第20話 絡み合う縦糸と横糸 中

20-1


 ◆


 ガラスケースが飛び散り、中から鼈甲色の水晶を纏った怪物が現れた。そして、巨大な咆哮――それは地下空洞全体を震わせているのではないかというほど、強烈で、鮮烈な物だった。


「……どうやら、痛い目に合わせないと落ち着いてくれないようですね」


 ジェニファーはそう言いながら、銃床に取りつけてあるシリンダーを起動した。他のメンバーも各々、臨戦態勢に入っている。


「以前の動きを見る限り、本当に加減は不要でしょう! 斬っても壊しても再生しますから……それこそ、死ぬ気で戦いますよ!」


 本来ならば仲間に銃口を向けることなどしたくはないのだが、ソリッドボックスの惨状を思い返せば本当に手心など不要。そもそも全力でやってもしのげるかすら怪しい――実際、こちらが生き残れるかどうかは、ネッドがどれだけ暴走を抑えられるかにかかっているだろう。

 躊躇している暇など無い。ジェニファーは暴走体に対して引き金を引いた。そして哀しいかな、予想していた通り、弾丸は小気味の良い音と共に水晶の体に跳ね返されてしまった。


 しかし無策で来るほど、ジェニファー・F・キングスフィールドは愚かではない。


「ポワカ!!」

「アイサーデス!!」


 叫ぶと同時に、ジェニファーはシリンダーを起動させたまま自らの相棒をホルスターに戻し、ポワカが投げてきたモノをその右手に取った。

 無骨で、重い。ただただ、大量の火薬を詰め込んだ実包を撃ちだすために作られた、大口径のリボルバー。撃鉄を素早く起こし、辺りのオレンジ色の光を跳ね返す長いバレルをネッド・アークライトに向け、ジェニファーは両の手で銃のグリップをしっかり押さえた。このハンドキャノンの反動は肉体を輝石で強化していても、なお強く、とても片手で撃てる代物ではない。ここに来る前に試し撃ちをしたのだが、輝石の補助があればギリギリ片手で撃てなくもないものの、標準がぶれにぶれるので、しっかり両手で狙いをあわせて――そして、引き金に指をかけた。

 地下空洞に火薬の炸裂する音が響き渡る。今度の銃弾は相手の表面を覆う水晶を幾ばくか削ることが出来たが、結局相手を止めるには程遠い一撃で終わってしまった。距離が近ければ、もう少し威力も出る。南部式銃型演舞の使い手の自分であれば、あの化け物とも多少の接近戦も――などという考えは、一瞬のうちに砕かれた。


(くっ――!?)


 一番槍になったせいか、暴走体はジェニーに狙いを定めてきた。その踏み込みは、ジェニーの想像の範疇ではあった。しかし、気迫が――躊躇の無い、獣のような、本能的な殺意に、ジェニファーは一瞬飲み込まれてしまう。

 だが、ネッドの一撃が極まる前に、大質量の鉄塊がジェニーの横をすり抜け、暴走体にぶつかった。


「お嬢、ここはオレが!!」


 その声と共に、ジェニーの後ろからブッカー・フリーマンが躍り出た。巨大な鉄の函に繋がれた鎖を引いて取っ手を持ち、至近距離から機関銃をオーバーロードの体に叩き込み始める。ジェニーの持っているハンドキャノンに比べれば一発一発はやや劣るものの、それでも大口径の弾丸を連続的に叩き込まれているのだから、流石の暴走体にもダメージが通っているらしい、表面の水晶がどんどん削れ、ネッドも呻き声をあげている。


「ネッド! しっかりしろ!!」


 珍しく真剣な面持ちで――サングラスの端から、ブッカーの真剣な眼差しが見える。ブッカーも、それだけ真剣なのだ。

 しかし、やはり一筋縄ではいってくれない。ネッドの咆哮が響いたかと思うと、すぐさま腕を一閃、ブッカーはすれすれで相手の異変に気づき、デスペラードを盾代わりにその一撃を受けた。


「ぬぐっ!?」


 ネッドの拳が黒い函に当たると、ブッカー・フリーマンは後ろへ吹き飛ばされてしまう。しかし、別段ダメージは無いようで、すぐに体制を立て直した。


「……ポワカのお嬢ちゃん、コイツぁ上出来だぜ」


 ニヒルに笑うブッカーに対して、ポワカは建物の物陰から満面の笑みと――とは言っても緊張もあるのだろう、どこかぎこちなさもあるが――ピースサインで応えた。確かに以前のギターケース、トリロジーでは、スコットビルの時と同様に、暴走タイの一撃で破壊されていただろう。しかし新しい彼の得物は、正面がへこんだ程度の損傷にとどまっていた。


「次は、ワタシの番!!」


 今度は、クーが暴走体に飛び掛った。炎を纏った具足の一撃は、確かな手ごたえを持って怪物の表面を削り取る。だが、相手も多少ひるんだのみで、すぐさま反撃に出てきた。


「ちょろ甘アルね~」


 クーは涼しげな顔で、ネッドの振り下ろされた拳をかわした。確かに、今のネッドの動きには工夫も何も無い。直情的で、一直線が故、拳法の達人であるクーには避けるのも容易いのだろう、危なげなく攻撃をかわしている。


 いや、厳密に言えば少々違うか――。


(……少しは、遅くなっている?)


 ソリッドボックスで見せた動きに比べれば、ネッドの動きは遅い気がする。変わらずこちらに向かって攻撃してきているのだが――なんとか暴走を抑えようと、彼もまた自分と戦っているのだろう。

 それならばなんとかなるかもしれない。クーと、ブッカーと、ジェニーの三人でも、ネッドが力を抑えているなら、普通に勝負になるし、続けていけば、暴走を彼自身押さえ込めるようになるに違いない。

 いつまでもボサっとしているわけにもいくまい。クー一人でも戦えているが、相手は無尽蔵に回復しているし、いくら相手の動きが多少遅くなっていると言っても、当たれば一撃で魂があの世へ送られかねない威力の攻撃が繰り出されているのだから、一人で押さえ込むにも限界があるだろう――ジェニーは自らの横に並んだ褐色の従者に向かって頷き、相手も頷き返し、改めて戦線に加わることにした。

 クーが近距離で戦っているなら、ハンドキャノンを中距離から撃つのはマズイ。反動で照準がぶれるので、下手すれば味方に当てかねない。むしろ、至近距離のほうが威力が出るのだし――。


南部式銃型演舞サウザンステップの真髄は、接近戦にありッ!!」


 ジェニーの叫ぶ声に反応したのか、鼈甲色の獣が反応してきた。先ほどは一瞬気迫に飲まれたが、直情的な一撃、弾道を予測して回避できる自分にとっては、かわすことなど容易い。水晶で尖った相手の拳が髪を掠めながらも、なお相手から目を逸らさず、ジェニファーは至近距離で引き金を引く。水晶を貫き、今度は相手の体に弾丸が深々と突き刺さった。

 ネッドは少し呻いたものの、だがそれまでで、すぐに反撃に出てくる。相手の敵を倒そうという本能が告げているのか、捻りの無い攻撃では埒が明かないと悟ったらしい、水晶の体から黒い繊維が伸び、こちらの体を捕まえようとしてくる。


「お嬢! クー! 下がれ!!」


 男のよく通る低い声に体が動き、ジェニーは後ろへ跳躍した。もちろん、ただ下がるだけでは芸が無い。せっかくならば、少しでも早く下がったほうが安全だ――撃鉄を起こさず、トリガーを強く。ダブルアクションとかいうらしい、以前兄が二挺拳銃で使っていたもので、操作せずとも引き金を引くだけで勝手に撃鉄が起き、銃弾が発射される仕組みである。自分やネイくらい銃がさばければ、シングルアクションでファニングした方が早く撃てるし、何より引き金を強く引かないといけないので、照準が更にぶれ易い――だが、今は当てるのが狙いではなくけん制が目的なのだし、何よりこの銃、両手で押さえないとまともに撃てないからこそ、いちいち撃鉄を起こすよりこちらの方が早く撃てると、ポワカが気を使って付けてくれた技巧であった。


 クーは自分とは反対方向、ネッドの後ろ側に退避している。四方に繊維が伸び、自分とクーとを捕まえようとしている――きっと捕まったら酷いことをされるのだろうが、白い煙を吐き出しながら宙を走るミサイルが暴走体に当たった瞬間、激しい爆発が起き、繊維も燃えて朽ちていった。


「な、なんだかいけそーじゃねーデスか! よーしトーチャン、こうなりゃボク達も……!」


 ジェニーが着地した場所のやや後ろで、少々調子のよさそうな声が上がった。物陰の後ろでピョンピョンはね、爆発後に巻き起こった煙に向かって得意げな顔で指など指しているのだが――それも束の間、再び空間を震わすほどの化け物の咆哮が響き渡ると、ポワカは再び物陰に隠れてしまった。


「あ、あた、あだだだだ! ボクのぽんぽんが……ポンポンペインを感じるデス! や、やっぱり今日食べたヨーグルトが良くなかったデスねぇ……」

「はいはい……それより、弾丸を頂戴な」


 後ろで、恐らくおなかに腕でも当てて喚いている女の子に反応することなく、ジェニファーがバレルの付け根のヒンジを捻ると、ハンドキャノンが折れ曲がって弾倉が露になり、弾の抜けた五つの薬莢が飛び出した。普段から使っているリボルバーと同様、中折式トップダウンにしてもらったのだ。実際、フレーム強度の問題から、ネイが普段使っているスイングアウト式のほうが合理的だとも言われたのだが、こればっかりはこだわりであり、仕方が無い。


「じ、ジェニー、信じてないデスね?」

「信じてます信じてます……少なくとも、貴女の技術力はね」


 実包を受け取るために手のひらを肩から後ろに回すついでに、ジェニーはポワカの方へ振り返った。見れば、想像通りの申し訳なさそうな顔をしている。


「……ネッドだって、貴女の友達の機械人形を壊したくないでしょうから。それに、戦うのは暴力だけじゃありません。私とブッカー武器も、さっきおどけて見せてくれたのだって、私たちの力になっているのだから……」


 受け取った実包を一発ずつ、銃倉に詰めながら、ジェニファーはポワカに語りかけた。別に今ポワカに言ったことは慰めでもなんでもなく、偽らざる本心だった。


「それに、いつも暴力に訴えてたら、碌な大人になりませんよ?」


 なかなか我ながらナイスなボケだったらしい、神妙な面持ちをしていた女の子は、たまらず噴出してしまったようだ。


「ぶっ……! そ、それは、暗に自分のことを言ってるデスか?」

「どうですかね……ともかく……!」


 煙が晴れ、その奥に赤い光が見える――あの目、まだまだ彼は自分を制御できていないようだ。正直に言えば、自分だって不安もある。しかし――。


「今は、立ち向かわなければならない時!!」


 グリップを握って銃身を振り、再装填を完了させ、ジェニファー・F・キングスフィールドは再び死地へと駆け出した。ジェニーが走り出すのと同時に、周りの輝石が煙の向こうで叫ぶ化け物と共鳴し、その咆哮と共に一気に晴れた煙の先には、先ほど与えた傷を完全に癒した状態で立っている水晶の化け物の姿があった。


「くっ……さっきまでの攻撃には、全然意味が無かったってこと!?」


 クーが忌々しげに叫び、姿勢を低めて――彼女の具足から一気に蒸気が噴出し、ネッド・アークライトを静かに見据えるた。


「それなら……イクよ、これがワタシの奥の手!」


 クーの足元から冷気が走り、氷が相手の足を捕らえた。それと同時に一足飛びでクーが、水晶の怪物に詰め寄った。宙で翻り、炎を纏った鋭い回し蹴りが、ネッド・アークライトの腹部に突き刺さる。すさまじいの熱気なのだろう、足を止めていた氷が一気に解け、腹部の水晶を砕きながら、化け物の体が後方へ吹き飛んだ。


「まだまだ!!」


 着地して左足を軸に一回転、勢いを殺さず再び回し蹴りが放たれ、空を切った具足からそのまま空気の刃が飛び、化け物の体を刻み込む。

 クーは一息吸い、今度は右の足を地面に付けて跳躍した。高く舞い、しかし一連の連撃のダメージで動けなくなっている暴走体はなす術もなく――急降下してくる電気を纏った女の一撃を、その赤い眼で見届けることしかできない。


「これぞ、奥義――四気折々ッ!!」


 稲妻一閃、電気が巨大な柱となり、クーの具足が一気に暴走体の頭から蹴り砕いた。クーが一旦距離を取ると、具足から大量の煙が排出された。


「……ネッド、早く自分を取り戻して!!」


 クー・リンの言葉が届いたのか、それとも単純にダメージで動けないのか、ネッドの体は前かがみにうな垂れ――残った口から吐かれる息が白く結露して、こちらからでも見える――少しの間大人しくなった。もしや、自分を取り戻すのではないかと――それを自分も、ブッカーも、クーも、後ろでポワカとブラウン博士も見守っている。クーの言う通り、早く自分を取り戻して欲しい、こちらだって、仲間を好きで傷つけているわけではないのだから。


 だが、そんな願いも儚く散った。化け物の赤い目が光り、何度目かの咆哮と共に周りの輝石の力が吸収され、見る見るうちに傷が回復していくと、今度は逆に、ネッドのほうがクーに肉薄した。


「くっ……!?」


 クーの焦った顔が見える。気が抜けていたのか、それとも全力を出し切った後で対応が遅れたのか――だが、今自分のいる位置からでは、とても援護も出来そうになく――なんとかクーは、膝をあげて防御の姿勢をとり、暴走体の一撃に備えた。


「やらせんッ!!」


 クーに攻撃が入る前に、ブッカー・フリーマンが割って入った。デスペラードを盾にし、ネッドの蹴りを間一髪防いだのが、相当重量のある棺もろとも、ブッカーとクーを吹き飛ばしてしまった。

 重さが仇になったのだろう、自らの得物に吹き飛ばされたブッカーは、珍しく口元を歪ませている。しかしさすが、物理法則に縛られない我が従者は空中で翻り、得物の鎖を引っ張って、追撃に来ていたネッドの側面から、棺を思いっきり横なぎにした。トンはある銃装兵器の一閃をモロに受けて、ネッドの体が横に吹き飛び、古都の壁に衝突した。


「……ここからだぜッ!!」


 唇から血を流しているが、ブッカーはいつも通りにしっかり笑い、一度着地して、棺を振り回した反動をそのまま生かし、土煙の舞う方向へ得物の照準を定めた。

 機関銃を撃ち続け、相手をけん制しながらブッカーは前進していく。そして棺を縦にして、ミサイルを放した後、得物の手綱を再びぶん回して、棺の頭、遺体を詰めるのならば人の頭が入る部分をネッドの方向へ向けた。


「こいつで一気に削ってやる!!」


 ブッカーの叫びと共に、棺から煙が噴出し、機械音をたてながら変形し始める――相手にミサイルが着弾し、爆発したのと同時に棺の変形が終わり、巨大な杭が姿を顕した。アレはネイのソードバンカーを参考にした兵器、パイルバンカーである。


「うぉおおおおおおッ!!」


 叫びながら、ブッカーが右手の巨大武器を片手に暴走体に迫る。爆風の衝撃で身動きが出来なくなっているネッドの体に、えぐる様に下から杭の先端を突き刺し――。


「これで終わりだッ!!」


 左の腕でレバーを引くと同時に、オーバーロードの水晶を一気に砕く音が響く。棺の背後から巨大な煙が噴出され、ネッドの体が空洞の上部へと吹き飛んだ。


「……危機は去った【ザ・スリル・イズ・ゴーン】」


 上からぱらぱらと石英の破片が砕け落ちてくるのに合わせて、デスペラードからバンカー用の巨大な薬莢を排出し、ブッカーは上を見て笑った。


「へっ……どうだい坊主、これでちったぁ大人しく……ぬぅ!?」


 ブッカーが驚いたのは、唐突に自身の体が浮いたからで――誰も気づかぬうちに、ブッカーの足に繊維を巻きつけていたらしい、ネッドのほうが宙で黒い線を引き寄せ、そのままブッカー自身の体重と得物の重さとを利用し、遠心力を使って、化け物は一回転、ブッカー・フリーマンの体が凄まじい勢いで空洞を宙を舞った。


「……おぉおおおおお!」


 ブッカーも空中で応戦し、相手に向かって機関銃を撃ち続けている――幾ばくかダメージを与え、その上反動で威力を削ごうという意味合いもあるのだろうが、結局はその抵抗もむなしく、ブッカーは思いっきり地面に叩きつけられた。


「がはっ……!」

「ぶ、ブッカー!?」


 ジェニーが従者の下に駆けつけると、流石に意識を失ってしまったらしい――いや、本来ならミンチになっていてもおかしくない程のダメージなはず、そこを生きているだけでも、頑丈と言うか、とにかく奇跡的だった。


「くっそ、調子に乗るなよヒモ男風情がぁ……!」


 相棒をやられた怒りに、ジェニーが化け物の方へ向き直ると、相手はちょうど着地している所だった。間合いは離れているが、ともかくけん制のため、銃口を相手に向けるのだが――ネッドはこちらではなく、反対方向、つまりクーが倒れているほうへと駆け出した。


「ちょ、まっ……!?」


 マズイ、先ほど吹き飛ばされた衝撃で、クーは未だに立ち上がれていない――ジェニファーは思わず、これから起こる惨状を見ることが出来ずに目を瞑ってしまった。

 轟音が鳴り響き、そっと目を開ける。埃の向こう、石の壁に、ネッド・アークライトの拳が突き刺さっていた。


「ね、ネッド……?」


 クーが呼びかけると、鼈甲色の水晶に包まれた体躯が、静かに震えた。


「……あぁ、おかげさんで、大分……おさえ、られて、きたんだが……」


 だが、まだ完全に抑え切れてはいないのだろう、拳を引き抜き、その後また叫びだすと、再び理性が無くなってしまった様だった。

 ともかく、このままではクーがやられる――ジェニファーは一目散に駆け出し、間合いを詰めたところで石畳を踏み抜いた。地面が割れ、暴走体の足元に亀裂が走る――寸前で、ネッドは飛びのき、今度はこちらへ標的を定めてきた。

 鼈甲色の獣の繊維の刃が、ジェニファーを目掛けて縦一文字に振りかざされる。だが、随分動きが緩和されてきたような――ジェニファーは相手の攻撃をかわし、反撃に一発、相手の胴体に一発、大口径の弾丸を撃ち込んだ。ともかくこれなら、一人でもどうにかできるかもしれない。


(……ネッド、お願い!)


 何を頼むかと、これ以上凶悪にならないで、そう心の中でお願いし、再び繰り出された相手のなで斬りを後ろに飛んでかわしながら、ジェニファーは口を開いた。


「ポワカ! 博士! 蒸気人形で、ブッカーとクーを外に運んでくださ……いぃ!?」


 最後が怪しくなったのは、相手の拳による突きが思ったより鋭く、少々避けるのが危なっかしかったからである。


「ぬぅ!? しかしジェニファー、お主は!?」

「ネッドの動きは大分鈍っています! これなら、私一人でも……おぉ!?」


 またまた語尾が怪しかったのは、想像以上に相手の蹴りが早かったからである。


「ジェニー!? なんか怪しくないデスか!?」

「だぁー!! 喋ってるから集中できんのやッ!! さっさと二人を連れていきぃいい!!」


 そう、喋ってるから集中できないのだと思いたいし――少しずつ後ろに下がり、クーとブッカーからネッドを離し――何より、そう、絶対にこの試練は乗り越えなければならない。スコットビルは、パイク・ダンバーの暴走体を止めた。あの男を倒したいのならば、少なくとも同等のことはできないといけないのだし――いや、もっと単純なものだ、女を今突き動かしている衝動は――。


 ポワカの機械人形が二人の怪我人を連れ出し、尻目に去っていくのを確認してから、ジェニファーは銃倉に残っている最後の一発を、至近距離から相手の胸に叩き込んだ。


「……私は、単純に、自分が許せない……」


 故郷を災禍に巻き込み、親しかったはずの少女を見捨てようとして、友をこんな苦行に走らせて――自分がもっとしっかりしていれば、もっと頭を使っていれば、もっと結果は違っていたのではないか――それだけではない、今だって、結局ブッカーとクーばかりに無茶をさせて、自分は遠めに戦いを見ていただけだった。自分の弱さが許せなくて、少しでも罪滅ぼしに、こうやって無茶をやってみせて、それで――。


「……しっかり、してくれよ……ジェニファー」


 いつの間にか俯いていたらしい、顔を上げると、水晶に覆われた向こう側に、光りを失った瞳――それでも、ネッド・アークライトの、いつもの瞳が見える。


「それとも何か、お前は俺なんぞにやられちまうくらい……大したことない、奴だったのか?」

「なっ……!?」


 その一言にイラッときて、ジェニファーは地を思いっきり踏み抜いた。暴走体は――いや、すでに暴走を治めつつあるのか、というかそれならこちらの攻撃を避けるな――突き上げられた大地の槍を避け、口元を皮肉気に吊り上げた。


「俺は、お前のことを……強い奴だって、買ってたん、だけどな」

「う、ウルサイ! 勝手に人のこと決め付けんなや! 私は……!」


 私は、強くなんかない。それでも――。


(……自分の弱さを言い訳にして、目の前のことから逃げるのはもっと嫌やッ!!)


 今一度、輝石の力を使い切るつもりで、足元から大地の槍を幾重にも噴出させた。別に、これで極まるだなんて思っていないだろう――双方共に後ろに飛び、ジェニファーは手持ちのハンドキャノンのレバーを捻って排莢し、ポワカから受け取っていた弾丸を詰めなおす。そして、もう一挺の、いつものリボルバーも取り出し――やはりこちらの輝石は使い切ったが、今度は踵を擦り上げ、もう一つのシリンダーを起動させ、改めてネッド・アークライトと対峙する。


「……そう言えば、アレやな。お前とは、きちんと勝負したことなかったな」

「そうそう……ま、こっちは暴走して、るからな……俺が、負けても、ノーカンだ」


 青年の台詞は絶え絶えで、本当は自らの暴走を抑えているのが辛いことは、簡単に見て取れた。だが――。


「はっ! 言っとけ、このヒモヤローが!」


 そう、調子が出てきた。この男と自分は、結局こういう関係なのだ。憎まれ口を叩きあいながら、なんやかんやで認め合っている――そういう関係。


「あぁ……だから、頼むぞ、ジェニー……」


 その言葉を最後に、彼の眼は再び赤く染まった。叫び声と共に、辺りの輝石が反応し、彼の傷を癒し、再び理性を塗りつぶしていく。


「あぁ、任せときぃ……」


 女は静かに息を吐き、吸い込んで両手を振り上げ、持った銃を肩の高さで前方へ突き出して交差させ、折角だから気丈に笑って見せた。


「ネッド・アークライト……貴方の暴走は、私が止めてみせましょうッ!!」


 そう、クーとブッカーが大分削ってくれたのだ。後は自分の役目――何よりネッド自身が、かなり自分を抑えられてきているのだ、ここで退いては女が廃るというものである。

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