦うには、あまりにも頼りない十年来の相棒を正面にかざし、ジェニファー・F・キングスフィールドは不敵に笑って見せた。


「弱くたって、惨めだって……それでも私は、自分の夢を諦めたくないから!!」


 最後の一瞬まで闘って見せる。そうだ、彼は自分だ。力が無くて、無様に走り回った挙句、それでも何かを得ようとする。ここでネッドに負けたら、それはある意味自分から逃げると言うこと。それは実際、我が夢の終わりに等しい。

 自分のように故郷を追われる人が、もう出てこないように。ブッカーのように肌の色で迫害される人間が出てこないように、ポワカやクーのように、人種で疎まれる人々が居ない国を作るために――そのために、切り拓いていかなければならない。


 その想いに呼応するように、グリップに刻まれた文様が熱く、白く光り――そのまま女は自分の覚悟を引き金を引く人差し指に乗せた。


 弾丸はまっすぐに、自分に迫っていた男の右肩に命中した。本来ならばはじかれるはずの弾丸が水晶を抉り――直後、肩から脇にかけて線が走り、そのまま相手の右腕が後方へ吹き飛んだ。


 思わぬ結果になって、ジェニファーは最初こそ驚いた。相手も困惑しているのか、しかし繊維を伸ばして切断された右腕を引き寄せ、結合しようとしている――だが、成る程、ポピ族の酋長が言っていた事が、やっと今実感できた。


(……自分の限界を自分で決める必要なんか無い。私の本質が『切り拓く』ことであるというのなら!!)


 例えばクーは、気を使うという能力を存分に引き出している。それと同じだ――自分が撃てる最大の一撃を放つため、ジェニファーは起き上がり、姿勢を低く前進し始めた。相手が腕を治している、チャンスは今しかない。


(そう、切り拓くべきは土地だけやない。私の夢は、心の開拓――人々の豊かな心の土壌を作り、誰もが笑って過ごせる国を作る――それこそがきっと、私の天命ッ!!)


 ネッドの横をすり抜け、先ほど落としてしまった大口径の銃を拾い上げる。銃倉に残る弾丸はたったの一発。


「だけど、今の私には一発で十分ッ!!」


 叫んで自らを奮い立たせ、すでに腕を結合させ、こちらに襲い掛からんとしている鼈甲色の化け物に狙いを合わせる。

 

 人差し指に乗せる想いは、思い描く理想の未来。自分の夢を、我が友に示すため――。


「喰らえ、ネッド・アークライト!! これが私の、切り拓くべき理想の道【ニューフロンティア】ッ!!」


 火薬の炸裂する音と、魂の咆哮が反響する。弾丸は化け物の体のど真ん中に命中し――相手の水晶の表皮に一気に亀裂が走り――。


「喜びぃ、お前が私が切って拓いた道の、記念すべき第一号や」


 きめ台詞と同時に、右手だけで華麗にガンプレイを決め、ジェニファーは思いっきり笑って見せた。どうだ、見たことかネッド・アークライト、この勝負は私の勝ちだ――そう確信を込めて。


 そしてその確信は、現実になった。ネッドの体を覆っていた水晶が一気に砕け、元のダスターコートの男が、石畳の上に膝をついた。


「……大丈夫ですか?」


 その言葉に、ネッドの下がっていた頭が上がった。そこには、眼の輝きを失ってしまった、しかし嬉しそうに微笑む男の顔があった。


「あぁ……なんとかな。しかし、ジェニファー・F・キングスフィールド……やっぱり、お前はすごいヤツだ」


 成る程、やはりコイツは自分を女としてみていないだろう、今の一言で、それが確信に代わった。

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